アリス君は山を行く。
アサヒ視点
泣きながらあの子はアサヒの用意した馬車に乗って街を出た。
あんなにも小さかったんだとアサヒはいつも思うのだ。
そしてすぐにアサヒの身長なんて追い越して彼はいなくなってしまう。
「あーあ、間に合わなかったですね。」
来ていたのは気付いていたけど、アサヒの横で人間の女が喋った。
一応礼儀として目を向ける。
エルクドールの神子、ここまで走ってきたのか呼吸は荒く額には汗が浮かんでいる。
確かハク・トキ・ドール・・・神子の最上位である13神徒の一人だったかな。
「あなたは誰ですか? アリス君たちがどこに行ったか教えてもらえます?」
穏やかな口調で神子は攻撃的な目線を向けてくる。
アサヒは楽しくなって笑う。
「アサヒはアサヒだよ♪」
「っ!!」
神子の杖がアサヒのあごの下に突き付けられる、首が押されてるよ。
「あなたが見た目通りの中身じゃない事は感じていますよ! あの子をどうするつもりですか。」
むふふ、この人もう雰囲気が戦闘態勢だよ。やだやだ。
「むーぐー。でも、アサヒ、そういうのも嫌いじゃないんだよ♪」
アサヒは笑いながら杖に触れる。
「・・・戦うつもりですか? こちらにはロイ・フレイ・アリスがいるのですよ。」
「ロイ・フレイ?・・・君の相方だね。宝剣13位の一人だよね♪」
ふーん、一人隠れてるのは分かっていたけど結構な大物だったね、アリスお兄ちゃん重要人物だね。
「戦わないよ♪嫌いじゃないって言ったでしょ、やだなー。」
「・・・悪い笑顔してますよ。」
「そんなことないよ! お兄ちゃんは天使みたいって言ってくれるもん♪」
多分・きっと・おそらくは・・・そうだったらいいなー。
「・・・いいお兄さんなんですね?」
首を傾げなくていいよ、本当にいいお兄ちゃんなんだから。
多分・きっと・おそらくは・・・そうだったらいいなー。なんてね。
「お兄ちゃんは炎龍邸に行ったよ。」
アサヒの言葉に神子は目を丸くした、やっとアサヒの首から杖が離れたよ。
「お兄さんとはアリス君の事ですか!? どう見てもあなたの方が・・・いえ、炎龍邸、本当なのですか?」
「本当だよ。信じるかどうかは君が好きにすればいいよ。」
アサヒは神子を見るのをやめて馬車の走り去った方を向く。
「なら、目的は・・・。」
「君の想像通りかな♪君たちはどうするのかな?」
「あわ、あわわわ。そんなのそんなの・・・。」
むふふ、頭を抱えちゃったよ。
「認められるというのですか?・・・彼には龍使徒としての才能が無いのですよ。」
「人を能力で判断するのは人だけじゃないの?」
龍にとっては能力があろうとなかろうと人なんて吹けば飛ぶような生き物でしょうに。
「もし、もし、アリス君が炎龍に認められたなら、・・・そんなのもう、そんなの、龍使徒にするしか、龍使徒にするしかないよ!! ロイ!! 馬車の準備を! 目指すは炎龍邸!!」
声を上げながら神子は走り出した。
むふん、本当嫌いじゃないよ♪
ハク・トキ・ドールにロイ・フレイ、しっかり覚えておこうかな、これからお兄ちゃんがお世話になるんだからね。
「・・・。」
少し楽しい気分だったのに去り際の彼女を思い出して気持ちが冷めた。
必死に涙を堪えようとするエトの横顔。
今までのあなたもそうやって耐えてきたの? お兄ちゃんに辛い顔を見せないようにと隠しながら。
期待しちゃったよね。
ここはお兄ちゃんが龍の力で戦わなくてもいい世界なんじゃないかって、分かるよ。
でも、ダメなんだよ。
ここはお兄ちゃんを過去に送る事で作られた世界、お兄ちゃんを犠牲にしなくちゃ壊れちゃう世界。
だから進むしかないんだ。
例えもう二度と私の事を妹だって思ってくれる日が来なくても進むしかないんだよ。
『アリスの事、お願いね。アサヒ。』
違うよ、エト。
アサヒがエトにお願いするんだよ。
だって、エトだけなんだもの。
「お兄ちゃんをお願いね、エトお姉ちゃん♪」
馬車に揺られている。
僕とエト二人だけの沈黙が痛い。
エトはなんて思ってるんだろうか、とりあえずなんでこいつ泣いてるんだろうとかは思われたんだろうな、それは僕が教えて欲しいよ。
なんで泣いちゃったかな、本当。
馬車の向かう先は聞いている、炎龍邸、邸などとついているけど、そこは草木の生えない巨大な岩山だ、名前の通りそこには炎龍、炎龍イシュタリフ・クロウカルがいる。
炎龍イシュタリフ・クロウカルは炎を司る龍で歴史上、龍帝アリスに一番最初に力を貸したと言われる龍、龍帝アリスはイシュタリフと戦って認めてもらったという。
その戦いの舞台こそがが先ほどまでいた始まりの街ストーリアである。
とまあ苦し紛れに考えてみた所で気は紛れないんだけど。
・・・立派な馬車だな、視線を彷徨わせながら思う。
中からも外からも綺麗だし、造りがしっかりしていて座る所も柔らかい。
僕の乗った事のある見るからに木造ですって馬車とは全然違う、貴族とか偉い人が乗る馬車なのかな?
馬も僕が知っているのより大きくて立派だったし、馬車を運転してくれてる人もオシャレで綺麗な男の人だった。
あのアサヒって人は偉い人だったのかな・・・。
「ねー、エト。あのアサヒって人は知り合いなの?」
「・・・初めて会ったよ。あんな人が私たちの街に来たらすぐに分かったでしょ。それに私は小さい頃からずっとアリスと一緒だった、アリスの知らない知り合いなんていないよ。」
僕の隣でぼんやりと窓の外を見ていたエトは僕に目を向けてそう言った。
勝手に重い空気を感じていたけどエトは全然普通だった。
言っている事も正しいと思う、実際僕にもエトの知らない知り合いなんていないし。
その筈なのに、明らかに知り合いの反応だったんだけど。
でも、それはエトだけじゃなくて僕に対してもだったんだよな。
「私たちが知らなくてもあっちだけが知っている事もあるでしょ。きっとまた会えるから。」
エトは何か隠そうとしているよね・・・僕に才能がないから?
才能が無いのに無理だって言われてるのに、龍に直接願い出てまで僕はしがみつこうとしている。
これでいいのかな? 僕は。
「エト、僕は・・・これでいいのかな。」
「いいんだよ。」
そっとエトが僕の手を包んでくれる。
「これでいいんだよ。」
手を包む力が強くなる。
本当は何を思っているの?
エトは一人でも神子になっていたんだよね。
僕はエトの隣にいたいと思っていいの?
「でもね、アリスは英雄になんてならなくていいからね。」
「・・・はい。」
思わず真顔で返事してしまった。
「なんでそんな話になるの?僕が英雄になれる訳ないじゃんか。」
「・・・アリスは・・・。」
そこでエトは口を閉じて僕たちは馬車が止まるまでもう喋る事はなかった。
いつの間にか僕は眠っていて、目を覚ました時にはエトも寝ていた。
ずっと僕の手は握られたままだった。
綺麗な寝顔には涙の線が落ちていた。
「英雄・・・か。」
それくらいならないと僕は君の横にいられないのかな。
・・・馬車止まってるし、もう日が暮れてきてる。
「エト、起きて。」
「ん、・・・。」
すぐに起きたエトは眉間に皺を寄せて目を擦りながら開く。
「そっか、馬車だ。」
「うん、下りてみよう。」
扉を開いて外に出ると御者さんが焚火をいじりながら葉巻を吸ってた。
濃い紺色のタキシードを着崩した綺麗な男の人、薄い水色の髪を首の後ろで結んでいる。
「おー、起きたか、坊主ども。着いたぜ。」
御者さんの首を動かす先を見ればそこは一面の黒色、硬そうな岩でできた山だった。
ここが炎龍イシュタリフ・クロウカルの住む山。
「・・・炎龍邸。こんなに早く着いたんだ。」
もっと熱い場所なのかと思ってたら全然普通だ。
「俺っちの馬は早いんだよ。」
自慢げに言う御者さん、確かに白と茶色どちらの馬も凄く逞しい、今は美味しそうに桶から水を飲んでいる。
「ほら、坊主、一人で行ってくんだよ。」
「えっ、僕一人でですか!?」
「坊主がイシュタリフがいいって言ったんだろ、行ってこいよ。夕飯の準備はしててやるから。」
いや、でも僕一人で炎龍に会うなんてそんな無茶な・・・エトの方を見れば言葉なく頷かれた。
本気ですか。
「はい・・・分かりました。」
僕は勢いなく頭を下げる、もう行くしかない。
御者さんは立ち上がると前を指さす。
「地面の色が少し違うのが分かるな? あれが道だよ。あれに沿って行けば洞窟がある、そこにイシュタリフがいるよ。」
「・・・はい。」
道っていうか本当に少し色が違うだけで凄く歩きづらそう。
「そういえば、炎龍邸には普段は誰も入れない炎の結界があるって。」
「大丈夫だよ。今はそんなもんはない、っていうか結界があっても今はもう範囲内よ。」
そうなんだ。
はー、ドキドキするな、炎龍って龍の中でも一番怖そうなんだよな。
「ほら、行けよ。男はいつだって女の前ではカッコつけるもんなんだろ。」
御者さんに頭を撫でられて背中を押される。
そんな話初めて聞いたけど、これ以上エトの前で情けない所を見せたくないのは確かだ。
「エト、行ってくる。大丈夫だから。」
「うん。待ってるね。」
切なそうな目でそれでもエトは笑顔をくれた。
エト視点
アリスの背中が見えなくなってもその先を私は見続ける。
「心配かよ?」
「今の心配はしていません。ここには危険な生き物なんていないんでしょ。」
「ああ、そうだよ。なんの心配もいらねーよ。」
中性的な見た目の彼女はその透き通った水色の瞳に優しい色を映して私を見る。
「・・・アリスは・・・・・・。」
言葉を続けられない私を彼女は細い身体で抱きしめて優しく頭を撫でてくれた。
「悪いけど、何も教えられねーよ。俺っちだけじゃない皆がよ。それにまだ分からねーんだよ。お前ら次第だ。・・・だから泣くんじゃねーよ。俺っちは美女にも美少女にもよえーんだからよ。」
「・・・はい、すいません。」
我慢しなくちゃって分かってるのにアリスがいない所ではどうしても耐えられなくなってしまう。
炎龍に力を借り受けて、アリスは戦わなくちゃいけなくなる。
こっちでは蔑みと嘲笑に耐えながら決して届かない周りの背中を追い続けて、300年前では弱い筈なのに特別なただ一人の龍使徒になってしまったからって絶望しながら戦い続ける。
英雄なんかじゃない、英雄になんてなりたくないって叫びながら。
戦い続けるんだ、最後の時まで。
「いいよ、やっぱり好きなだけ泣けよ。俺っちはお前が大好きなんだからな。」
「うーーーー。」
優しい彼女の腕に包まれて私の涙は勢いを抑えられなくなる。
アリスに才能がないって分かってるんだから選ばないで欲しいって本当は言いたい。
でも彼女たちはそうすると悲しい顔をしてしまうと知ってる。
誰よりアサヒが傷つくのだ。
だから間違ってもそんな事口にしちゃいけないんだ。
「お前は神子をやるのか?」
彼女の言葉に入れてもらった紅茶から口を離し私は頷く。
「そうか、そうじゃなかったら坊主もイシュタリフの力なんて求めなかったのかもな。」
「そうですね。」
それは思っていた。
私が神子にならなければ二人で家族の元に戻ってのんびりと暮らせるのかもしれない、と。
過去に飛ばされるまでの束の間の時でも幸せにって、でも私はそれを選べなかった。
神子としての力を欲した、少しでもその時が来るまでに強くなりたい。
アリスをいつか救える日が来るように。
例え、終わりの時に私はもういなくて、アリスの隣には別の誰かがいたとしても。
いつの日かアリスが本当の幸せを手に入れられるように。
それだけが私の願いだから。




