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代打ちのプレッシャー

「ちくしょう、次こそは……!」

 俺は負けじともう一枚百円玉を投入した。

 ここまできたら俺の意地でもある。

 アームを限界まで奥へ寄せ、ウサギの奇妙な頭を狙ってボタンを叩く。


 ガシッ。


 今回は完璧な角度でアームが入り込んだ。

 そのままぬいぐるみはゆっくりと持ち上がり、移動を始める。

「……いける、いける!」

 灰が俺の肩をバシバシと叩いてくる。痛い。

 ウサギが落とし口の真上に来た瞬間、アームが開き——


 ゴトンッ。


「……っっしゃあぁぁっ!!」

「やったぁぁぁっ!!」


 俺と灰は薄暗いゲーセンでハイタッチを交わした。

 周りの数少ない客が何事かとこっちを見ているが、そんなことは気にしていられない。


 俺は取り出し口に手を突っ込み、その不気味なウサギのぬいぐるみを引っ張り出した。

 近くで見るとさらに目が大きく、愛嬌があるのかないのか分からない絶妙なデザインだ。


「ほらよ」

 俺がウサギを差し出すと、灰はパッと顔を輝かせてそれを抱きしめた。


「ありがと……」

 灰がポツリと、消え入りそうな声で呟いた。

 いつもは鋭い目つきが、今はウサギの頭に顔をうずめて隠れている。

 その耳の先が、わずかに赤く染まっているのが見えた。


 やはりどうしてもその仕草は年相応の女の子そのものだった。

 普段の態度とのギャップが、変に心臓を直撃する。


「……別に。俺もムキになっただけだし」

 俺は照れ隠しに頭をかき、ゲーセンの出口へと向かった。

 灰はウサギを抱えたまま、俺の少し後ろを小走りでついてくる。


「ねえ、これ本当にレアなんだよ。しかも可愛いし」

「可愛いの基準が歪んでるぞ」

「いいじゃん!あたしの部屋に飾るんだから」

「はいはい」


 店を出ると、夜風が火照った体を冷やしてくれた。

「電車賃ないんだろ。駅まで送るよ。……しっかり何割か増しで返せよ?」

「けち。……でも、助かった」

 彼女はウサギの頭をポンポンと叩きながら、小さく笑った。


 夏休みはもう目の前。


「それじゃあな。夜道気をつけて帰れよ」

「うん……今日は本当にありがと」


 駅の改札前でぬいぐるみを大切そうに抱きかかえながら灰は小さく手を振った。いつもは鋭い眼光を放つ面影は今はどこにもない。

 ただのウサギのぬいぐるみに喜ぶ年相応の女の子の顔だった。


 改札の奥へと消えていく彼女の背中を見送ってから俺はふうっと大きく息を吐き出した。

 俺は喉の渇きを覚えて駅前の自販機でジュースを買おうと、十円玉を寄せ集めるために財布を開いた。

「……あれ?」


 ファミレスでの散財とさっきのクレーンゲームの代打ちで中身は完全に空っぽだと思っていた。

 しかし財布の隅の小銭入れの奥に銀色の硬貨が一つだけ張り付くようにして残っていたのだ。

 百円玉だ。

「まだ一枚残ってたのか……」

 ジュースを買うために使うには少し惜しい気がする。


 俺はなぜか飲み物を買う気がなくなり、近くにあったさっきのよりも寂れたゲーセンへと足を踏み入れていた。


 カビ臭さと電子音が混ざり合う薄暗い店内。

 俺は百円玉を指先で弄りながら、人気(ひとけ)のないクレーンゲームのコーナーをふらふらと歩いた。


 その時だった。

 俺の視界の端に妙な存在感を放つ筐体が飛び込んできた。

「……なんだこれ」

 ガラス越しに中を覗き込む。

 そこに積まれていたのはなんとも形容しがたいぬいぐるみたちだった。


 深海魚のようなうつろな目。

 ずんぐりむっくりとしたフォルム。

 戻ることを知らない舌

 そしてなぜか頭から変なものが生えている。


 気持ち悪い。

 控えめに言っても可愛さの欠片もない。

 しかしずっと見つめているとなぜか目が離せなくなってくる不思議な引力があった。

「……絶妙に腹立つ顔してるな」


 キモい。でもどこか憎めない。

 俺の頭の中にさっきの灰の言葉が蘇る。

『こういうのは意地なんだよ』

 俺は無意識のうちに指先に持っていた最後の百円玉をチャリンと投入口に滑り込ませていた。


 電子音が鳴りレバーが操作可能になる。

 俺は特に狙いも定めず適当にレバーを動かした。

 真ん中あたりで群れているキモカワぬいぐるみの山に狙いを定める。


「どうせ取れないだろ」

 先ほどの代打ちの時のようなプレッシャーは微塵もない。

 俺はポチッと気だるげにボタンを押した。

 ウィーンwという機械音と共にアームが下降していく。


 そしてぬいぐるみの山の中にズボッと乱暴に突き刺さった。

「あーあ、」

 俺が踵を返そうとしたその瞬間だった。


 ガシッ。


「……え?」

 閉じたアームが頭の突起物とずんぐりした胴体を奇跡的なバランスで挟み込んでいたのだ。

 そのままアームは上昇し、横へとスライドしていく。

 ぬいぐるみはアームの中でブラブラと揺れながらもうつろな目で俺を見つめ返してくる。

 そして。


 ゴトンッ。


 取り出し口に鈍い音が響き渡った。

「……マジかよ」

 俺は取り出し口に手を突っ込み、その不気味なぬいぐるみを引っ張り出した。


 たった一回。

 しかも完全な無欲の適当プレイ。

 クレーンゲームの神様は欲深い人間には厳しく、無欲な人間には微笑むらしい。


 俺は手の中にあるキモカワぬいぐるみのうつろな目を見つめた。

「おい、お前……これからどうしよう」

 灰のように喜んでくれる相手もいない。


 俺はふと我に返った。

 灰からのSOSで急にファミレスを飛び出してしまい、健太や美咲ちゃんに悪いことをした。

 時計を見ると意外に時間は経っていない。

 俺はそのぬいぐるみを小脇に抱え、ファミレスへと急いだ。


 店に入るとちょうど健太と美咲ちゃんがレジで会計を済ませて退店するところだった。

「おーい!ごめん!」

 俺が声をかけると二人は驚いたように振り返った。

「お、湊。ヤバいことってなんだったんだ?」


 健太が尋ねてくるが俺の小脇に抱えられた存在にすぐに気づいた。

「なんだよそれ……めっちゃキモいな」

「あ、いや……これはその」

 美咲ちゃんも目を丸くしてぬいぐるみを見つめている。


「疲れたから俺はもう帰るわ。美咲ちゃんのこと送ってやってくれよ」

 健太はそう言うと、あくびをしながら夜の街へと消えていった。


 残された俺と美咲ちゃん。

「あのさ、これ」

 俺は唐突に思いつきそのキモカワぬいぐるみを美咲ちゃんに差し出した。

「さっき途中で抜けちゃったお詫び。もしよかったら」

 美咲ちゃんは驚いた顔でぬいぐるみを受け取った。


「えっ、私に?ありがとう!」

 一瞬パッと顔を輝かせたが、すぐにぬいぐるみの顔をまじまじと見つめる。

「……うん、ありがとう。でも……絶妙に気持ち悪いね、これ」

 彼女は少し顔を引きつらせて一歩引いていた。

 無理もない。

 俺は苦笑いしながら美咲ちゃんと二人で歩き始めた。

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