ポリスメン 決断者
その日、警官二人の前で後頭部で手を重ね、ひざまずいた彼の何が悪いか一つあげてみろ、と問われたら?
もちろんドライブスルー式結婚式場の窓口に置かれていた手作りクッキー、ニドルの品物を引っ付かんで走り出したのは、誉められた行為じゃない。悪事だ。
でも、それより悪いこともある。
逃げようとした方向にたまたまパトロール中のポリスメンがいたのもそうだし、最悪なのは、だんだんと治安が悪化するのを少しでも押さえようとワン オア ツーストライク アウト法案が施行された後、だったことだ。
つまりは、運も、犯罪を犯すタイミングも最悪だった・・・。
ボディーチェックで出てきた財布から、社会保障番号のわかるカードを発見し、新人警官は端から見てわかるほど、ほっとした表情を見せた。
これでワンストライクアウト=悪、即、弾、は避けられた。世界がこうなってしまってから、監獄も看守も常に不足、どころか、もう大部分が機能していない。
さりとて、問題のある人物を釈放するわけにも行かず、政治家が考え抜いた、もしくは東洋で言うところのさじを投げて、作られたのが、ワンストライク オア ツーストライクアウト法だ。
その意味するところは単純明快、ツーストライク=二回罪を犯したら銃殺、そのカウントは社会保障番号によって行い、もしそれが確認できなければ? 一回罪を犯した人間がばか正直に照会の助けを持ち歩くはずも無く。
ならどうするか。物忘れの多い人には泣いてもらおう。
・・・ワンストライクアウト=即射殺、だ。
今回、ガタガタと震える犯罪者は番号がわかったので、延命中。このまま番号照会で一回目とわかれば、釈放。
事情によっては食料配給クーポンさえ至急される。
ぴー。
鳴るな鳴るなとの願いも虚しく、電子パッドがギルティだと叫ぶ。
犯罪歴あり、二日前。クーポン支給。
「あー。~~~~?」
「ち、違う!」
もはや名前は意味をなさない。あっていればいればで、違っていればいればで、結果は変わらない。カードに書かれている名でも、『どこかのだれかさん』でも一緒。手遅れ。それでも聞かずにはいられなかった。
「二日前に取ったのは現金か・・・もう意味ないだろ?」
「そ、それは世界が終わった、と、時だろ? いいじゃねぇか! あ、あんな雑に扱ってンだからよぅ!」
大統領の演説の効果は薄れてしまっているが、ピュアな彼はまだ一縷の望みを抱いているらしい。ほんの数ヶ月前は、大事に丁寧に扱われた紙が、今では札束ですら、投げ捨てるように使われているのだから、彼の言い分にもうなずける部分はある。
「クーポンは? 二週間分、三食食えるはずだが?」
ベテラン警官が口を挟んだ。これでグループ内の上の者に取られた、とかなら情状酌量の余地がある。幼い兄弟、姉妹が、なんて話ならお涙頂戴ですらある。
「使っちまったよ! 四、五人でパーティーで! 久しぶりに肉が、バーガーが食えるンだからそーすっだろ?!」
・・・だろ?!、言われても。
全くとまではいかないか、同情も、理解もできない。
「アウトだな」
スチャリと拳銃を抜いたベテラン警官が、せめてもの情け、楽に逝けるように、外れ無いようにと、後頭部に銃口を押し当てる。
「ちょ、ちょ! 待てよ! 本当に? おい、クッキーだぜ?! 小腹が空いただけだぜ?! おおぃ?!」
「いまも営業してくれている店の前には、文字が読めなくても理解できるよう描かれたポスターが貼ってある。スマホでも繰り返し知らされているはずだ。・・・何より、前回クーポンもらうときに説明されて。『理解しました』の欄に、電子サインしたよな?」
「・・・」
ガクガクとした震えが止まると同時に、異臭が漂う。どうやら抜けちゃいけないところの筋力もなくなったようで、道路に黒々とした染みが広がった。
「せ、先輩・・・」
「俺が間違っていると。ただの殺人だと思うなら迷わず撃て」
叫ぶでもなく、淡々と告げられた言葉には力があった。何が何でも治安を守るという意思の力が。
パン! パン!
乾いた二発の銃声は。
まるで釣り合わなかった。
・・・人ひとりの命とは。
・・・
・・
・
「なーんてな」
「えっ?」
「空砲だよ、ク・ウ・ホ・ウ。・・・さすがにいつから置いてたかもわからないクッキーで射殺はないだろうよ」
「そ、そうですよね!」
内緒にしておこう、と。若い警官は思った。・・・ちょっと銃を抜こうかと迷ったことは。
「おう。お前も行っていいぞ。財布に金あんじゃねーか。払えよニドル」
コツン! と銃口で小突かれた犯人がそのまま前のめりに倒れた。
バシャリ! と傾斜の角度が悪かったらしく、自分で濡らした路面に。
「うっわ、気絶したのかよ!」
「先輩、息してません・・・」
顔を見合わせる二人。
どうやら、やることと同じぐらい、肝も小さかったようだ。
「なにぃ?! 心臓マッサージ! AED!」
「はい!」
・・・大騒ぎである。
たぶん賞味期限切れの。
クッキーの入った袋のリボンは。
何事もなかったように。
風になびいていた。
○≡
「限界だタイガー! もう、治安が持たない!」
「よしきた! フォックス!」
阿吽の呼吸で打てば響いたアメリカ大統領と主席補佐官は、さっそく作業に取りかかった。
「アプリにカウントダウンを要請!」
「了解! 手配を!」
主席補佐官ともなると、自分でなにか行うことの方が少ない。やるのはせいぜい確認ぐらいだ。
「・・・」
アプリとだけ言ったならここで意味するのは、とうとう最後まで名前がつかなかった天体衝突回避シミュレーターだ。
『締め切りまで』と各国語で表示された後ろで二十四時間のカウントダウンが始まる。
が、テスト終了前にも似た追い詰められた人間の底力でもはっきされないかぎり、採用される案は決まっている。
「二位でいくのか?」
「ああ」
タイガー大統領が窓から外を見ながら答えた。
不動の一位は量子コンピューターが弾き出した最適解だが、いかんせんヒトが実行するのに適していない。数秒どこらか、コンマ何秒のタイミングで、なんてのは人力では不可能だし、各種プロテクトが掛かりに、掛かっている核ミサイルの発射プログラムを組むには時間が足りなすぎた。
し・か・も。
「まさか、核ミサイルが隕石迎撃に向いて無いとはな・・・」
「だな・・・」
大統領のとなりに、補佐官が並ぶ。
核兵器の威力のほとんどは発生したエネルギーが大気を押し退けて発生する。
ゆえに真空の宇宙では、人が想像する核爆発のほとんどの現象が生じない。爆風も、キノコ雲も無しだ。
強力なX線やガンマ線、電磁パルスは放出されるが、それらが破壊できるのはせいぜい人工衛星の表面と回路ぐらいで。
「あの蓋みたいな質量弾の方が有効とはな・・・」
「なぁ・・・」
人類史上一番早いのは宇宙観測衛星と言われているが、番外にいつも載る存在が、マンホールの蓋である。
核実験場を文字通り蓋していた鉄の固まりは、爆発によって吹き飛ばされ、大気圏で燃え尽きていなければ、いまも秒速五十六キロで宇宙を旅している、らしい。
そんな核爆発による質量弾投射装置、もしくは宇宙に届くほど強力なレールガンでもあれば、今回の作戦も違ったものに、たぶん楽になったことだろう。
「ま、ベストを尽くすさ。例え・・・」
「・・・」
それに続く言葉はなかった。
口にするには、あまりにも重い現実だった。




