狂気のウサギ
汗だくで走る。
公園に着き、あたりを見渡すが何処にも灰の影は見つからない。
「クソッ……!どこにいるんだ?」
公園の中心に立った時、俺は自分の目を疑った。
そこは裏手にある寂れた路地裏。
看板のネオンは半分死んでいて『ゲームセンター・エリュシオン』という痛々しい名前がかろうじて読み取れる。
もしかして、カツアゲか?
中に入ると冷房の効きが悪いのか、機械の熱気とカビの匂いがムワッと押し寄せてきた。
「……灰?」
薄暗い店内を見渡す。
平日だからか、客の姿はまばらだ。
格闘ゲームの筐体から聞こえる電子音だけが、やけに虚しく響いている。
俺は奥へと進んだ。
クレーンゲームのコーナー。
そこには制服のシャツの袖をまくり上げ、鬼の形相でレバーを握りしめる見慣れた背中があった。
「……灰」
俺が声をかけると、あいつはびくっと肩を揺らし振り返った。
髪が少し乱れ、目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「遅いッ!」
灰が泣きそうな声で叫んだ。
「お前、ファミレスで何デレデレしてんだよ!あたしがここで死闘を繰り広げてる時に!」
「なんで知って……って、それはいい。お前、ヤバいことってこれか?」
俺は灰の目の前にある筐体を指差した。
クレーンゲームの中にはやたらと目が大きく、不気味な笑みを浮かべた巨大なウサギのぬいぐるみが鎮座していた。
「……なんだこれ」
「『ドクロ・ラビット』だよ!今月限定のレアものなんだよ!」
灰が筐体のガラスをバンバンと叩く。
「あたし、どうしてもこいつが欲しくて……学校帰りにちょっと寄るだけのつもりだったのに……」
灰は財布を裏返し、中身を俺に見せた。
そこにはクレーンゲームをプレイするためには価値が足りない小銭が数枚転がっているだけだった。
「……溶かしたのか」
「溶かした……」
灰はガクッと膝をついた。
「千円札が、あっという間に消えていった。もう、帰りの電車賃すらない……」
いつもは強がっている灰の、この無防備な崩れ方。
俺は大きなため息をついた。
「……お前、バカだろ」
「うっさい!こういうのは意地なんだよ!途中でやめたら、それまで突っ込んだ金が全部無駄になんだろ!」
クレーンゲームの罠にまんまとはまっている。
不良のようで、変なところで子供っぽい。
「で? 俺にどうしろと?」
「……貸して」
灰が上目遣いで俺を見た。
「金。あと一回……いや、あと三回やれば絶対取れるから」
「ダメだ。もう冷静じゃないだろ」
俺は財布から百円玉を三枚取り出した。ファミレスで使ったためスッカラカンだったが、なんとかこれくらいなら出せる。
「俺がやる」
「……湊、クレーンゲーム上手いの?」
灰が疑わしそうに俺を見る。
「お前を助けてくれた友達とたまに行くからな」
「……」
なぜか灰の目がすっと細くなり、チッと舌打ちをした。
「……失敗したら、承知しないからね」
俺はその言葉を気にもとめずに筐体の前に立った。
ウサギのぬいぐるみは、あと少しで穴に落ちそうな絶妙な位置にある。
俺はレバーを握り、アームの位置を慎重に調整した。
「……ここだ」
ボタンを押す。
アームが下がり、ウサギの頭をガッチリと掴んだ。
「……っ!」
灰が息を呑む音が聞こえた。
アームが持ち上がる。
ウサギが宙に浮く。
そして……
ポスッ。
ウサギは穴の縁に引っかかり、そのまま微動だにしなくなった。
「あ……」
俺の口から間抜けな声が漏れた。
「あ……じゃないよ!何やってんだよ!」
灰が俺の肩をバシバシと叩く。
「違うんだ!今のは落ち方が悪くて……!」
「言い訳すんな!返せ!実質あたしの百円!」
俺たちは薄暗いゲームセンターの片隅で、子供のように言い争う。
取れなかったウサギが言い争う俺たちを見て笑っているようだ。




