プロローグ
最後の人間は今僕の前で死んだ。
これで良かったのだろうか?
僕たち、龍は人に干渉しない事にしていたからどうしようもない事だったけど、あいつが自分の存在と引き換えに創ったのが人間だったのに。
いなくなってしまった。
「そう、これでは駄目なのね。彼の子らが全て消えても彼は戻っては来ない。」
僕の横で彼女がそう口にして、その暗い瞳を向けてくる。
「次は集めましょう。何度時を繰り返してでも彼を私の下へ。」
「集める?何を?」
全く意味が分からずに疑問を口にした僕に彼女は目の力を強める。
「本当にお前は愚か、決まっているでしょう。彼の子にお前たち龍の力を。そうすればきっと彼は戻ってくるの。私の下へ。」
長い時を過去に囚われ続け亡霊の様になった彼女が僕に言う。
「さあ、行きなさい。時龍、私のしもべよ。」
言われるがままに僕は姿を消して時を渡る。
時を司る龍である僕は自分の意思では何も出来ない、ただ見守る事しか出来ないけど、誰かの願いがあればその為に動ける。
過去に戻ろう。
僕はけっして彼女のしもべなんかではないけど
時を歪めて誰かを運んで、僕は歴史を作り変える。
これは彼女の願いの為だけど、僕は少し嬉しく思った。
僕が見守ってきた時は人の生きてきた歴史だ、それを存続させる、守る手伝いが出来るのだから。
人間の歴史は魔物や悪魔との戦いの歴史、人間はそれに負けて滅んだ。
まずはそれを防がなくてはならない。
力を持った人間を別の時代に送って、強力になる前の魔物を倒させる。
それを繰り返す事で少しずつ人間の時間は伸びていく。
ただこれは、僕の見たかったものではなかった、過去に送った人間は背負う筈のなかった苦しみを背負い、それでも人は終わりに辿り着く。
それでも僕は見続ける。
次は僕の同胞である彼ら龍が、人に力を貸すように仕向けなくてはいかない。
当然の様に難航する、僕たち龍にとっては人も魔物もどちらも等価値で本来ならどちらかに肩入れする様な理由はないから、それぞれの龍が気に入りそうな人間を配置する事で気まぐれに力を貸し与える事が数回あった。
だがそれはあくまでも偶然で、続く様なものではなく、複数の龍が一人の人間に力を貸すような展開にはならない。
これでは彼女の願いは叶わない。
僕自身は彼女の願いに興味はなくとも、誰かの願いを介してしか世界に干渉出来ないのが僕だから。
そんな中でそれは、何度も繰り返した中で一度だけ起きた奇跡の様な偶然、あの子とあの少年との出会いの記憶。
人のいなくなったボロボロの街の中で彼らは出会う。
「君も一人なの?」
足を引きずりながら歩いてきた金髪の少年は一人地面に座る彼女を見つけて優しく微笑む。
彼女は感情を映さない黒い瞳で少年を見つめるとゆっくりと頷いた。
「そっか、僕と同じだ。みんないなくなっちゃったね。」
少年は彼女の横に座ると自分の膝を抱え込む。
その顔は土に汚れて目は赤い、ここに来るまでに散々泣いただろう少年は年下に見える彼女の前では平静を装う様に穏やかに笑う。
「僕はアリス。君は?」
名前を聞かれ彼女は艶やかな黒髪を揺らし首を振る。
「名前、まだない。」
「そうなの?・・・ねー、僕が君に名前を付けてもいい?」
少年の言葉に彼女は黒い瞳を真ん丸に開くと頭を縦に大きく動かす。
「やった。・・・そうだなー、アサヒ、アサヒ・ハイズってどうかな?」
「あさひ・はいず。」
「うん。僕がアリス・ハイズ、僕の妹になってよ。」
「妹・・・お兄ちゃん?」
驚いた表情の彼女は俯き嬉しそうに口元を緩めた。
これは名前のなかった僕らの末の妹に名前が付いた記念すべき時の記憶。
兄妹として暮らす彼らの時間は長くは続かなかったけど、その僕ら龍からしたらほんの瞬き一つの様な時間は彼女にとっては特別なものになった。
もう何度時を戻そうともそんな出会いが起きる事はなかったけども彼女はその時貰った名を繰り返し名乗り続けた。
そして彼アリスは特別な一人になってしまった。
全てを手に入れられるかもしれない、ただ一人だけの特別に。
僕は彼を何度も何度も過去に送る。
彼女に名前を付けた、ただそれだけで特筆した才能など何もない彼を何度も何度も過去に送った。
それは特別だけど特別じゃない彼を英雄に仕立て上げる行為、他の誰かから見れば僕の行いはどれ程鬼畜じみたものだっただろうか。
彼は自身の記憶にこそないけれど、何度も生まれ育った場所から引き離され世界の為にと戦わされ続けて、そして死ぬのだ。
戦いの経験などなく何も知らない彼を待つのは苦難と挫折の連続だった。
それでも、彼の犠牲の上で少しずつ世界は変わり龍が人に力を貸す、それが常識になる世界が作られた。
僕は僕のモノじゃない新しい願いを手に入れて。
そしてまた彼の物語が始まる。
その日、王都の中心で幼い二人の男女が手を繋ぎながら石像を見上げていた。
周りは人であふれ、小さな街から初めて王都に訪れた少年はさっきまで人混みに驚いていたのにそんな事も忘れて石像に見入る。
それは300年前の英雄である二人、龍帝アリスと世界の光エルマカナ・ドールを象った像。
「あれが、僕と同じ名前の英雄。」
呟くのは英雄と同じ名前の少年。
さらさらつやつやの金色の髪、パッチリとした空色の瞳を中心に作られた愛らしい顔立ちは着ている質素な服さえなければ絵本から飛び出した小さな王子様の様だった。
そんなアリスと手を繋ぐのは同じ町で生まれ育った幼馴染の少女エト、エトは目の前の像に少年の面影を感じて目をキラキラさせていた。
「エト!僕はなるよ。僕はこの人みたいな英雄になる!僕は龍使徒になるよ!」
少女と繋いでない方の手を英雄の像に向けて伸ばし、少年はそう言葉にした。
「わー!アリスがなるならエトもなる!エトは神子になってアリスを助けるね。」
夢を語る二人は楽しそうに笑う。
周囲の人たちはそれを微笑ましく見守る。
その光景はこの世界ではありふれたものだった。
何冊も絵本が作られて劇の題材にもなっている英雄譚、誰もが一度は憧れるのだから。
そして七年の月日が流れる。
英雄と同じ名を持った少年がかつて見た夢は薄まる事無く、むしろ強まり彼は毎日木で作った剣を振り身体を鍛える日々を過ごした。
小さな街の片隅でそんな幼馴染の姿をエト・クラナは見続けた。
12歳になった二人は夢の為に生まれ育った町を出る事になる。
金色の髪はさらさらつやつやのまま、アリスは英雄の像を小さくした様な姿に成長していた。
エメラルド色の髪を三つ編みにしたエトは幼さを残しながらも絶世の美少女と呼んでいい姿になっていた。




