アリス君は不合格です。
始まりの街ストーリア。
立派な石造りの門を馬車がくぐり中に入る。
僕は止まった馬車から跳びだすと両腕を上げて伸びをする。
「やっと着いた!! ストーリアだ!!」
長い旅だった、僕たちの街から5日もかかる長い旅だった。
時間がかかるのは分かっていたけど、馬車での移動は思っていたよりもずっと辛かった。
お尻痛いし、背中も痛い。
ふと気付くと後ろが騒がしい、何かと思えば馬車から下りようとするエトに手を貸そうと大人の男たちが群がっていた。
「エト。」
僕は人の群れをかき分けてエトに向けて手を伸ばす。
「ありがと、アリス。」
ズボンにジャケットの男っぽい格好のエトだけどやっぱり笑うと凄いかわいい、群がる気持ちも分からなくもないかも、いや、邪魔だけど。
睨んでくる人がいるから睨み返す、なんだか凄い驚かれた。
僕って実は強そうなのかな?
僕はエトの手を引きながら人混みを抜ける。
「わー、外からも綺麗だけど中も綺麗だね。」
「うん、本当だね。さすが始まりの街ストーリア。」
きらきらした表情で首を動かすエトに僕は頷く。
始まりの街ストーリアは300年前の英雄である龍帝アリスの名前が歴史上最初に出てきた場所で、龍帝アリスの相方で世界の光って呼ばれてるエルマカナ・ドールの生まれ育った街、元々は田舎の街の一つに過ぎなかったらしいんだけど、観光に訪れる人が増えて一気に大きくなったらしい。
観光地として大きくなった街だから、白色をベースに造られた街並みは綺麗で、この国で一番美しい街と言われている程だ。
「確か門から入ったら大きな道を真っ直ぐ行けばいいんだよね。」
「・・・うん、このまま進めば大丈夫だよ。」
僕たちがこの街に来たのには目的がある。
ここには国に五つしかない龍使徒と神子の学校があって、僕たちはそこに入学する為に来た。
龍使徒というのは龍帝アリスの様に龍に力を借りて戦う剣士の事で、僕はその学校で戦い方を学ぶ。
神子はエルクドールという神様の力で奇跡を起こす人の事だ、世界の光エルマカナ・ドールはその奇跡の力で龍帝アリスを助けたそうだ。
僕とエトの夢はここで叶う。
とは言っても入学試験があるんだよね。
おっと、不安に思ったら握る手に力が入っちゃった、僕を見るエトと目が合う。
「大丈夫だよ、アリスなら。・・・。」
「う、うん。ありがと。」
向けられたエトの笑顔に僕は戸惑う、いつからだろうエトがこんな風に大人みたいに笑う様になったのは。
綺麗だよ、綺麗だけど、なんだか何かを我慢しているみたいで少し嫌だ。
そんな事を考えていたら今度は繋いだエトの手の力が強くなる。
「エト?」
「ごめん、なんでもないの。」
「うん。二人で合格しようね。」
「うん。」
試験の内容は僕の方は健康診断と身体能力のテストだっていう話なんだよな、僕は元気だし一人で訓練もずっとしてきた、大丈夫な筈、多分。
しかし、二人で歩いてるとなんだか凄い見られてる気がする。
エトが可愛いから?
それにしてはなんだか妙に僕の方が見られている様な・・・。
「ねー、エト、なんだか僕ら見られてない?」
「ふふふ。うん、すぐに慣れると思うよ。」
「いや、慣れるとかそういう事じゃなくて。」
困ったように笑うだけで理由を教えてくれないエトと二人進んで行く。
思ったよりもずっと歩いた、この街凄く大きいんだな。
「あっ、アリスここ公園なんだね。」
「公園?なんだか木がいっぱい生えてると思ったら。・・・少し休んでいく?」
「そうだね。そうしようか。」
寄り道で入った公園は緑がいっぱいで空気が美味しい気がする。
ベンチがあるし、あそこで座ろうかな。
「エト?」
足を止めたエトの視線を追うと子供たちがいて、・・・石像?
「あれって!」
エトの手を引いて早足で進む、僕の半分くらいの身長の子供たちと一緒に見上げる先には昔見た英雄像。
僕が龍使徒に憧れたきっかけ、僕と同じ名前の英雄。
この街にもあったんだ。
今更だけど、英雄からもらった名前って少し恥ずかしい。
僕はあなたみたいになれるかな?
心の中で問いかける。
「やっぱり、わた・・、・・いんだね。」
「エト、今なんて言った?」
「なんでもないよ。・・・アリス、あっちみたいだ、行こう。」
背中を向けるエトの表情は見えないけど、また手の力が強くなった。
公園を抜けてすぐの所にそれはあった。
整えられた木に囲まれた中にはいくつもの白い立派な建物がある。
アーチ状の門をくぐって一番近くに見えるあれはエルクドールの教会だ、青い尖った屋根とその下には黄金の女神エルクドール像。
じゃあ、あっちが龍使徒の学校?あっちのは宿舎かな?
「適正テストは教会でしてくれるって言ってたよね。」
「うん、ハンナさんがそう言ってたね。」
ハンナさんは僕たちの街にいたエルクドールの神子、僕たちの街にもエルクドールの教会はあってたまに顔を出して話を聞かせてもらったり、怪我を治してもらったりしてた。
「行こっか。」
エトの言葉に頷き僕は目を逸らす、うわーやっぱり緊張するな。
「ふふ、大丈夫だよ、アリス。」
なんだか余裕そうなエトに手を引かれて教会に向かう。
改めて見ても立派な教会だ、僕らの街では見た事のない高さの建物、4階建てかな?僕の知っている教会は一階建てだったのに。
開けっ放しの入り口から中を覗けばそこは礼拝堂になっていた。
長椅子が綺麗に並び正面には台に乗った女神エルクドールの像とその横には神子の正装に身を包んだ女性。
わ、目が合った。
にこりと上品にその人は笑う。
「ようこそ、ストーリア中央教会へ。かわいいお客さん。」
「こ、こんにちは。」
軽くお辞儀して教会に足を踏み入れる。
「今日はお祈りかしら?」
「いえ、僕は龍使徒に、隣のエトは神子・・・に?」
なに? 僕が言ってる途中で女性、神子さんがおおきく目を開く。
「ちょ! ちょっと待ってて!! すぐ、すぐに戻るから!」
神子さんの上品な雰囲気が跡形もなく消えて、走って奥に消えていった。
「何? どうしたんだろ?」
「大丈夫だよ、アリス。想像はつくから。」
脱力して笑うエトには理由が分かるみたいだ、・・・ずっと繋いでいた手を外されちゃった。
「この先、こういう事は何度もあると思うから、慣れなきゃだよ。」
「?」
エトの言葉に首を傾げているとバタバタとした足音が戻って来る。
神子さんが何か持って来てる、白をベースに青の模様の入った騎士服、これって龍使徒の?
「・・・?」
僕の前にまでやってきた神子さんは広げた龍使徒の服を僕の身体に合わせる、まるで新しい服を見立てるみたいに。
「あわわあわわw!! ちっさいアリス!! ちっさいアリスがいる!! あわわww!!」
「えーーー!!?」
変な声を上げた神子さんに抱きつかれた!!
うわっ! 力が強い!
凄い身体がくっついてくるし、何かの花のいい匂いがする。
ぱちん!
エトの手が神子さんの肩を叩いた。
「アリスから離れてください。」
叩かれた神子さんが驚いた顔でエトを見る、そして超至近距離から僕を見る。
わー!! 何故かぐいぐいと抱きしめる力が強くなる。
「アリス! アリス君って言うんだ!! あわわわ! 感激だよ! これはもう感激しかないよ!!」
なんなの!? 意味が分からないよ、感激しかないよって何?
「だから・・・アリスから離れてください。」
エトが神子さんの肩を掴んで力を込める、めきめきって音が聞こえたのは僕の耳がおかしいんだと思う。 うん。
そしてエトの冷たい綺麗な顔が怖い。
「はい。すいませんでした。」
シュンと大人しくなった神子さんが後ろ向きのままスススってエルクドールの台座の横まで戻る。
「あわわわwエルクドール、悪魔がいます。大悪魔がいますよ。」
小声で女神像に話しかけてるのが丸聞こえなんですけど。
「そんなものどこにもいませんよ。」
エトの言葉にピタリと止まった神子さんはわざとらしく咳払いする。
「失礼、取り乱しました。私はハク・トキ・ドール、どうぞ好きに呼んでください。」
最初に見た時の上品なたたずまいとニコリとした笑顔でハクさんが言う、なんていうか変わり身が凄い。
ちなみにハクさん達神子には名前の最後に神子の称号であるドールが付く、エトが神子になったらエト・クラナ・ドールになって、龍使徒には同じようにアリスが付くから僕はアリス・ハイズ・アリスになる・・・予定。
「本当に驚きました。まさか龍帝アリスの生き写しの様な男の子が突然に現れるなんて。」
生き写しって・・・確かに似ているって言われる事はあったけど、大袈裟な人だなってエトを見れば真面目な顔で頷かれた。
なに? どういう意味?
「先ほど、龍使徒になりに来たと言いましたよね? いえ、言ってなくても言った事にしましょう! 龍使徒になりましょう! もうその見た目でアリスなんて龍使徒になるしかないですよね! 龍使徒一直線ですよね。」
だめだ、この人全然上品さを取り戻して無かった。
いや、言ってる事はこっちとしてはありがたいんだけど、龍使徒になりに来たんだし。
「はい。僕は龍使徒になりに来ました。よろしくお願いします。」
「はい、それは大変よろしいですよ。そちらの可愛い子ちゃんは神子・・・って!! あわわわ! とんでもない美少女!! あわわわw! こんな美少女に今まで気付かなったなんて、土下座!? 土下座だよ? 土下座するしかないよ!」
「しなくていいです。やめてください。」
ハクさん、凄い取り乱してる、神子の大事な杖を慌てて床に落としてるし、もうなんか見てられないよ。
エトが凄い美少女なのは確かすぎる事実だけどね。
「はー、ハク様、私はエト・クラナと言います。神子になる為に来ました、よろしくお願いします。」
「ははー!」
何故ハクさんの方が頭を下げるのか。
落ち着きを取り戻したハクさんが杖を持ちながら廊下を先導してくれるのに僕らはついて行く。
「アリス君とエトちゃんはどういう関係なの?」
「えっと、僕とエトは幼馴染で二人でストーリアに来ました。」
「そっか、二人でね。・・・二人ともなれるといいけどね。」
「・・・?」
「二人が龍使徒と神子になってくれればこの街は凄い盛り上がるよ! 龍帝アリスと絶世の美少女だもん。うへへへh。」
・・・ハクさんが決して上品とは言えない笑顔を見せる、そもそも僕は龍帝アリスじゃないし。
「ここだよ。」
ハクさんが木の扉をノックして開く。
事務室かな、いくつかの机が並んでいて奥の方でハクさんと同じ神子の制服を着た年配・・・いや年齢不詳の女性が書き物をしている。
「あら、ハク・トキ・ドール、どうしました?」
真っ白な髪を一つに束ねた今度こそ上品で落ち着いた女性だ。
「ナイル・カル・ドール、龍使徒と神子の志望者を連れてきましたよ。」
「そう。ストーリア中央教会にようこそ、よくいらっしゃい・・・ました?」
上品な笑顔を僕らに向けた神子ナイルさんが止まった。
この流れはなんなの。
ちょっと、ハクさんが僕の身体に龍使徒の服を合わせてくる、どこにその服持ってたんだよ!?
「にやり。」
いや、ニヤリじゃなくてさ。
「まーまーまーあまあ。」
「・・・。」
まーまー言い出した神子さん号泣してるんだけどどうなっているんですか。
「まーまーまーまーまじで?」
「マジだよ。マジでしかないよ。」
「まーまーまーまー。」
いや、神子さん同士で何かアイコンタクトしたと思ったらまだ泣いてるんだけど今のやりとりなんだったの。
なんか羊とか山羊とかそういう生き物みたいなんだけど。
「アリス、きっとこういうものよ。諦めて。」
「いや、全く分からない!」
エトに肩に手を置かれるけど僕は首を強く振って理解を拒む。
「まーまーまー、お名前までアリス! なんて神々しい名前。」
「いや、結構ありふれてますよね。僕知り合いに何人もいますよ。」
「まあー、我らが神エルクドールよ、わたくしはこの日の為に生きてきたのですね。まーまーまー。」
上品だった筈の神子さんの乱れっぷりが怖くて僕は肩を落とす。
ここの神子さん変な人しかいない訳じゃないよね?
「あら、どうしたの? ・・・ナイル・カル・ドールも普段はちゃんとしてる人なのよ。気持ちは私も分かるから許してあげてね。」
ハクさんが他人事の様に上品な笑顔を向けてくるけど、あなたも似たような感じだったじゃないですか。
その気持ちが僕には全く分からないから共感できないんですよ。
「ふふふ。じゃあ始めましょうか。まずはアリス君ね、こっちに来て座って手を出して。」
僕はハクさんの言葉に従って椅子に座ると右手を机の上に出す。
「ちょっとだけ痛いよ。」
突然ナイフで指を切られて僕は眉を歪める、ナイフを置いたハクさんは小皿で血を受け止めると片手で長い杖をくるりと回す。
「奇跡よここに! エルクドール。」
とん! 杖が床を突き僕の指を優しい光が包む。
あっという間に傷は消えてなくなった。
「ごめんね、痛かったでしょう。もう痛くない?」
「はい・・・大丈夫です。」
指を試しに動かしてみるけど何の違和感もない、もともと小さな傷だったのもあるけどエルクドールの神子の奇跡は本当に凄い。
「次はエトちゃんね。場所を変えますよ。」
あれ、血を取るのは僕だけなのか。僕は慌てて椅子から立ち上がる。
「ナイル・カル・ドール、頼みましたよ。」
ハクさんはナイルさんに血を入れた小皿を渡してまた僕たちを先導する。
次に連れて行かれたのは薄暗い部屋だった。
ここにも小さいけれど女神エルクドールの像がある、これは水晶かな、透明だ。
女神の像があるからなのかここの空気はとても澄んでいて清廉としてる。
「私達神子が修練に使う部屋です。ここでなら私達の祈りはエルクドールまで届く。」
そう言ったハクさんは杖を僕に持たせると女神像の前に立つ、指を絡めて手を合わせた。
空気が変わる、もともと澄んでいたと感じていた空間が更に清浄化されここにいるだけで身体が軽くなっていく気がする、そして女神像を中心に光が生まれる、神秘的な光は部屋を包みまるで別の世界にでもいる様だった。
「こんな感じです。エトちゃんは少しでもエルクドール像を光らせる事が出来れば大丈夫ですよ。」
神秘性を帯びたままハクさんが振り返ると光はゆっくりと消えていった。
これ、ハクさんは凄い人なんじゃないかな? いや、神子になるだけで十分凄いんだけど。
「えっ、それだけの説明でエトはやるんですか? テストなんですよね?」
「やり方なんて今見た通りですよ。ただ出来る人は出来るし、出来ない人は何をしても出来ない、それだけ、それだけでしかないんですよ。」
「アリス、大丈夫だよ。だから見てて。」
笑顔を見せて前に出たエトは目を閉じてハクさんと同じ様に手を合わせた。
何の揺らぎも迷いも感じさせない凛とした後ろ姿はとても美しく、この場の清浄な空気と合わせてまるで女神そのものを宿したみたいに見えて、僕は息を飲んだ。
そして光が溢れる。
「あわ!? あわわわ!!? なんで!?」
ハクさんも僕の横で驚きの声を上げる、っていうか顔も凄い驚いてる。
エトは凄いんだな、この光はさっきのハクさんのにも負けてない。
もう一度その背中を見てとても遠くに感じてしまう。
「まーまーまーまー。エトさんでしたっけ? これは凄いですね。」
後ろからかけられた声はナイルさんか、声に反応したエトは手をほどきながらゆっくりと振り返る。
纏う雰囲気と大人っぽい表情のエトに僕の胸が不思議と痛んだ。
僕と目が合ったエトはそのまま僕の後ろを見る、その顔がなんとも言えなくて僕も後ろを見てみるとナイルさんが号泣してた。
なんで!!?
「まうーまうー、アリス君、不合格です。エトさん合格です。まーーー。」
えっ・・・?
僕の不合格は泣きながら発表されました。




