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第4話:物置小屋の生活

「まさか、ここにまでお金を無心するなんて……」


鏡の前で亜麻色の髪を梳かしながら、昼間のことを思い出して溜め息を吐いた。


そもそも人のことを無理やり送り出しておいて、今さら連れ戻すなんてよく言えたものだ、と呆れてしまう。


でも、同時に気づく。


それだけ人のことを、自分たちの都合のいい()()としてしか見てないのだ、ということに。


また息を吐いて、目の前に映る自分を見る。新緑のような深い緑色の瞳が、虚ろに見ていた。


思わず自嘲気味に呟く。


「そりゃそうか……だって私、役立たずだものね」


瞳を閉じれば、すぐ浮かぶ王都の実家。ローグライ伯爵邸。


きらびやかな本邸の裏手、庭の片隅にぽつんと佇む古い物置小屋――そこが、私の唯一の居場所だった。


「エルサ! まだ起きてこないの!? 本当に役立たずの穀潰しね!」


朝になれば、鋭い声とともに物置の木扉が乱暴に開け放たれる。


入ってくるのは、華やかなドレスを身にまとった母と、その後ろで鼻を鳴らす兄のジルコフだった。


私がボロボロの毛布から体を起こすと、母は汚いものを見るかのように睨みつけ、床に何枚かのドレスの束を放り投げる。


「今夜の夜会で私が着るドレスよ。夕方までに完璧に洗濯して台をあてておきなさい。それから、裏の厩舎の馬たちの世話も終わらせること。分かった?」


「……はい、お母様」


「フン、お前のような魔力もまともに使えない無能を、この家に置いてやっているだけでも感謝しなさいよね」


兄がせせら笑いながら、私の頭を軽く小突く。


二人はそれだけ言うと、埃っぽい物置小屋からさっさと出て行ってしまった。


彼らの言う通り、私には貴族が尊ぶ攻撃魔法や、茶会で披露するような華やかな属性魔法の才能がなかった。


魔力測定器に手をかざしても、微弱な光しか放たない。だから実家ではずっと「無能」と呼ばれ、使用人以下の扱いを受けてきた。


けれど、私には彼らには見えないものが視えていた。


「ブルルッ……」


「よしよし、おはよう。お腹が空いたね」


母に命じられた通り厩舎へ向かうと、実家の軍馬たちが元気なさそうに頭を垂れている。


伯爵家の人間は馬をただの「乗り物」としか思っていない。だから、無理な訓練で彼らの心がどれだけ傷ついているか気づかないのだ。


でも、私の目には、彼らの背中から『黒いモヤ』が出ているのがはっきりと視えていた。


私は彼らの背中を優しく撫で、丁寧にブラッシングを始める。


「いつも頑張ってエライね。かっこいいよ」と声をかけながら、心を込めて毛並みを整えていく。すると、馬たちの背中から、そのモヤが消え、代わりにツヤツヤとした綺麗な光が溢れ出すのだ。


馬たちは嬉しそうに私の頬をすり寄せ、すぐに元気を取り戻す。


そして、夜――。


すべてのお仕事を終えて物置小屋に戻ると、私の本当の「一番大切な仕事」が始まる。


部屋の床に敷かれた、古びてかすれた魔法陣。


それは、ローグライ伯爵領全体のために祈る、祈り場だった。


「今日も、領地のみんなが平和に過ごせますように」


私はいつも、その魔法陣の上に膝をつき、そっと両手を組んで、目を閉じて祈りを捧げる。


私の魔力はほとんど無いと言われていたけど、こうして領地のために祈っている間は、伯爵家の一員だと思えた。


効果があるかもわからないけど、毎日、父に言われた通りの祈りの言葉を何時間も唱えていた。体がクタクタになるまで微量の魔力を注ぎ込む日々。


ただ、なぜか私が祈りを終える頃に、魔法陣が白い光を放っていて、それが少しだけ誇らしかった。


お父様たちもきっと、本邸で同じように祈りを捧げていたのだと思う。前に「我が領地は、今までで最も強い加護を得ている」と自慢していたから。


そんな家に生まれて、物置小屋で粗末な祈りしか捧げられない私には、こんなボロボロの毛布がお似合い。


だから終わってからは、そのボロボロの毛布にくるまって寝ていた。


「……うう、さすがに寒い……」


でも冷える物置小屋では、薄い毛布にくるまっていても寝付きが悪くて、睡眠不足ばかり。


当然、お腹はいっぱいにならなかったし、誰にも褒めてもらえなかったけれど、「領地の人たちが安全なら、それでいいや」とあの頃は本気で思っていた。


あんな風に、自分の価値をすり潰しながら生きていた私が……そう、頭を掠めたとき、ふいにトントンと部屋の扉を叩かれる。


突然のことにハッとした。


「は、はーい!」


慌てて返事をしながら、扉の傍に向かい、ノブをひねる。すると待ち構えていたと言わんばかりに、大型犬姿のアルフレッド様が顔を覗かせた。


琥珀色の瞳を煌めかせながら、すり寄るのを我慢するようにその場に座り、上目遣いで見上げてくる。


「……あの、エルサ、おやすみの挨拶がまだだったかなって……」


それはまるで、待てをさせられているかのよう。


頭をかしげる仕草に、ふふっと笑って「そうですね」と返した。


「では旦那様、おやすみの挨拶と、しばしの安らぎの時間はいかがでしょう?」


「……!」


私の言わんとしていることがわかったのか、彼は耳をピンっと立てて、すぐさま腰を上げる。


そのまま扉を大きく開けると、そそくさと入ってきた。


そんな旦那様を見ながら、自然と微笑む。


まさか、こんな遠い辺境の地で、こうして暖かい部屋で食事も取れて、大きな黄金色のわんちゃん……優しくてかっこいい旦那様と過ごせるなんて。


あの頃の私に教えてあげられるなら、こう言ってあげたい。


「未来を――諦めないで」って。



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