審判
教室の空気が異様に重い。
今日は夏休み前の最大の壁、テストの返却日だ。
教壇に立つ先生の手には俺たちの運命を握る答案用紙の束が握られている。
次々と名前が呼ばれ、クラスメイトたちが死地に向かう兵士のような顔で教卓へと歩いていく。
自分の名前が呼ばれ、俺はビクッと肩を揺らした。
緊張で強張る足を進め裏返された答案を受け取る。
一番苦手だった現代文だ。
席に戻り深呼吸をしてから一気に用紙を表に返した。
「……マジか」
そこに赤ペンで大きく書かれていた数字は『85』。
平均点をはるかに上回る俺の国語史上最高得点だった。
信じられない。
テスト中、雪乃宮さんに言われた通り接続詞と対比構造を意識して文章を読んだらパズルのように答えが浮き彫りになったのだ。
運ゲーだと思っていた国語で初めて確かな手応えを感じた結果がこれだった。
俺が静かにガッツポーズをしていると隣の席からこの世の終わりみたいなうめき声が聞こえた。
「……終わった。俺の夏休みが……」
健太だ。
彼の手元には無惨にも赤点が記された英語と生物の答案用紙が握りしめられている。
「シュレディンガーの赤点、見事に確定したな」
「うるせえ。俺はこれから補習という名の地獄に落ちるんだ……」
机に突っ伏す親友を慰めつつ、俺は握りしめた現代文の答案用紙を見てニヤニヤが止まらなかった。
休み時間になるや否や、俺は答案用紙を持って教室を飛び出した。
廊下はテストの点数で一喜一憂する生徒たちでごった返している。
目的のクラスのドアの前に立ち中を覗き込もうとしたその時だった。
「……湊くん?私に何か用かしら」
背後から突然、涼やかな声が降ってきた。
振り返ると、用事から戻ってきたらしい雪乃宮さんが立っていた。
相変わらず隙のない凛とした佇まいだ。
「雪乃宮さん!これ見てくれよ!」
俺は興奮気味に現代文の答案用紙を彼女の目の前に突き出した。
彼女は少し驚いたように目を丸くした後、答案用紙の点数に視線を落とした。
「……85点。まあ、あなたにしては上出来じゃない」
雪乃宮さんの声は相変わらず平坦だったが、その瞳の奥には微かに満足げな光が宿っていた。
「だろ!?雪乃宮さんが論理パズルだ、って教えてくれたおかげだよ。本当に助かった、ありがとう!」
俺が素直に礼を言うと、彼女はふいっと視線を逸らした。
「別に。あなたが私の言った通りに解いただけよ」
そう言いながらも、彼女の白い頬がほんのりと桜色に染まっているのを俺は見逃さなかった。
氷の女王は褒められ慣れていないのか、こういう時は意外と素直な反応を見せる。
「でも、ここの漢字の書きと、最後の選択問題はケアレスミスね。詰めが甘いわ」
彼女はすかさず俺のミスを指摘してくる。
「うっ、それは時間ギリギリで焦っちゃって……」
「言い訳は聞かないわ。夏休み中にちゃんと復習しておくことね」
「はい、雪乃宮先生」
俺がおどけて敬礼すると、彼女は小さくため息をつきながらも、どこか嬉しそうに口元を綻ばせた。
「……ふふっ。赤点回避おめでとう、湊くん」




