異常な直感
ガチャリと玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
靴を脱いでリビングに向かうとソファでテレビを見ていた結愛が振り返った。
「おかえり湊くん。お疲れ様」
いつもの優しい笑顔だ。
あの夜に見せた冷たい怖いモードは完全に鳴りを潜めている。
俺は心底ホッとして鞄を床に置いた。
「テスト全部返ってきたよ。無事に赤点回避だ」
「本当?すごいじゃん!」
結愛はパタパタと小走りで駆け寄ってきて俺の鞄を覗き込もうとした。
「答案用紙見せてよ。私がお祝いしてあげるから」
俺は少し得意げに数学や英語の答案を取り出した。
そして一番上にあの現代文の85点をドヤ顔で乗せて結愛に手渡した。
結愛は受け取った答案用紙を一枚ずつ後ろから丁寧にめくっていった。
「ふむふむ。数学も英語も平均点以上だね。偉い偉い」
「ふふん」
彼女は姉らしく俺の頭をポンポンと撫でてくる。
悪くない気分だ。
しかし現代文の答案を見た瞬間彼女の手がピタリと止まった。
「……85点?」
「だろ?俺もびっくりしたんだけどさ」
俺が自慢げに胸を張ると結愛はゆっくりと顔を上げた。
その瞳の奥にスッとあの夜と同じ妖しい光が宿るのを俺は見逃さなかった。
「湊くん」
「は、はい」
「湊くんって国語一番苦手だったよね。いつも著者の気持ちなんか知るかよ、みたいな感じだったのに急にどうしたの?」
彼女の声がワントーン下がり部屋の温度が急激に冷たくなる。
「えっとそれは……その、たまたま勉強したところが出たというか」
俺は慌てて視線を泳がせた。
雪乃宮さんにみっちり個人レッスンを受けたなんて口が裂けても言えない。
結愛はじっと俺の目を見つめてきた。
「ふーん。たまたまね」
彼女は答案用紙をテーブルに置くとスッと俺に一歩近づいた。
ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「この前の夜、女の子の匂いつけて帰ってきた日があったよね」
「っ……!」
「あの時『友達と勉強してた』って言ってたけど……もしかしてその友達って女の子?」
核心を突かれ俺の心臓が早鐘を打つ。
結愛の勘の良さは異常だ。絶対に探偵にでもなった方がいい。
「ち、違うって!健太だよ!あいつが国語のコツを……」
「健太くん、さっきタイムラインで『テスト返却で死んだ。俺の夏休み終わった』って泣いてたけど?」
「……あ」
自ら退路を完全に断ってしまった。
結愛はにっこりと笑い俺のワイシャツの襟元を指先で軽くツーッと撫でた。
「引っかかっちゃったね。健太くんのの連絡先なんて私もってないのに。さて、誰に教えてもらったのか後でじっくり聞かせてもらうからね。とりあえず……テストお疲れ様、湊くん」
耳元で囁かれる優しい言葉とは裏腹に逃げ場はない。
俺の平和な夏休みは始まる前からすでに平和の二文字が失われつつあった。




