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第3話:王都からの理不尽、旦那様が凛と退ける

「エルサ、その……人間の姿になっても、またブラッシングしてもらってもいいかな……?」


黄金の髪を少し照れくさそうに揺らしながら、私の服の裾をきゅっと掴む旦那様――アルフレッド・オルセン辺境伯。


大型犬の名残か、彼は今ソファではなく床に座って私を見上げている。その琥珀色の瞳に最近のことを思い出していた。


数日前、魔獣伯爵のもとに生贄として送られたはずの私ことエルサ・ローグライ。私はそこで黄金色のわんちゃんと出会った。


その人の()()を見ることの出来る私だから、その姿だったわけで他の方からは、おぞましい魔獣に見えていたらしい。


現に老執事のロニさんも、そう言っていた。


でも今、そのロニさんが穏やかに笑っている。


「旦那様、無理を言ってはいけませんよ。短い間とは言え、本来のお姿を取り戻せただけでも感謝なさらないと」


彼の言う通り、ここ数日、ブラッシングを欠かせずしていたら旦那様が人間の姿を取り戻す時間が、少しずつ増えていったのだ。


始めは数分、今はブラッシング後一時間以上は保てている。


ロニさんの言葉に、アルフレッド様はしょぼんと目尻を下げながら「そうだね」と同意した。


こうして姿は超絶イケメンの青年なのに、醸し出す雰囲気が健気な大型犬のままで、私の心臓のメーターは早くも限界を突破しそうになる。


トクンッと響く鼓動のままに、私は彼の黄金色の髪に触れた。


「気にしないでください、旦那様。毎日でも、朝昼晩でもさせていただきますから」


「本当かい……? ありがとう! エルサ、君は本当に優しいね」


パッと顔を上げたかと思うと、ふにゃりと、世界を浄化しそうなほどピュアな微笑みを浮かべる旦那様。


その時、応接間の重厚な扉が、バタバタと慌ただしい音を立てて開いた。


そこから、通いの従者ライさんが現れる。


もともと魔獣伯爵の呪われた城と言われていたせいか、使用人や従者たちは皆通いになっているらしい。老執事のロニさんだけが、住み込みだった。


そのライさんが血相を変えて、飛び込んでくる。


「だ、旦那様! 大変です! 王都の、エルサ様のご実家から使者が参りまして……!」


先ほどまでニコニコしていた老執事のロニさんが、動きを止める。


彼はゆっくりとライさんのもとにいくと、手に握られていた、一枚の手紙に視線を落とした。


ライさんは顔をしかめて、一瞬私を見た後、苦々しく言う。


「中身を改めましたところ、あまりにも無礼極まる内容でして……! 『エルサは役立たずの穀潰しだが、そちらに引き取らせてやったのだから、結納金の他に毎月、我が伯爵家に金を仕送りしろ。さもなくばエルサを連れ戻す』と……!」


「なっ……!」


私は思わず絶句した。


実家は私を借金のカタに「生贄」として売ったはずだ。それなのに、さらにこの辺境伯家からお金を毟り取ろうというのか。どこまで強欲で理不尽なのだろう。図々しさに恥ずかしくなる。


咄嗟に立ち上がり、彼らのもとに駆け寄る。


「ライさん、その手紙、私に――」


私が手を伸ばそうとした、その時。


「――ライ。その手紙を僕に貸してくれるかい?」


静かな、けれど、部屋の空気をピリッと引き締めるような声が響いた。


振り返ると、いつの間にか険しい顔をして旦那様が立ち上がっていた。


ついさっきまで「僕なんか……」と縮こまっていた面影はどこへやら、その背筋は凛と伸び、琥珀色の瞳には強い光が宿っている。


旦那様はライさんから手紙を受け取ると、一通り目を通し、ふっと小さく息を吐いた。


「エルサ。君の実家は、君を物置小屋に閉じ込め、温かい食事も与えず、馬の世話ばかり押し付けていたそうだね」


「え……? あ、はい。どうしてそれを……?」


「君を妻として迎える以上、事前に調査させてもらったんだ。……その上で、さらに君を道具のように扱い、脅迫まがいの金銭を要求をしてくる。……あまりに酷い話だ」


旦那様は、私の前にそっと歩み寄ると、私の両手を優しく包み込んだ。


その手はとても温かく、知らずに震えていた私の心をすっと落ち着かせてくれる。


「エルサ、怖がらなくていい。君はもう僕の妻だ。僕が全力で君を守る。……ロニ、王都の使者をここへ通しなさい。僕が直接、話をする」


「承知しました」


ロニさんが頭を下げて、ライさんとともに部屋を出ていく。


数分後。やってきた王都の使者は、部屋に入るなり露骨に鼻を鳴らした。


「フンッ……! やはりこの城は化け物の瘴気に満ちて……ん? 貴様は誰だ?」


使者の目には、周囲にまだ黒い瘴気が漂っているように見えているらしい。だが旦那様の人間の姿も、ちゃんと見えたようだ。


瘴気の漂う部屋に気高き「守護者」そのものである、オルセン辺境伯に目を留めた使者が動きを止める。


旦那様は使者を冷徹に見据え、実家からの手紙を机にトン、と置いた。


「私はアルフレッド・オルセン。使者殿、エルサの実家への伝言を頼みたい」


「は、はあ? 化け物伯爵じゃ――」


「我が辺境伯家は、王命に従いエルサ嬢を正式な正妻として迎えた。すでに婚姻届は受理されている。したがって、あなたたちが主張する連れ戻す権利など法的に存在しない」


旦那様の声は、どこまでも優しく、理路整然としていた。怒鳴るわけでもなく、ただ「事実」を淡々と突きつけていく。


「そして、不当な仕送りの要求についてだが……。我が領地は、国境の魔物を食い止めるための防衛費として、国王陛下より全税金の免除と自主財産の管理を認められている。そこに一貴族が介入し、金を要求するのは『国家反逆の恐喝罪』にあたるが、その覚悟はおありか?」


「こ、国家、反逆……っ!?」


使者の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。


畳み掛けるようにアルフレッド様が言った。


「このままお引き取りください。今後、エルサに一歩でも近づき、または不当な要求をしてくる場合、私は辺境伯の武力をもって、貴家を徹底的に監査し制裁いたします。……お分かりいただけましたね?」


旦那様がそう言って、静かに微笑む。


だけど、優しい笑みのはずなのに、背後に本物の魔獣でもいそうなほどの圧倒的な威圧感。


使者は「わ、わかりましたあああ!!」と悲鳴を上げ、頭を下げることもなく部屋から逃げ去っていった。


バタン、と扉が閉まる。


緊迫した空気が解けた、次の瞬間。


「……ふぅ。エルサ、僕、上手く言えていたかな……? 偉そうなことを言って、嫌われちゃった、かも……」


旦那様は一瞬で元の「お耳ペタンのわんちゃんモード」に戻り、不安そうに私を覗き込んでくる。


(意外性が……! あんな一面があったなんて……!!)


「旦那様、最高に、最高にかっこよかったです!!」


私が大興奮で言うと、旦那様は「本当にかい……? 良かった……」と、安心したように黄金の髪を揺らして、頬を赤く染めながら、はにかむのだった。


一方その頃。王都の実家では、エルサという「神獣の加護を持つ娘」を失ったことで、領地を護る結界がひび割れ始めていることに、まだ誰も気づいていなかった――。

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