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アリス君は英雄になりたい。

 



 入り口からして二階建ての家ぐらい入ってしまいそうな大きな洞窟だった。

 この先に炎龍イシュタリフ・クロウカルがいる。

 恐る恐る進んで行く、最強の生き物である龍は実際見たらどれ程怖いのだろうか。


 ・・・!

 そして洞窟の奥に炎龍はいた。

 巨大な深紅の龍の美しさに僕は恐怖を感じる事もなくただ魅せられた。

 大きく開かれた翼、伸びる首、一目でわかる決して人が戦ってはいけない圧倒的な力強さ。


 炎龍の黒くて赤い大きな宝石のような目が僕を見ていた。


「・・・ゴホン。・・・よく来たな、人間よ。」


 炎龍の声だ。

 威圧的な力強い声にただそれだけでお腹の奥が響いて震える。


 ・・・僕は炎龍に力を借りるために来たんだ、自分から言わなくちゃいけない。

 僕は大きく息を吸って覚悟を決めたら言葉を出す。


「炎龍!! イシュタリフ・クロウカル、僕はアリス・ハイズ! 僕に力を貸してください!!」


 炎龍の目の玉が忙しなく動く、僕はそこから目を離さないようにと強く奥歯を噛む。

 僕にはとても長く感じる間を置いて炎龍が口を開く。


「・・・アリス、どうして力を求める?」


 ここに来るまでずっと考えていた、僕は何がしたくて何になりたいのか。

 答えは多分出ていた、だからそれを言葉にする。


「僕は英雄になりたい!」


 炎龍がかすかに首を傾げて目を開く。


「僕には才能がないみたいです! それでも僕は英雄になりたい! これから先ずっと、一緒にいたい女の子がいるんです!! 僕はきっと彼女に相応しくない! それでも一緒にいたいから僕は英雄になる!! きっと僕が・・・僕に力がないから彼女が悲しい顔をするんだ! もうそんな顔をさせたくないから、僕は英雄にだってなってやるんだ!! だからイシュタリフ・クロウカル! 僕に力をください!! お願いします!!」


 心の底から全力で叫んだ。

 ただ声を出しただけなのに疲れて身体の力が抜ける。

 イシュタリフは力を貸してくれるのだろうか。


「くハハハハハ!!」


 ・・・笑い声?

 それは確かに目の前の炎龍から聞こえていた。


「そうか、それがお前の戦う理由だったのか。そうか、そんな理由で。」


 炎龍は笑っていた。

 その目にさっきまでは見つけられなかった優しい輝きが見える。


「いいだろう、アリス・ハイズ。我が名をお前に預ける。」


 炎龍の巨大な手が僕の上に下りてくる、僕なんて簡単につまめるし潰せる手が僕の頭を優しく叩いた。


「我は炎龍・イシュタリフ・クロウカル。力を欲する時には我が名を呼べ。お前の守りたい者を守る力になろう。」


 そう言って笑うイシュタリフはとても素敵で僕はぽーっと見とれてしまう。

 それでも彼の言葉は僕の奥まで刻み込まれた。


 エトを守るための力。


「イシュタリフ・クロウカル。」


 彼の名前を呼んだ時、僕の身体を何かが流れる。

 分かる、これがきっと契約なのだ。

 熱い熱い炎龍の力が僕を通っていく。


 熱くなっていく身体の熱に溶けるように意識が離れていく。


 ぼくは・・・


「本当に脆弱な、本来なら龍の力を振るえない程に、それなのにお前は。」




 ハク視点


「アリス君!!」


 私ハク・トキ・ドールが彼を見つけた時、彼は炎龍イシュタリフの前で意識を失っていた。


「!!マジかよ!」


 私のパートナーである龍使徒ロイ・フレイ・アリスが倒れたアリス君を見て驚きの声を出す。

 彼には話してはあったが聞くのと見るのとでは大きく違う、成長前の英雄そのものと思えるアリス君の姿を見ればそれは驚くだろう。


「イシュタリフ・クロウカル。彼に何を?」


 炎龍イシュタリフとの会話はロイに任せる、龍に人が会える機会などごく稀で私自身これが初めてだ。

 その点、ロイは炎龍の力を借りた龍使徒で契約の際に一度会っている。

 何度となくロイは炎龍の美しさを語っていたが全然足りていなかったのが見て分かる、いや、言葉で言い表す事など出来ないのだろう。


 雄々しくも繊細な見た目の美しさだけじゃなく、神と龍だけの高位にあるものとしての格、そこにあるだけで魂を震わされる存在、もしも私が芸術家だったのならそれを描く為に人生を容易く投げ出すだろう光景だった。


「我の力を与えた。それ以外に何がある?」


 あわわわ、声が世界を通る、それだけで全身が痺れるよう、これが龍。


「彼には才能が無い。力を与えた所で苦しめるだけではないのか。」


 もう一度、ちらりとアリス君を見てロイは怯む事なく炎龍に意見する。

 赤い髪の彼の後ろ姿、彼の背中、何度も見てきたけどこういう所は格好いい。


 そのままにする訳にもいかず私はアリス君の身体を抱き起す、額に触れると少し熱い、炎龍の力に耐えられなかったの?

 龍との契約で意識を失ったなんて聞いた事がないけど、才能がないという事はこういう所から影響があるのか・・・。

 見上げる炎龍は機嫌が悪いという訳ではないと思う、多分だけど。


「才能がない? それがどうしたというのだ。守りたいものがあるのなら力がいるだろう、そこには才能の有無など何も関係がない。」


 それは確かにそうなのだろう。

 でもあなた達は望んだ全ての人に力を与える事はしないじゃないか。

 そして望んで与えられた所で強くはなれない、それが才能というものなのでしょう。

 ただ諦めるに諦められずに辛い思いをするだけじゃないの?


「それは彼だからか? 彼の見た目が。」


「ふん、好きに思うがいい。」


 炎龍が笑った?

 龍もそんな顔を見せる事があるんだ、きっとそれはアリス君の事だから。

 ただ似ているだけの子供に・・・今も龍達にも龍帝アリスという存在はそんなにも特別なんだな。


「失礼した。彼は連れて行くぞ。」


「そうだな、頼もう。」


 ロイは私に頷くとアリス君の腕を掴んで肩で担ぐ、炎龍に背を向けてから一度振り返る。


「いつもあなたの力には助けられている。ありがとう、炎龍イシュタリフ・クロウカル。こういう機会でもないと言えないからな。俺もあなたの力でいろいろなモノを守れたよ。」


 大人と子供の中間みたいなロイの笑顔に思わずキュンとしちゃった、こういう所がズルいよな。


「そうか。・・・それは良い事だ。」


 ああ、アリス君だけじゃないんだ、炎龍イシュタリフは私達の事もそんなに優しい目で見てくれるんだ。


 そうか、そうなんだ。



「うおおおっ! イシュタリフ超かっけー!! 見たか!? ハク、凄かっただろ!?」


 洞窟を出た途端にロイがテンション高く叫んだ。

 見たよ、私も見たからそのキラキラした目を向けないで、なんかガッカリするから。


「いつかハクにも見てもらいたかったから、そこんとこは小さなアリスに感謝だな。」


 はー、そういう事を普通に言っちゃうのがズルい。

 そりゃ私だって炎龍に会えたのは凄くいい経験だったと思うけど、これからのアリス君の事を思うとそんなに気楽に思えないよ。


「うほー、改めて見てもまんまアリスだな、寝顔かわいい!」


「ちょっと変な事しないでよね!」


 私もアリス君の寝顔しっかり見たいわ!!


「そういえば、エルクドールの癒しは?」


「ダメよ、女神エルクドールの力は殆ど龍の力には作用しないから。」


 攻撃を受けて出来た傷なら治せるのに、力を受け入れた事で負ったダメージだけはエルクドールの力でも癒せないのだ。


「・・・そうだったな。こいつは龍使徒になるのか?」


「そうするしかないでしょ。ナイル・カル・ドールがなんとかしてくれるわ。」


「そうか。・・・こいつも大変だな。英雄の見た目と届かなかった才能。」


「そうね。」


 溜息を吐きながら遠くを見る、ロイにも、ロイだからこそ分かっているんだろう。

 本当は才能も努力も関係ない、龍使徒は力だけが全て。

 力だけが全ての筈なのに、彼は見た目だけで特別になりえる。

 龍の力を与えられなければどうにでもなったのに。

 手に入れてしまったから。


 羨望・期待・嫉妬・失望、色んな感情が彼に降り注ぐんだろう。

 本人はどれだけ分かっていて、力を望んだのか。


 ・・・本当に彼は龍使徒になれるのかな、続けていけるのかな。




「エトちゃん、さっきの人は?」


 山を下りた先、エトちゃんが一人で焚火に当たっている。

 御者と一緒に馬車が消えている。


「置いて行かれました。私達も馬車に乗せてもらってもいいですか?」


 穏やかな表情だけど感情を見せずに淡々と喋る、大人びていたけど昼間最初に会った時もこんな感じだった? こんなに人形みたいだった?


「それは全然構わないんだけど・・・。」


「おーおー、逃げたって事か。」


「そうなんでしょうね。エトちゃんは何か聞いてる?」


「いえ、何も。はじめて会いましたし、名前も聞いていないです。」


 一応、調べては見るけど何も分からないんだろうな。

 あのアサヒって子と合わせて謎すぎる、本来なら開く筈の無い炎龍の結界が開いていた、それをしたのは誰なの?

 結界を解いたのはイシュタリフだとしても誰か事前にイシュタリフと接触出来たモノがいる。

 考えるだけ無駄かな、とりあえず敵対はしちゃいけないってのは分かるし、アリス君の近くにまた姿を見せる気がする。


「アリスは私が。」


「嬢ちゃんには重いぜ。」


 ロイの言葉に首を振るエトちゃんに引く様子はなく、ロイは困った顔でアリス君を降ろす。

 エトちゃんとアリス君は身長が変わらない、重いだろうにそんな様子は見せず、抱き合う様な態勢でアリス君を支えたエトちゃんは瞳を閉じて、見ていて苦しくなるほどに愛おしそうにぎゅっと抱きしめる。

 本当に大切に思っているんだな。


「アリス君は炎龍の力を与えられた。彼は龍使徒になるわ。」


「・・・そうですか。」


 喜ぶんじゃないかと思っていた。

 でも彼女の声には驚きも感動もない、むしろその逆の様で。


「私も神子になります。」


 それはそんなに淡々と言える事なの?

 私は神子になれるって分かった時はあんなに嬉しかったのに。

 ・・・この子は本当にこんな子だった?

 もっとニコニコと幸せそうに笑っていなかった?



 幼馴染? 本当にそんな偶然があるの?

 アリス君とエトちゃん、明らかに特別な二人が?






「よー、坊主はどうだったよ? イシュタリフ。」


「・・・お前か。」


 炎龍イシュタリフ・クロウカルに話しかけるのは中性的な美貌の女、ズボンのポッケに両手を突っ込んだまま炎龍に近付いて行く。


「・・・普通の子供だったな。」


「はん、そりゃそうだ。ただの子供なんだから。」


 鼻で笑う女の言葉に気分を害する様子はなく、炎龍は大きな手で自分の左目を押さえる、そこには昔ついた傷があった。


『あなたが力をくれたから! 僕は一番大切なものを守れたんだ!! だから! だから僕は!!』


 昔の事を思い出す。

 ポロポロと涙を流す人間の事を。


「そうだな。・・・可愛かったよ。」


 表情を緩めた炎龍に女も微笑んだ。




ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

一応ここまでが一章のつもりでいます。

続きは出来るだけ近いうちに投稿したいと思っているのでよろしくお願いします。

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