救援要請
「ま、まぁ。とりあえず座る?」
俺は頭を抱えたくなった。
向かいの席では死んでいたはずの健太が瞬時に復活し、野次馬の目をしている。
隣に座る美咲ちゃんは笑顔のまま完全にフリーズしていた。
「……一緒に座る?私が、そこに?」
雪乃宮さんは美咲ちゃんの隣、つまり俺の反対側の席を指さして心底不思議そうに言った。
声のトーンは完全に絶対零度だ。
「え、えっと……うん!せっかくのお疲れ様会だし、雪乃宮さんも一緒にどうかなって!」
美咲ちゃんは必死に笑顔を取り繕っているが、その声は少しだけ上ずっている。
雪乃宮さんはふっと息をつき、長い黒髪をかき上げた。
そのしぐさ一つ一つに学年トップの余裕と、寄せ付けない冷たさが漂う。
「遠慮しておくわ。私は一人で静かに過ごしたいからここに来たの」
「そ、そっか……ごめんね、急に誘っちゃって」
美咲ちゃんがしゅんと肩を落とす。
すると、雪乃宮さんの視線が、美咲ちゃんから俺へと移動した。
その瞳の奥に、スッと鋭い光が走る。
「湊くん」
「はいっ!」
俺は背筋をピンと伸ばした。
「……復習、ちゃんとやってる?」
「や、やってます!もちろん!」
「そう。ならいいわ。それと……」
彼女は、俺と美咲ちゃんが並んで座っている様子を、まるでゴミでも見るかのような目で一瞥した。
「あまり羽目を外しすぎないことね。せっかく教えた解法を忘れたら、承知しないわよ」
言葉のナイフで俺をメッタ刺しにすると、彼女はくるりと背を向け、店員に案内されて別の席へと向かっていった。
「……こえー」
健太がポツリと呟いた。
「なんだあの氷の女王。美咲ちゃんの誘いをあんな冷たく断るなんて……湊、お前よくあんなのと勉強できたな」
「……ああ、まあな」
俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。
雪乃宮さんのあの冷たさは、通常運転だ。
だが、その奥にある「私が教えた湊くん」に対する、妙な独占欲のようなものを感じてしまったのは、俺の自意識過剰だろうか。
隣の美咲ちゃんは、無言でパフェのスプーンを握りしめている。
「美咲ちゃん、気にすんなって。あの人はいつもあぁだから」
「……ううん。大丈夫」
美咲ちゃんは顔を上げ、少しだけ影のある笑顔を浮かべた。
「私、お手洗いに行ってくるね」
彼女はそう言うと、立ち上がって席を離れた。
残されたのは、俺と健太。
「……なぁ湊」
健太が、グラスの氷をカラカラと鳴らしながら口を開いた。
「お前、モテ期到来か?」
「は?」
「美咲ちゃんに、雪乃宮さん。……ゴリは除外するとして」
「バカ言え。俺はただのモブだ」
俺が否定しようとした、その時だった。
ポケットの中で、俺のスマホが再び震えた。
また美咲ちゃんか? いや、彼女は今スマホを持っていない。
画面を見ると、そこにはまたしても「Kai」の文字が。
『おい、今すぐ公園に来い。ヤバいことになった』
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
「ヤバいこと」?
あいつがそんなSOSを送ってくるなんて、ただ事じゃない。
俺は立ち上がり、健太の肩をバンと叩いた。
「健太、わりい!急用ができた!美咲ちゃんに謝っといてくれ!」
「え? おい、ちょっと待てよ!」
健太の制止を振り切り、俺は財布から千円札を叩きつけると、ファミレスを飛び出した。
テスト明けの解放感は、もはやどこにもなかった。
夏の気配が濃くなる街を、俺は全力で走り出す。




