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宇宙飛行士 (2)

 宇宙人、地球人。

 説明する必要のないほど当たり前の呼び名だけれど、宇宙服を着るのに数時間の時間をかけるとなると、つくづく自分が宇宙、人ではなく、地球の人なのだと感じる。

 ・・・あまりいい意味ではなく。


 とにもかくにも気圧、である。

 宇宙服そのものを着る時間はそんなにかからないが、零点三気圧ほどしかない、この個人宇宙船に、一気圧の宇宙ステーションからすぐに乗り込むと、呼吸して取り込んだ空気の成分が気化して泡になる。

 注射器の中に気泡が入るのをなぜ厳禁するか御存知の方なら、これがどれほど危険かはお分かりいただけるだろう。

 それを防ぐためには、地球の空気に一番多い窒素を予め抜かなくてはならず、そこに時間がかかるのだ。


 と、ここで。宇宙人に対する身も蓋もない疑問が浮かぶ。

 あの姿が宇宙服に類する物でないならば、気圧違いの星では活動できないのでは? という疑問が。

 まあ、広い広い宇宙だ。奇しくも地球と全く、同じような気圧、重力の星からくるヒトもいるのかもしれない。・・・広い広い宇宙でそんな偶然の発生する確率がどのぐらいかはわからないが。

 つまり、UFOからひょいっと出てくる宇宙人、なんてのは・・・。


 ○≡


 地球表面にぽつん、と浮かんだ点が小円になり、ぐんぐんと直径を増しながら、こちらに近づいてくる。

 ・・・ほんの数センチの破損ですら命取りになりかねない環境にいる身としては、物凄く怖い光景であるが、もちろん発射されたミサイルは宇宙ステーションを直撃する、なんて事はなく、それでいて積んでる弾頭が爆発すればひとたまりもない距離で静止、しているかのような位置関係を保っている。

 ・・・実際に乗ってると忘れがちだが、国籍宇宙ステーションの速度は弾丸の初速より上である。


「大統領もかましてくれるぜ」

 ISSでもインターネットは普通に使える。たぶん歴史に残るであろう近々の演説も、ほぼタイムラグ無しで聞こえたが、それは同時に発言者の嘘も判明したのだった。

 もちろん一番大きな嘘は知らされていたが、それ以外に小嘘もあって、それは『地上全ての核弾頭』あたりに潜んでいた。

 彼は地上の意思統一を表明したかったようだが、実は、というやつだ。

 

 ミサイルとロケットはしばしば同一視されるが、ロケットを転用したミサイルでもない限り、徹底的な違いが一つある。

 ミサイルは基本、地球のどこか(・・・・・・)落ちる(・・・)物であり、地球の重力を振り切って宇宙に飛んでいく物ではないという違いが。

 つまり、そこをなんとかしない限りは宇宙空間にある物体の迎撃には使えず、いま地上ではなんとかなりそうなミサイルは、急ピッチで改造され、どうにもならなそうなミサイルは、一旦宇宙に打ち上げたあと、改めて推進手段を用意する予定だ。むろんオートで。  

 最高でも七時間しか活動できず、一つの作業に地上の何倍もかかる宇宙空間で手作業で、何発ものミサイルの改造なんてのは正気の沙汰ではない。


 とはいえ、ヒトのする事である。ミスは起こるどうしても。そのための打ち上げ位置であり、そのための船外活動だ。


 ○≡


 エアロックが開かれると、そこはもう宇宙空間だ。

 やけにはっきりくっきりした視界の中、分厚すぎる靴底越しに宇宙ステーションの外壁の感触が足裏へと伝わり、ふわりと浮き上がった体を手すりを掴んだ手が、体をそこにとどまらせる。


 どっどっど、と。


 高鳴る心臓、吹き出る冷や汗。

 宇宙空間は数字と数式が支配する冷たい世界だ。コンマいくつか。位置情報がステーションからプラスになれば、それが秒速5センチメートルでも、二度とは戻れない現実。

 少しの油断が決定的な結果につながってしまうデンジャラスゾーン。


 SAFER=小型噴射装置の窒素の充填率は百パーセント。・・・使ってないのだから当たり前である。

 テザー=命綱は今回出番がない(・・・・・)。作業場所がステーションではないからだ。


 吸って吐いて、吸って、吐く。

 目をつむる、見開く。

 的、は。はっきり見えるし、大きい。

 ゲームなら、何も考えずにジャンプボタンを押し、何事もなかったように着地する、チュートリアルとすら呼べないであろう最初の難関。


「よし」

 すー、ぱー。すー、ぱー。

 呼吸音以外にようやく他の音(決意)が混じる。


 トン、と。


 地上なら数ミリしか浮かばない力で床を蹴る。

 ・・・自分では、もっと力強く蹴ったつもりだが、実際にはこんなものだ。


 地球上ではすぐに体を引き寄せる重力もここでは仕事をしない。

 いや働いてはいるのだろうが、地球と国籍宇宙ステーション。比べるのもおこがましい質量の差。


 もっとぐっと蹴っていれば、すぐにわかった結果も、このスピードでは。


 もっとしっかり足に力を入れれば、何てのは後の祭り。

 もう爪先を伸ばしても届かない床面に再び触るには、何かを噴射し(失っ)て移動の向きを変えるしかなく、そうするぐらいなら、勢いを増す方がよっぽどマシだ。


 後悔、とまではいかない、次はもっとしっかりやろうという決意を繰り返せるほどの時間。

 

 それでもゆっくりと近づいてくる目標地点。

 指が、手の甲が、胸が、腰が、足が。

 少し想定とはずれた位置に。

 それでも修正可能な位置に。

 ゆっくりと触れていく。


 ばくばく、ばく。


 心臓の鼓動は収まらない。


 正直、勘弁して欲しい。


 宇宙飛行、なんてのは。


 それが、彼。


 宇宙飛行士の嘘偽らざる思い、である。

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