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アリス君は諦めない。



 ハク視点


「残念でしたね・・・。」


「一番残念そうだったのはあなただったけどね。」


 私ハク・トキ・ドールは若い二人の背中を見送りながら肩を落とすナイル・カル・ドールに言葉を返す。


 落ち着いたナイルがあんなに取り乱すなんて、思い出しただけで笑ってしまう。

 まー気持ちは分かるんだけど、まるで子供の頃に憧れた絵本からそのまま飛び出してきたみたいに、彼は英雄そのものの姿で。

 彼が龍使徒の正装で剣を構えた姿を私も幻視した。

 きっと、実際に見たら私も涙を流してしまうんだろうな。


 それだけ私たちにとって龍帝アリスと世界の光エルマカナ・ドールという二人は特別なのだ。

 何柱もの龍と絆を結び数多の悪魔、大悪魔を退け世界を救った英雄。

 今この世界で私達がこうしていられるのは間違いなく彼と彼女がいてくれたからなのだから。


 ましてや私たち神子や龍使徒なんてのはその英雄に最も憧れた者の集まりなんだから、そりゃ感情も動かされる。


 上手くいかないものだな、あの英雄そっくりの姿なのに、龍使徒に一番必要な龍脈がほとんど無いなんて。


「エトさんはどうするんでしょうね?」


「分からない、これは本当に分かんないな。あの子は何を考えてるのか全然分からなかった。」


 本当にあの二人は同い年なのかって思う程に大人びていて、神憑ったみたいに綺麗で、エルクドール像に祈った背中には確かな覚悟と願いが見えた気がした。


「二人共に来てくれればいいのに。」


「アリス君は不合格だったでしょうが。諦めるしかない、諦めるしかないのよ。」


「アリス君はわたくしが養子として育てます。毎日あったかいクリームシチューを作ってあげたいんです。」


「いや、毎日シチューはさすがに飽きるでしょ。」


「毎日じゃがいもを茹でてコロッケも作りますから。わたくしはこの日の為に今まで独り身だったのかもしれません。」


 うわー、この人、いい年して目がマジだよ。


「危険よ。危険しかないのよ。」


 下手したらあなたはアリス君のご両親より年上だからね。

 この人がこんな風になるくらいなんだから、街でも騒ぎが・・・あっ。


「・・・。手が空いてる誰かに様子を見ていてもらっといた方がいいかもしれない。」


「まーまーまー、犯罪に巻き込まれますか?」


「売ればどれだけのお金が動くか分からないわよ。龍帝アリスの生き写しと絶世の美少女だもの。」


「それも今の段階で13神徒であるあなたに匹敵する力の持ち主ですものね。」


 ナイルが私を見てニヤリと笑う。

 恐らく彼女は成長すれば歴代最高の神子になる、そこにあの見た目も加われば国すら傾ける価値になるだろう。


 あわわわわ、簡単に帰してしまった私たちが浅はかだったわ。


 あの二人は田舎の街から出てきたみたいで警戒心も薄そうだったし、英雄像が近くに無かったからアリス君の見た目についても認識が甘いんだと思う。

 比べる対象が身近に無ければどれだけ似ているかなんて分からないから。


「いいわよハク。あなたがお行きなさいな。ロイ・フレイ・アリスにはわたくしが言っておくわ。」


「いいの?」


「適役でしょ。本当はわたくしが行きたい所ですけど。アリス君を受け入れる準備をしておきます。」


「・・・書類の話よね? 自分の部屋の片付けとかじゃないわよね?」


「まーまー。行きなさい、任せましたよ。」


 お互い笑い合ってから私は駆け出した。




 エト視点


 私は夢を見る。


 何度も何度も夢を見た。

 そこで私は私じゃなくて、ううん、きっと私だったんだよね、ただ見た目が違うだけで。


 平凡な私は小さな村でキラキラ輝く同い年の男の子に憧れる。

 憧れて憧れてそれが恋だと気付いた時には彼はどこにもいなかった。


 その世界が無くなって新しくやり直しても私は君に恋をした。

 そして君はいなくなる。

 もっと綺麗になれば君は振り向いてくれる?

 私の前からいなくならないでくれる?


 私は何も知らないし覚えていなかったけど、消えた世界の想いはどこかで消えずにいたのだろう。


 そして私は出会った。

 契約をしたのだ。


 それは夢の話。


 消えた彼は戦い続けていた。

 戦わされ続けていた。

 戦わなければ人が滅んでしまうからと。


 いつも泣きながら、無力を嘆いて、それでも剣を握り続ける。


 新しい私が生まれて、いつか夢に見て、夢よりも平和に少しだけ増えた笑顔に・・・君の犠牲を知るのだ。


 君には何も知らずに生きてほしい、せめてこの時間だけでも幸せに。

 私は笑う君に何度も恋をして、その切なさに愛を知るのだ。


 君の代わりに私が力を求めるよ。

 過去に堕とされ続ける君がいつか救われる日が来るように。

 私も一緒に過去に堕ちるから。


 それは何度目か、両手両足の指で数えても足りない程に繰り返して。

 龍使徒と神子という存在が今まで残るようになった。

 私たちの生まれる時代は格段に平和になった。


 夢の中の村よりも大きな村、いつのまにか村は街に変わっていった。


 君の名前が英雄だって言われるようになったよ。

 私はいつも最後まで君を見守る事が出来ないね。

 君の事を願いながらいつも私が君を悲しませるのかな。

 それでも私は求め続けるよ。


 この世界は私が今まで見た夢のどの世界よりも幸せに溢れてるね。

 頑張ったんだね。頑張るんだね。アリス。



 前を歩くのはしょんぼりとしたアリス、龍使徒になれなかったのがショックみたいだ。

 うん、あれだけ毎日木剣を振って走ったりしてたんだからそれは悲しいとは思う。

 だが薄情と思われるかもしれないけど私はそんなアリスを放っておいて考え事に没頭していた。

 私の神子の力は代を重ねる度に強くなっている、見た目も洗練されていくし、今ならアリスと並んで歩いても見劣りする事はないだろう。

 アリスは本当にカッコいいから。


 さて、アリスが龍使徒になれないというのはどういう事なんだろうか。

 夢の中では最近のアリスは龍の力を借りた状態で過去に行ってる、それがアリスが魔物相手に有利に戦える最低条件の筈。


 もしかして私が見ていたのはただの壮大な夢?

 もしくは他にいい人が見つかってアリスがお役御免になった可能性?


 どちらにしてもアリスは戦わなくてよくなるし、私も神子にならなくてもよくなる。

 二人で静かにのんびりと・・・・えへへへへ、えへへへへへへ。


「お兄ちゃん、また会えたね。」


 私が妄想と言う名の夢を見た瞬間にそれは壊されて、私は声の主を睨みつけた。


「アサヒ・・・。」


 そして夢で見た彼女の名前が口から零れる。




 教会を出てぼんやりと歩く。

 試験に落ちちゃった、今まで鍛えてきた事、何も見せる事なく。

 僕には致命的に龍脈というのが足りないらしい、人間が龍の力を借りるにはそれが必要不可欠で僕では龍の力をほんの少ししか引き出せないって。

 最初から決まっていた事で僕はダメだった。

 小さい頃から見続けた夢は呆気なく砕けた、それも確かに悲しいのに、今僕の胸を一番重くするのはエトの事。


 エトは神子になれる、それも相当いい結果だったみたいだ。

 少し考えさせて欲しいってエトは言っていたけど、どうするんだろうか。

 ずっと一緒にいて、これからもそうなんだと思っていた、でもそうじゃないんだって気付かされた。


 なんの意味も無かった僕の特訓にエトはずっと付き合ってくれていた、いつも幸せそうに笑って。

 僕はがっかりされちゃったのかな。


 僕は・・・。


「お兄ちゃん、また会えたね。」


 明るい声が僕に向かってかけられる、僕に?

 僕の事をお兄ちゃんなんて呼ぶ人はいない筈だけど。


 その人は斜め前にいた、黒い髪を高い所で結んだ綺麗な女性だ、手を後ろで組んだ可愛いポーズで立っている。黒い瞳は夜の空の様に深く吸い込まれそうで、星の様に光が輝く。

 まだ大人じゃないけど、僕やエトよりは背が高い、二つくらい年上の人なのかな?


「アサヒ・・・。」


「?」


 僕の後ろからエトが口にしたのは、彼女の名前?


「エトの知り合・・・い?」


 問いかけようと振り返ればなんかエトが凄い怖い顔をしてるし。

 エトの顔が見えてる筈なのにこっちの人は余裕の笑顔だ。


「うーん。どうかな? 久しぶりって言っておく? エトお姉ちゃん。」


「初めましてでいいんじゃないかしら、アサヒ。」


 えー、何そのやり取り、喧嘩してるの!?


「そうだね。はじめましてアリスお兄ちゃん。アサヒは、アサヒだよ。」


 語尾に音符が付きそうな上機嫌で言われて僕は戸惑う。


「えっ・・・はじめまして? アリス・ハイズです。」


「うん、知ってるよ。お兄ちゃん。よろしくね!」


 いや、知ってるって言ってるじゃん、はじめましてじゃないじゃんか。

 それにそっちの方が見るからに年上だよね。


「えーと。エト?」


 状況を飲み込めない僕がエトを頼り見れば、彼女の表情が和らぎアサヒさんを見る目が細められる。


「はじめまして、エト・クラナよ。・・・やっぱり夢じゃないのね。」


「うん、夢じゃないよ。まだ終わってない。」


「・・・??」


 表面上は笑顔なのに二人からは重そうな空気が伝わってくる。

 どういう関係なのこれ?


「それで今日はどうしたの?」


「お兄ちゃんに会いに来たんだよ。会えて嬉しいよ、お兄ちゃん。」


 そう言うとアサヒさんは僕の右手を両手で握る、握った僕の手を自分の顔の前まで持ってって、小さい可愛い口を大きく開・・・!!?


「な! 何!?」


 僕の指がこの人の口に吸い込まれる寸前にエトが僕の腕を引いて助けてくれたけど、本当にギリギリの所だった。

 僕は右手を左手で包むようにして隠してエトの後ろに下がる。

 一体どういう人なのこの人!?


「むーぐー!! お兄ちゃんの指舐めたかったー! 舐めさせてよー。」


「いやだよ!! なんでそんな!?」


 駄々をこねるみたいに両腕を下に振るうアサヒさんに僕は吠える。


「はー。本当にあなたは・・・。」


 僕の盾になってくれてるエトがいつも凛としたエトらしくない態度で脱力して溜息をつく。

 こういう姿を見せる相手? 僕が知らないだけでかなり親しい?


「むふふ! 冗談だよ♪お兄ちゃんは龍使徒を諦めるの?」


 僕は彼女の言葉に驚いた、でも僕よりエトの方が驚いたみたいで前にいるエトが息を飲んだのがはっきり分かった。


「なんでそんな事知ってるの? 君は誰?」


 僕が不合格になったのはついさっきの事なのに、なんでそれを知ってる人がここにいるの?


「アサヒはアサヒだよ♪お兄ちゃんもアサヒって呼んでね♪」


 本当になんなのこの人、だからそっちの方が年上じゃないか。


「アサヒ。どういうつもりなの?」


「んーん♪エトお姉ちゃんはどうするの? 神子になるの? ならないの?」


 今、僕はエトの顔を見てはいけない、反射的にそう思った。


「私は・・・神子になる。」


 右手を強く握って俯きながら絞り出すようにしてエトは言った。

 僕の中心が一気に冷たくなった。

 これから僕は一人になるんだ、それがどういう事なのかも想像できずに頭の中が真っ白になる。


「だって♪どうするの? お兄ちゃん♪龍使徒を諦める?」


 変わらない彼女の笑顔がどうしようもなく癇に触って、気付けば僕は叫んでいた。


「そんな事言ったってしょうがないだろ!! 僕は龍使徒になれないんだよ!!」


 エトとずっと一緒にいたくて、泣くつもりなんてないのに涙が止まらなくなる。


 僕を見るアサヒさんの顔が驚きと悲しみに変わって、すぐにまた笑顔に戻る。


「なる方法があるって言ったらお兄ちゃんはどうする♪」


 ああ、そうか。

 彼女は最初からそういう話をしたかったのか、これはきっと何か裏のある話なのだろう。

 それでも僕はそれに乗るしかなかった。

 自分の気持ちを知ってしまったから。


 エトは口を挟む事はなくて、僕はエトがどういう表情でいるのか見る事が出来なかった。

 ただ最後に何か言いたそうな、でも、とても優しくて悲しい顔で僕を見ていた。


 僕はそんな顔で見られたくなくて今すぐ逃げ出したくて、だけど逃げる事は出来なくて。

 代わりに心の中で強く強く、強く誓った。


 強くなるって。

 エトの横にいるのに相応しい男になってみせるって。

 そうならないと。






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