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仕事人

「またその映画か?」

「いいだろ。好きなんだよ」

 ホワイトハウスにはシアターがある。

 公務の隙間時間に映画を楽しむ為の四十席ほどのスクリーンには、最新には程遠い旧作がかかり、青い全身タイツの男が縦横無尽に飛び回り、人知を超えたパワーを発揮し、目からビームを撃ったりしていた。


「・・・」

 何か言うかわりに大統領のとなりに座った主席補佐官が、ポップコーンのバケツに手を突っ込んだ。さすがに一個しかないコーラのストローは咥えないが、このぐらいのシェアは許されるだろう。


 終わった。世界は救われた。

 ・・・フィクションの中では。


「さて、行くか。時間だろう?」

「ああ」

 エンドロールの途中で明るくなったシアターから、真っ暗な未来が待つ現実へと二人は踏み出した。

 飲みかけのコーラと食べかけのポップコーンを残して。


 ○≡


「先生、出番です!」

 リモコンの選局ボタンを押してもおしても、変わらない画面に、子供の頃の大晦日を思い出していた産婦人科医は、内線の呼び出しに、少し首をかしげた。


「今日、予定日の人いたかしら?」

 もちろん、これは確認ではない。

 担当してる妊婦さんの予定日はすべて頭に入っている。

 脳内カレンダーの今日の欄には何の印もなかったはずだ。


「外来の△□さんが来院! その他にもぞくぞくと連絡が! 入院中の妊婦さんにも兆候多数!」

「何が起こっているの?」

 満月、新月には出産が多いと言われているが、これは俗説だ。同じ年、同じ月産まれでも誕生日がバラけている事実だけでもそれはわかる。

 出産がこれほど重なる理由は?

 こちらに近づいている天体の影響?

 世界規模の危機への生理的反応?


 理由は定かではないが、とにもかくにもいまやらなければいけないのは・・・。


「ギブ! ギブアップ!」

「は?」

「私一人じゃ無理よ! 待機の先生、いえ、連絡がつく医師全員を呼び出し! この際、もう専門はなんでもいいわ! 研修時代に最低、一回は体験してるはずよ!」

「わかりました!」


 テレビなんか見ている場合じゃない!


 とはいえ、つけっぱなしのテレビには。


 巨大な岩の固まりが映っていた。


 ○≡


「こちら、ディレイ放送とは違い、リアルタイムです。が、約五秒前の出来事とお考え下さい」

 とかく、宇宙関係の出来事には時間がかかる。

 ミサイルが発射されてから目標に到達するまで何日かかかるのもそうだし、大型望遠鏡で結果を確認するのもそうだ。

 そしてそれは、世界最速と定義されている光速ですら秒単位の時間がかかるということであり、まだそれだけ地球から離れている事実も示している。

 ・・・結果は早く知りたいが、タイムラグが無い理由を知れば背筋が凍る。そんな二律背反だ。


「・・・このミュージックは?」

 トランペットの独奏から始まった聞きなれない音楽に大統領の方眉が上がった。


「日本のジダイゲキ? スペシャルデスワーカーとか言うののテーマ曲らしい。この作戦の担当国の部分、その国の選曲を流すらしいな。宇宙は無音だから。嫌なら消すが?」

「いや。そのままで」

 なんとなく。訳したタイトルには首を傾げざるを得ないが、ノリのいい曲は作戦にマッチしている。

 クライマックスに合わせ、こちらに近づいている天体の表面に小さな、小さな土煙が何ヵ所か弾けた。

 ・・・ため息が出そうな結果だが、これが今の地球人類のベストだ。


「ここカット。着弾地点を大写しに」

「わかった」

 ディレイ=意識的な遅延を挟んでおいて良かった。いきなり全人類に絶望を与えるところだった。

 リアルタイムの横のモニターで、H2、H3ロケットで打ち上げられた構造物が天体に突き刺さった。・・・一応ダイナミックに。


 ○≡


「はい! 息を吸って! 止めないで! 練習通りに!」

 わかっている。そうは言われても、と言うやつだ。二人目、三人目ならともかく、初産でまわりの状況に気を配れるほど余裕のある妊婦さんはなかなかいない。


「痛みどめ~、痛みどめ頂戴!」

「切って~、もう切腹でいい!」

「はぁ? 頑張れ? じゃお前が・・・」

 もう、カオスである。

 だが、元気で叫んでいる人は大丈夫な範囲だ。本当に心配なのは声さえ上げられず・・・。


「ちょっと、旦那さんどうしました? って! 指、変な方向に曲がってるじゃないですか?!」


 ・・・うずくまってる人だったりする。

 出産中の女性は。

 ある意味、火事場の馬鹿力の固まりである。

 

 ○≡


「・・・」「・・・」「・・・」

 連続する白い閃光、時間差で生じるノイズ。

 交互にかかるチャイナ風、ロシア風の曲はともかく。画面を見守る人々の心はほぼ一つだ。


 飽きたな・・・。


 当初、息を飲んでいた核爆発も、十回を数える頃には、写真撮影のフラッシュとそう変わらない印象にしか過ぎなく。

 空気のある地球上と違い、爆風が吹くわけでもなく、キノコ雲が立ち上るわけでもない映像はただただ退屈なだけだった。


「・・・席をはずしちゃダメかフォックス?

「いいわけないだろ。タイガー。世界の命運がいままさに決まろうとしてるんだぞ?」

「でもこれ。・・・あと、二十時間以上続くんだろ?」

「仮眠の時間は決まってるんだタイガー」

 チャネルを、変えたいが変えたところでやっている内容は変わらないという。


「ポップコーンとってきていいか?」

「ダメに決まってる。取材のカメラも入ってるんだぞ?!」

 ・・・世界一つまらない(二本線消去)単調な二十四時間テレビはまだまだ続く・・・。


 ○≡


「帝王切開準備! 輸血は?」

「A、O以外は!」

 一番使用頻度の高いA、そしてどの血液型にも輸血できるOだ不足するのが、皮肉い。

 不足が予想されたABとRHマイナスが自己輸血ように事前準備され、心配無いのだから、何がどうなるか、最後までわからないものだ。


「その辺歩いている人、捕まえて! あと、旦那さん!」

「はい!」

 普段なら決して言わない指示を、非常時だからといい放ち、自分は燃料補給へ。


「自転です! 天体が回転を始めました!」

 冷蔵庫から取り出したゼリー状食品と、スポーツドリンクを摂取する中、つけっぱなしのテレビからアナウンサーの叫びが響く。


 後ろ髪を引かれつつ部屋を後にする、医師。

 もう、どんだけ見逃したか、と思っているが。

 数分前まで何の盛り上がりもなかったのは。


 知らぬが・・・、というやつである。

 

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