第5話:旦那様、初めてのハグに大照れする
王都から来た使者を凛とした態度で追い返した、我が夫――アルフレッド様。
使者が脱兎のごとく逃げ出した後、彼は「でも、本当によかったのかな……もっと上手く言えたかもしれないのに……」と悩みながら涙目でシュンとしていた。
けど、私が「いいんですよ。最高にかっこよかったです!」と褒めちぎると、これ以上ないほど嬉しそうに頬を染めてはにかんでいた。
そんなある日の夜。
旦那様のために、私は辺境伯城の厨房を借りて料理をすることにした。
実家では毎日のように家族全員分の食事作りを押し付けられていたため、料理は私の得意分野だったりする。
「まあ、エルサ様がご自身で厨房に!?」
料理長をはじめ、厨房の皆さんは最初こそ恐縮していたけれど、私が手際よく地元の新鮮な野菜や肉を捌いていくのを見て、すぐに「素晴らしい手際です!」と目を輝かせて協力してくれた。
作ったのは、じっくり煮込んだ具だくさんの家庭風シチューと、外はカリッと中はモチッとした焼き立てのパン。
「アルフレッド様、お待たせいたしました。お口に合うか分かりませんが、私が作ったものですよ」
食堂の大きなテーブル。端の椅子の上に、ぽつんと座っていた彼の前に料理を並べると、その琥珀色の瞳がパッと輝いた。
私の目には、彼の頭の上で黄金色のお耳がピコピコと激しく動いているのが丸見え。可愛い。
「エルサが、僕のために……? ありがとう。いただきます」
アルフレッド様は器用に肉球でスプーンを挟み、そっとシチューを口に運ぶ。
ここ最近、人に戻れるかもしれないと希望が出てきたらしく、魔獣姿のまま生活を改めるようにしていた。
今も、以前は床でとっていた食事も、こうしてテーブルでとるように練習中。そうして上手くスプーンを扱い、シチューを口に含んだ、直後。
パッと顔を輝かせた。というか、毛並みがさらに黄金色に輝いた。
「……っ、おいしい……! こんなに温かくて、優しい味がする料理、初めて食べたよ……!」
旦那様は、またしても大粒の涙をポロポロと流し始める。わんちゃん姿だからなのか、もとからなのかはわからないけど、本当に涙もろくて健気だなと思う。
私は「お口に合ってなによりです」と返した。
そのあとも「ここで食事をとるのは、他の皆が帰ってからにしているから冷えているんだよ」とか、実家ではいつも冷めきった残り物や、食事を忘れられることも度々あったと話す。
そういうときは、自分で食糧庫を探して調理前の食材をかじっていたらしい。
温かくて、しっかり味付けされたシチューを口に運びながら、さらに、ふにゃりと笑う。
「やっぱり、おいしいねえ。おいしいよ、エルサ……!」
「良かったですね、旦那様。これからは毎日、私が美味しいご飯を作りますから!」
持ってきたキッシュのお皿を置いて、食べるのに夢中になっていたアルフレッド様の頬の汚れをハンカチで拭う。
彼は動きを止めてじっと私を見つめ――不意に、私の体にすり寄ってきた。
「どうしました?」
「あ……ううん。ごめんね。嬉しくて、つい……。……嫌、だったかな?」
途端に「やってしまった」という顔をして、お耳をペタンと寝かせるアルフレッド様。
もっと甘えてくれていいのに。彼が離れると、胸がキュッと締め付けられる。うずうずする身体が抑えられなくて、私も目を合わせたあとに言った。
「嫌なわけないですよ。 むしろ私も、旦那様が大好きですから!」
お返しとばかりに抱き締める。
ふわふわな毛並みにすりすりと、顔を埋めたら「待って……」と戸惑う声がした。
顔を上げると、彼は両肉球で顔を覆ってしまっている。
「……ずるいよ、エルサ。僕だって……僕だって抱き締めたい……」
恐る恐る窺うように、手を離した隙間から覗く琥珀色の瞳。私が「どうぞ」と微笑むと、彼は一度悩んだ様子で視線を泳がせる。
でもそれからゆっくり、私の肩にその柔らかい肉球をペタンと置いた。そして遠慮がちに頬を寄せてくる。
あまりに可愛らしい仕草に、声にならない悲鳴を上げる。
――こうして、私たちがこれ以上ないほど甘い新婚生活(?)を過ごしていた、まさにその頃。
王都にある実家・ローグライ伯爵家では、とんでもない事態が起きていた。
「おい! どういうことだ! 領地の加護が弱まっているだと!?」
贅沢三昧のギャンブル暮らしをしていた伯爵が、領地管理官からの報告に顔を青くして怒鳴り声を上げていた。
なぜかエルサがいなくなってから、領内の作物の収穫量が激減。それだけではなく、危険な魔物まで現れるようになっていた。
領地を管理する男性は、書類を握り締め焦ったように言う。
「このままでは皆、餓死してしまいます! 数日中に魔物襲来の兆しまであるのです……! ご指示を!」
「な、なんだと……!? くそっ! エルサ……あいつがいなくなってから災難ばかりだ! 金も生まない疫病神め!!」
ぶつくさ言いながら、白髪の頭をガシガシと掻く。エルサにしてみれば、とんだ逆恨みだったのだが、伯爵は本気でそう思い込み、ふと何かを思い付いた。
「……そうだ。あれが使えるか……」
呟くように言って、ニヤリと笑う。その背にはどこか危険な気配が漂っていた。




