救急受付
「あのう、レトルトばっか食べてたら、手の皮がひび割れ? ぽつぽつもでてきたんですけど、これって病院へいった方がいいんですかね?」
「・・・」
救急受付は、相談窓口ではない。そうアナウンスを繰り返しても、掛けてくる人はいる。
意外に思われるかも知れない(し、そんなのわかっているよ! という人も多いだろう)が、119番の受付担当者は、医者でも、看護師でもない。救急救命士の資格を持っていたり、病院で実習を受けたりはしているが、話を聞いただけでピン! とくる病気はあまりなく、できるのは応急措置の指示と──
「・・・7119にご相談ください」
──相談窓口への案内ぐらいだ。
「そんな、無責任な! あなた・・・」
とはいえ、いつも「ハイそうですか」と受け入れてくれる人ばかりではない。むこうの相談対応者は、看護師資格を持っている人なので、よっぽどこちらより病気には詳しいはずなのだが、どうにも勘違いしているのか、こちらの方がなんでもできると思い込んでいる人も多い。
・・・あー。ガチャ切りしてー。
そう思うこともあるが、実行に移すわけにもいかず。
延々と説明した上で、向こうからガチャ切りされるのがオチなのだから、電話を取りたがらない新入社員が増えるのも納得である。
「やられたか」
「はい・・・」
まあ、そんな精神を削り取られるようなコールでも、本来の受付よりかはましと言っても過言ではないだろう。
一刻を争う深刻な怪我や病状に比べれば、延々の延とぐちぐちぐちぐち言える人間はまだ健康に近い。
・・・肉体的には。精神的? 知らん。
こんな事を考える間も無く次々と電話が鳴るところもあるだろうが、ここはそうでもない。
・・・そうでもなかった。いままでは。
○≡
「はい。火事ですか? 救急ですか?」
毎回聞くたびに思うのだが、なぜこの二つが一緒なのだろう? 怪我人の発生が予想される火事はともかく、救急では怪我の内容が火傷とは限らないし、病気にいたっては火の気がなくても発生するのに。
分けて火事の方にだけ、救急も手配すれば、ひとつ手順が減るのではなかろうか? と、いつも思う。いや、理由は知っているけれども。
「病院へ行きたいんだがね」
「・・・」
「足が、いや、実際の足ではなくてね。車のガソリンが、ほらこんなご時世だろう?」
・・・だろう、言われても困る。
「救急車はタクシーではございません!」
昔、と言ってもそう遠くなく、せいぜい一ヶ月ほど前なのだが、こういうコールには毅然と言っていいことになった。
「そこをほら、融通を効かせてさ」
・・・まあ。毅然と言ったからなんだ、となることも多い。
図々しい電話を掛けてくる相手である。すんなりとあきらめるわけがない。
し。
「気が利かないねぇ」
とまで、言ってくる。
「はぁ。お前に気をきかせてこちらになんの特が? 救急車はタクシーじゃねーんだよバカ!! ガソリンが貴重? こっちもだよ! そんなギリッギリの中で急患運んでんだよ! つまんねー御託並べて、邪魔すんな!」
と、言っていい事にはなっていない。
・・・まだ。
「大変申し訳ありません」
はよならんもんかな。
こういう電話は7119にまわすわけにもいかず。
こういう輩がいるから有料化って話もでてくるんだろうな・・・。
今回は素直に要求を伝えてくるバ・・・ひとで良かった? が、どうやっても自分の要求が通らないとわかったとたん、“急患” に変身する怪人も多い。特撮の敵、ではなく、文字通り“怪しい”“人”に。
「あたたたた、痛い痛い」
棒読みのセリフからは、微塵も緊急性は感じ取れないのだが、仮病かどうかはわからない=もしかしたら、万が一、このタイミングで本当に発病した可能性がある以上、ボロを出さない為か、「痛い痛い」とだけしか言わない、あとそれと「できれば、□△病院まで」とか言う患者? の元にも救急隊員を向かわせねばならない。
・・・こんなヤツのために、普段はちゃんと自力で病院に向かい、緊急事態でも『こんなので呼んでいいのかな?』と悩んで手遅れになってしまった人がでたり、ようやく救急搬送されたのに、症状によっては入院の必要がなく、制定医療費を支払わなければならない事態になるのだから、どこか間違っていると思えてならない。
「やられたか」
「はい・・・」
精神は削られるばかりだ。
○≡
消防、救急。人の命を救おうとする仕事についているだけあって、世界がこんなことになっても、やめたり、長期休暇を取る職員は少ない、が。
「きつい~」
「まじで。なんだよこの件数」
そう、嘆いていられたのもつかの間。
「・・・あの病院もか?」
「はい」
ガソリンやその他の資材は優先的に供給されるものの、今度は搬送先が次々に限界をむかえる。・・・救急に力を入れているところほど集中してしまい、結果として必要なものが早く無くなってしまうのは皮肉としか言いようがなかった。
そんな中で。
ガソリンの供給が細くなるにつれ、救急車を頼る人は増え、ついには回線数を越える。
徒歩で移動できない患者が自家用車もタクシーも動かなくなった時、最後に頼るのは・・・。
とはいえ、救急車はタクシーではない。
軽微な症状に対し、救急車を有料にするのではなく、有料の搬送システムを作っておけば良かったと後悔しても、後の祭りであった。
「また、あんたか! ・・・火事ですか? 救急ですか?」
コール自体は受けてみるまで内容がわからないのだから、お待たせしたとしても取らないわけにはいかない。
・・・それが見慣れた番号で、第一声が聞きなれた相手であっても。
「だから救急車はタクシーじゃ、って火事? マジで?」
・・・思わず、素が出たが、慌てている向こうもそんなことは気にしない。
「はい、はい。向かいの家の窓から黒煙が。住所はいつも通り、はい」
消防、救急は速やかに現場についた。
まるでそこへ至るルートをどれだけ早く移動できるか、繰り返し訓練していたかのように。
・・・何が役に立つかは、本当に。わからないものである。




