農家
「兄貴、食料ありがとね。・・・使わんかったけど」
「弟よ、食料ありがとう。・・・無駄だったがな」
間に自分を挟んでいるのに、くりそつな容姿なのは、姉が童顔なのか、妹が大人びているのか、その両方なのか。
そして、二人が口々に言っているのは、お礼なのか、たまにした孝行? への評価なのか。まあ、どっちでもいいとしか感想が出てこないのは、家族の気安さなのだろう。
普段なら適当に誤魔化す実家への帰還要請を受け入れたのは、その文言が「帰ってこい」ではなく、「帰ってきてくれ」だったからか。
世界がこんなことになって、心細くなった。のは違うだろう。お互いに。向こうは長らく、出てった息子なんか知らん! というスタンスだったし、こちらはとうに孤独死して大家に迷惑をかける覚悟はできていたのだから。・・・いや、大家が聞けば「出ていけ!」と言われそうだが。
治安の悪化を考慮し、仕事関係の機器、パソコンとパッドとwifiルーターを積み込みえっちらおっちら数時間。もちろんいまだに固定電話の実家では使えないし、田舎の未舗装の道はハードディスクに悪いのはわかってはいるが、もし、仮に、ありえないかもだけれど、万が一つ部屋に戻った際。窓ガラスが割られるか、ドアの鍵がこじ開けられて持っていかれた痕跡を発見するよりかはよっぽど心臓に優しいはず。
「変わってないな・・・」
畑にいた両親に驚かれてから、実家に到着。車を適当に止め、珍しくかかっていた鍵を妹に開けてもらい、自分のものだった部屋へ。
姉や妹が結婚して家をついでいたなら、とっくの間に甥か姪のものになっていたであろう叔父のお下がりの部屋は、学校を卒業して使わなくなったあの日から時間が止まったようにそのままで。
懐かしさとともに、「ああ、母さんってこんな人だったわ」という諦めがこみ上げたのだった。
・・ええ、かかりましたよ掃除に時間が。荷物を運ぶ前に。物凄く。
「あー、あれはないよね」
「わかるわー」
聞けば姉と妹も同じ目にあっていたそうな。
まあ、三人ともいい大人なので自分の部屋の掃除ぐらい自分でしろ、ということなのだろう。
祖母に挨拶して仏壇に手を合わせ、台所へ。こういっちゃなんだか、世界の終末は農家に限る。・・・もしくは兼業漁師か。
ふんだんにある炊きたて・・・から数時間たった米と、自家製味噌の具だくさん御御御付、浅漬けは住んでいたところでは、もうお目にかかれないご馳走だった。
○≡
「・・・食ったな」
昼飯に輪をかけて豪勢───卵+絞めた親つき───な夕食後、白髪の増えた親父が、ある意味想定内のセリフをはいた。
顔の前で重ねるように組んだ両手、蛍光灯を反射して輝く見通せない老眼鏡はまるで某アニメに出てくる、某組織の、某司令のようだった。・・・昔から変わらないランニングシャツとトランクス姿を気にしなければ。
「んで? なにをやらせたいんだ?」
食ったら働け、というのが昔からの口癖で。それが嫌で他の仕事についたわけで。
今回も持参した食料を消費すれば避けれた仕事をあえて受け入れたのは、本当に困った様子が見て取れたからだ。
「それがな・・・」
「マジかよ・・・」
やっぱりある意味想定内の話は、それでも久しぶりに食べた肉卵の感動を薄れさせるに十分な話だった。
○≡
「あー、そういうのやめてもらえませんかねー」
都会にいると感じづらいが、満月の夜は影ができるほどに明るい。
その月光の下、びくり! と肩を震わせたのが、今回親父がおれを呼び返した原因だった。
収入が収穫時期に偏る農家はまとめ買いをしがちなわけで。さらに置場所に困らない倉庫の広さがそれに拍車をかけている。
この辺の隣近所(平均距離ニ、三キロ)はみんなそんな感じで。
世界がこうなってしまえば、格好の獲物、と思う馬鹿が発生していたのだった。
「鍵、つーか閂かかってるから、開かねーから。ほら、帰った帰った」
三人の侵入者の内、一人の手にはバットが。もうやる気満々、正当防衛成立。
そして、こっちのメインウエポンは鍬。一揆を描いた絵でよく見られ、「そんなん役にたつのか?」と疑問を持たれる代表格だが、近くにホームセンターがある人はぜひ一回実物を見てみて欲しい。“は” が横向きについているだけで、危険度は槍や斧とそう変わらないのに気づけるだろう。
「つっら、こっら!」
引っ込みがつかないのか、なんかわけのわからない気合いとともに、バット持ちが得物を勢いよく頭上に振りかぶる。・・・剣道か。
がら空きのみぞおち付近に容赦なく鍬の先端を突き込む。こんな時、農具は便利だ。怪我をさせないで済む。
「はいはい帰った、帰っ・・・」
倒れたのが一人なら、両肩を抱えればと思っていた俺の前に、ぞろぞろと向こうの応援が。・・・一人運ぶのにその人数は必要ないんじゃないかなーって。
こりゃこっちの応援=妹+飼い犬のポチ(リード無し)じゃ足りなそうなので、最終手段を取らせて頂く。
すっ、と。
手をあげる俺に、怪訝そうな顔をする侵入者(いまいち、暗くてはっきり見えないけどそんな感じ)。
パァン! ァンァンァンァンァン!
結構距離のあるご近所にも迷惑な乾いた破裂音と共に俺の横の地面が少し弾け飛ぶ。・・・いや! 姉よ! 威嚇射撃は空だ! 空! もしくは空砲!
「帰れ! ・・・いやマヂで。帰って下さい。死人が出ないうちに」
・・・なんかこう。俺の口より、がたがた震える足の方が説得力があったような気がする。
無言のうちに顔を見合わせた侵入者が、うめいている一人を抱える、というか盾にしつつ去り、バタン! とドアを閉める音に重なるように、急発進のタイヤが道路を擦った。
「助かった・・・」
・・・あらゆる意味で。
○≡
「曲がってるぞ! なにやってるんだ!」
最近はGPSと連動して、自動で植えてくれる田植機もあるらしいが、俺の乗っている旧型にそんな機能は無い。
「いや、俺、徹夜・・・」
そして唯一の男兄弟に、「昨日寝てないから寝坊するねっ」という権利も。
「親父さぁ・・・」
後部で苗を継ぎ足す農家に聞きかけて、やめた。
聞くだけ野暮だ。
なぜ、こんな時にも。
仕事を続けるのか、なんてのは。




