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妙 編集者 三度

ネットでは(・・・・・)、某国の専門機関から意図的にリークされた、という話もありますが」


 天文台のお二人の口が重そうなので、水を向けてみる。・・・『水を向ける』。ポンプをうごかすときに使う呼び水をイメージさせるような言葉であるが、実はオカルティックな語源を持つ言葉である。古くは口よせの際に使う、茶碗の水にシキミの葉を浮かべた物をさしたらしいが、その葉っぱは普通に毒である。呼び出そうとする霊的存在が水をどうするのかまでは知らないが、「ちょっとお水で口を湿らせて」なんてつもりで、水分を用意するならなんで毒草を、って感じだ。あれか? もう死んじゃってるからいいのか? 毒草で。

 

 まあ、こちらの向けた水もそう大差ない。

『ネットでは』。事実を知っていると、うんざりするほど便利な言葉だ。分母が大きいため、まるで大人数がそう言ってるイメージを持たせられるフレーズだが、たった一つのコメントをそう表現しても間違いではない。つまりは極少数の意見を、あたかも一大勢力のように装えるうえ、ほとんどの場合、ネットで何らかの事柄を扱えば、逆張り? と言うのだろうか? 面と向かっては言えない意見の投稿はなされるのだから、あとはそれを流用し、用意していた意見にブーストをかけるだけ。

 本当、自分でやってもあきれるほど卑怯な手口であり、大衆の意見の醸成に及ぼす影響は、水にうかんだ毒の葉なんて目じゃないほどの害悪だ。


「ネットって。それは無いと思いますよ」

 ・・・まあ、それに騙されるほど、ほとんどの人は、バカではないだろうが。 

 今回も苦笑と共にあっさりと見破られたのに安心しつつ、私は話を促した。


「あー。これは秘密にして欲しいんですけど」

「はい」

「ゲームがリリースされる前から、この件については問い合わせがきてたんですよ」

「そうなんですか ?!」

 まるで初耳のような反応をせざるをえないが、私は知っている。ゲームに使われているデータが、ありとあらゆる制作会社に匿名で送られていた事実を。


「そうなんですよ。それでついついこちらも答えちゃって。あ、ここが秘密にして欲しいところです」

「国立天文台、監修とかつけちゃあいけないゲームですしね」

 何しろ青い星(もうはっきり言っちゃうと地球)が何パーセント残るかを競うゲームなのだ。

 あれやこれやの手段を用いて、迫り来る脅威の軌道をずらすわけだが、不動のトップですら、百パーセントには達していない。


 と、いうことは・・・。


「リークしたのはとても機密に近い人物の可能性はありますが、全員一致の行動ではないでしょうね。大統領の演説を真っ向から否定するわけですから」

「ふむふむ」

「実は、データの提供はゲームがリリースされる前に止まってる、らしいんです」

「らしい、とは?」

「簡単な話です」「こちらにくる問い合わせも、ね」

 見星さんに加え、日光上さんも会話に加わった。

「なるほど。でもそうなると?」

「いえ」「あの時点でほとんど確定だったよね?」

 ほんの些細な誤差が、限りなく拡大していくのが宇宙空間だ。


「ゲームの内容には影響ないはず」「だよね」

「・・・それは」

 福音なのか、凶音(まがのね)なのか。


 ・・・ただひとつ言えるのは。


 このお話は記事にできないってことだけである・・・。


 ○≡


「これどうぞ」

「いいんですか ?!」

 日光上さんがこちらに差し出してくれたマグカップの中身は、世界がこうなる前には水よりも飲んでいた編集の友、コーヒーだった。何種類かの食料品と、・・・なぜかトイレットペーパーの供給は絶えないので、辛うじてパニックを免れてはいるが、甘味を筆頭とした嗜好品は瞬く間に消え失せるか、平時の何倍、何十倍もする世の中で。その影響はうちの編集部まわりでもタンポポが消えたことで、推して知るべし。

 もう色がついてりゃ何でもいいや、の世界で福福とした香りを放つカフェイン入りの黒い液体に、知らず知らずのうちにしょっぱくなるほど懐かしさを覚えた。


「ええ。・・・こんな仕事ですから。コーヒーは買い込んであったんです」

 いたずらっぽく笑う日光上さんに、国立機関の民度の高さを思い知らされる。

 ・・・ええ。うちの編集部にもありましたよ、買い置き。やっぱり職業柄、大量に。

 スーパーの棚から消えた直後に無くなりましたが。その後、机の中、ロッカーと一斉捜索が行われたが、どこに消えたかはいまだに不明である・・・。


「あれですか?」

「はい。アレです」

 彼女が昔の恐怖演出よろしく、自分の顔をしたから照らしているのは「お~化~け~だ~ぞ~」とかやっているわけではなく。

 単にスマホの明かりがそうなってしまっているだけだ。


「賞金ものすごいですもんねー」

 少しいじわるに言ってみる。相手の機嫌を損ねて、本音を引き出そうとするのは、記者の悪いクセだ。


「あー。あれもどうなんですかね。『強欲の島』みたいになっちゃわなきゃいいんですけど」

 こっちの意図をさとられたのか、軽くかわされた。

『強欲の島』は休載が多いことで知られるマンガに出てくるカードを百枚集めるのを目的とする架空のゲームだ。

 その中でとある富豪がクリアした者に莫大な報酬を約束するが、それがかえって彼の目的の達成を邪魔したのでは? という考察勢も多い。


「個人、もしくは自分の所属するグループのクリアを優先して、協力体制が整わない?」

 カードのランクに合わせて報酬を決め、富豪直属のチームにリソースを集中させれば、あるいは、というのがその根拠であるが、作者の胸先三寸で決められる=のちの展開に関わる設定に口を挟むのもヤボだろう。


「そうですねぇ。やっぱり攻略サイトはそう、盛り上がっていない感じですね」

 これまで、ぐん、と。スコアを押し上げる投稿がなされたのは二回。それも同一人物からの投稿らしい。


「一位は人間じゃないって噂もありますが?」

「ああ、量子コンピューターを使ったんじゃないか、ってお話ですね? あると思いますよ」

 やっぱりか。


「でも、そうなると・・・」

「人間の脳では追い付かない?」

「・・・」

 薄暗いドームの中に沈黙が満ちる。


「綺麗ですよね・・・」

「えっ?! はい。まあ・・・」

 モニターに映る星。現在も地球に接近しつつある、破滅の天体をそう表現されるとは。

 完全に頭を空っぽに、先入観を消しさえすればそう言えなくもなくもないだろう。


「天文学的確率って」

「はい」

「ほとんどあり得ない、って使われ方しますけど」

「はい」

「宇宙では、当たり前に起こるんですよ」

「なるほど・・・」

 つまりは、人間があのアプリでトップをとるのはそれほど難しいけど、ここも宇宙の一部分なら、という事、か。


 ふむふむとうなずく私は口を開いた。よせばいいのに。

「今のフレーズ、どっかで使ってもいいですかね?」

「もう! せっかく・・・」

 クレーム殺到。プチ炎上。

 ぽかぽかと肩を叩かれるような衝撃と共に。

 まあ、仕方ない。


 どこまでいっても、私こと。占辺季子は記者なのだから。

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