仕事人 (3)
「自転です! 天体が回転を始めました!」
と、言われましても。
本当、ほ・ん・と・うに宇宙空間の出来事は生中継に向かない。
各種センサーによる観測により、まわり始めたのは確実なのだが、微々たる速度のそれは、まるで閃き体験を導く用の間違い探し映像。
二十四時間で一回りする地球でさえ、宇宙空間からじっと眺めれば陸地が動くのはずいぶんゆっくりなのだから、それよりも遅い回転速度を、目印の乏しい環境で見切る、何てのはほぼ不可能だった。
「・・・」「・・・」「・・・」
スタジオに、テレビのある各ご家庭に沈黙が満ち満ちる。
・・・もう一度言おう。
宇宙空間の出来事は生放送に向かない。
○≡
母、子。どちらかが危険になれば何らかの処置が発生するが、そうでなければ、できるのは各種センサーの監視と、声かけぐらい。
平均すると初産で十二から十四時間、経産婦で七から八時間、難産がそれぞれ三十時間、十五時間からとなれば、人生初の大仕事がいかに大変かわかるだろう。
二十九時間三十分にもわたる出産は安産の内、なのだ。
「俺ちょっと飯行ってきていい?」
「いいわけ無いでしょ!」
一生言われるヤツである。
○≡
「さて、天体が自転を始めたわけですが、どのような問題が起こるとお考えですか?」
使える映像が同じなら、各局の特色は解説にかかっていると言えよう。
もう、確保を諦め、宇宙とは縁も縁もないいつものコメンテーターを並べる局もあれば、元宇宙飛行士を呼べた局もある。とある局ではSF作家SFではなく、わりとリアル系の作者が集められていた。
「はい。まずはこれを御覧ください」
急遽用意された個人用のホワイトボードに、太陽と地球と迫り来る小天体の図が描かれ、さらにその動きの方向が、先の尖った曲線、直線で表される。
「こう。反時計回りに移動する地球にカウンター気味でぶつかる予定なんですね。で、これを避けるためには・・・」
一回消され、書き直された丸の左側と斜め左から天体中心に矢印が引かれる。
「横は、難しいでしょう。爆発はタイマーでしょうから。タイミングがですね。残りは斜め左からこうなんですが、どうしてもやっぱりタイミングが。ゆえにまわり始めた、と」
「そうなると、これは、想定外の事態となりますか?」
「いえ。ベストのタイミングで爆破出来ない、何しろ光の速さでタイムラグが五秒ですからね。そうなると、時間を厳密に計算して、となるわけで。わかってたと思いますよ」
「ならば影響はないと?」
「うーん。どうでしょうね? いまはまだ効果がありますが、日本の打ち上げた構造物、蒸発しやすい物質と保温材のミックスはどんどんと核爆発の範囲から外れるわけで。パワーダウンは免れないと。・・・想定はしていても対策までは、が本音かと」
「そうですか・・・」
静かになったスタジオに、中継先からの閃光が、くっきりとした影を写し出していた。
何度も何度も。
○≡
「うぎーっ、うっうっう!」
もはや、「痛い」も「切って」もなかった。理性はとうに細切れとなり、もはや、妊婦さんは内なる衝動と、外界からの刺激に反応するだけになっている。
「えーと、あの・・・」
お湯をわかす必要も、臼を転がす必要もない男親はおろおろするばかり。
とはいえ、席を外せば外したで一生「あの時・・・」と言われるのだから。
大変な仕事であることには違い無い。
○≡
「あっ! あれはなんだ?!」
・・・目を開けたまま寝る、というのは、世間体を気にする政治家が身に付けているスキルの一種だ。
主席補佐官はともかく議員経験のあるタイガーは当然の如く身に付けており、何事もなかったようにスリープモードから復旧した。
・・・骨は、目覚めた時にあんまり動かないことだ。しぱしぱまばたきしたり、あくびなんてのはもっての他である。
「人工衛星?」
フレームインしてきた物体は、言われてみれば、そうとしか見えなかった。
・・・UFO、UAPの正体が定かではない現在、宇宙を飛ぶ存在はロケット、ミサイルを除けばそれ以外の可能性はほとんど無い。
「・・・」
タイマーで起爆している以上、何かできるわけではない。仮に高度計を使っていても結果は一緒だったろう。
起爆。
明らかに、どん! と加速した衛星、の残骸が小天体めがけて飛んで行く。
何機も、何機も、何機も。
「これは・・・」
何が起こっているかは明確だった。
持てる全ての力を出しきっているのだ。
地球人類の。
小天体の表面に貼り付いたいくつもの人工物が核連鎖反応の熱で蒸発していく。
何度も、何度も、何度も。
○≡
「おぎゃー」と。
何の意味も持たなく、全ての言葉を越えた叫びが分娩室に響きわたった。
「はい。ママですよ~」
ほとんど消えかけていた意識が覚醒する。
長かった仕事がやっと終わった。
○≡
「最後です」
待望? の宣言がなされ、それまでと変わらない閃光がモニターを白く染めた。
「各種、計測。集計に入ります!」
それまで寝てていいかな?
かろうじて保っていた意識を手放したい。
長かった仕事がやっと終わった。
○≡
「六割、強ですかね?」
パチパチ、パチと。
マスコミをシャットアウトした室内に、まばらな拍手が起こった。
零以下、コンマ以下数桁の軌道変更。
それが人類最後の大仕事の結果であった。
一、にも満たない数値であったが侮ることなかれ。
それは量子コンピュータの計算を凌駕し、一位を塗り替える成果だった。
・・・量子コンピュータに会話機能がついてたらこう言っただろうが。
「人工衛星とか入力されてない原子雲の発生って、チートが過ぎる」と。
「泣いているのか?」
「・・・」
アメリカ大統領の顔は天に向けられ見えない。
「一人にしてくれないか?」
「・・・タイガー!!」
「違う、違う。・・・もう一仕事残ってる。腫れた目で記者会見、とはいくまいよ」
「・・・わかった」
責任の取り方にも色々ある。全世界をだましたという責務の重さに、最悪の取り方を想像したフォックスだったが、返事に笑いが含まれていたことにホッとする。
「メイクは?」
「自分で色々やってからだな。三分したら君だけ入ってきてくれ」
「おう」
中継の終わったモニターにノイズが走った。
○≡
「・・・良かった! 感動した!」
最初に赤ちゃんを抱っこするのはママさん(厳密にはお医者さんか看護師さんなのだがノーカンで)、次にいればという条件を満たせばパパさんだろう。
「はい、はい。あとから、いくらでも抱っこできますからね~」
そうあって欲しい、と。多分に希望の込められた言葉と共にいまだに泣き止まない赤ちゃんが看護師さんにつれられて行く。
「あなた」
「わかってる」
アイ、コンタクト。
産まれたらどうするかはあらかじめ決めていた。
こんな時だから。
一分、一秒でも速く。長く。
我が子が産まれた記録を残すのだ。
バタン! と車のドアを閉め、深呼吸。
落ち着き、ゆっくりと踏み込んだアクセルにて、車体が動き始める。
つけっぱなしのカーナビの。
テレビモードの画面は消え。
ノイズだけが車内に響いていた。




