窮地からの脱却は果たして吉か、それとも
何度も結愛の指先が俺の襟元を撫でる。
背筋に冷たい汗が伝った。
このままでは完全に雪乃宮さんの存在がバレる。
俺の脳細胞が生存本能からあり得ない速度で回転し始めた。
「う、海!」
「……え?」
俺は裏返りそうな声で叫んだ。
「海に行こう!夏休みだし!俺のテスト打ち上げも兼ねてさ!」
唐突すぎる提案に結愛の指先がピタリと止まった。
彼女は目を丸くして俺の顔をまじまじと見つめる。
「海……?」
「そう!海!江ノ島とかさ!ほら、結愛もずっと勉強とか家の手伝いとかで忙しかっただろ!」
俺は必死に言葉を繋いだ。
結愛の妖しい魔王のオーラが少しずつ霧散していくのを感じる。
「湊くんと……海」
彼女の頬がぽっと赤く染まった。
チョロい。いや、助かった。
「でも私、去年の水着もうサイズが合わないかも……」
「うん!それじゃあ買いに行こう!今から!善は急げだ!」
俺は尋問の続きを完全に封じるべく、結愛の手を引いて立ち上がった。
そのままの勢いで俺たちは電車に乗り辻堂駅に直結しているショッピングモールへとやってきた。
休日は夏休みを控えた学生やカップルでごった返している。
「湊くん、こっちこっち!」
さっきまでの冷たい態度はどこへやら。
結愛は俺の袖を引っ張りながら嬉しそうに女性用の水着ショップへと足を踏み入れた。
「お、おい待て。俺が入っても大丈夫な場所なのかここ」
「平気だよ。彼氏と一緒に選んでる人もいっぱいいるし」
結愛はサラッと恐ろしいことを言った。
俺たちは姉弟だ。義理とはいえ。
店内には色とりどりの布面積が絶望的に少ない水着が所狭しと並んでいる。
俺は目のやり場に困り、ひたすら天井の照明の数を数え始めた。
「ねえ湊くん。これとこれ、どっちがいいと思う?」
結愛が両手に二つの水着を持って俺の前に現れた。
一つは清楚な白いフリルがあしらわれている水着。
もう一つは少し大人っぽい黒の水着だ。
「どっちって……俺に聞くのか?」
「当たり前でしょ。湊くんと一緒に海に行くんだから」
彼女は上目遣いで俺を見つめてくる。
その破壊力に俺は眩暈を覚えそうになった。
「……じゃあ、白の方で」
俺が照れ隠しで適当に答えると、結愛は不満そうに唇を尖らせた。
「えー。じゃあ両方試着してみる!待っててね!」
彼女は意気揚々と試着室へと消えていった。
俺は店の隅にある付き添い用の小さな丸椅子に座り小さくなっていた。
周りの視線が痛い。
早く終わってくれと祈りながら待つこと数分。
シャッ。
カーテンが開く音がした。
「お待たせ〜。……どうかな?」
俺は顔を上げ、そして完全に息を呑んだ。
白いフリルのビキニに着替えた結愛が少し恥ずかしそうに立っていた。
普段の部屋着からは想像もつかないほど華奢で女の子らしい曲線。
それでいて出るべきところはしっかりと主張している。
「……っ」
「な、なに?変?」
彼女は両腕で胸元を隠すようにしてモジモジと身をよじった。
「いや……変じゃない。似合ってるよ。すごく」
俺が絞り出すように答えると結愛の顔が一気に林檎のように赤くなった。
「……そっか。よかった」
彼女は嬉しそうにはにかんだ。
尋問から逃れるための苦肉の策だったが結果として俺はさらに心臓に悪い状況へと自ら飛び込んでしまったらしい。
この夏休みは俺の理性が持つかどうか別の意味で命がけになりそうだ。
そいえば舞台決めちゃいました。




