無職 医療従事者
「なんだったんだありゃあ・・・」
後ろも見ずに全力疾走。
振り返ったのは、振り返れたのは、息切れし、後ろから足音がしないと確信でき、それでもふらふらよたよたと、何歩か進んだあとだった。
ちょっと、いや、だいぶ信じられない。
殴られて、その場で縦回転なんてのは。
目を白黒させていた所長だって、何を目撃したのか理解するのに時間が必要だったに違いないのだから、殴られた? おれが、わけわかんねーのも、恥じゃぁねーはずだ。
閉店? 休店してシャッター、中が見えるタイプ、確かグリルシャッターとかいうのの隙間から、暗くて何が飾ってあるかわからねー、ショウウィンドーに写ったてめえのツラを確認する。
・・・鼻血が出て、リーゼントがほどけているが───
信じられないことに
───それだけだ。
どうやらぶん殴られたつーか、顔を押されて回されたらしい。本来は顔面をつかんで、ぶん! とやるやつを、拳で、ごん! とやったんだろう。つかんだ時は指で固定されるところを、拳でやるには、着かれ離れずのスピードとタイミングを維持する繊細なパワーコントロールが必要なはずで。
「神業かよ・・・」
当たり前だが、そんなメンドーなことをするより、普通にぶん殴った方がはるかに簡単だし、威力だってでかいだろう。
たぶん、ほかに対するデモンストレーションなんだろうが、食らった鼻がまだずきずきするこちらとしちゃーどちらでも同じだ。
むこうにすりゃー手加減したんだろうが、鼻血がとまんねーのは変わらない。
崩れたリーゼントとは関係ないデコの上を直そうとして、櫛を落としたのを思い出す。
ガキの頃からの付き合いだった二人、そのせいで体格が逆転した今でも「アニキ」「アニキ」言ってくれてた二人がいないのも。
「・・・」
頭はわりー、つーか、おれが一から百、二十ぐらいまで指示すっから、自分で考えなくなってただけで。離れりゃー、他の誰かの指示に従えばまともに働けるヤツらで。
所長がつれてきたヤツはその、まとも? ・・・雰囲気はともかくやることはまともだろうから。
これでいい、はづ、だ。たぶん、きっと。
○≡
金もねー、のはこの際どーでもいいが、食い物がねーのが痛い。少し前までならコンビニでかっぱらえば良かった? 悪かったが、いまはどこも、しまってる。
「帰るか・・・」
もう何年も戻ってねー実家だが、まさかなくなってはいないだろう。親に借りた金、稼いだら利子つけて返そうと思っていた金額のせいで敷居が高くてしょーがねーが、腹に背? 背に腹はかえられねー。
「ならチャリだな・・・」
車やバイクのキー部分をぶっ壊してチョッケツ? とかして盗み出す、なんてのには当たり前だが、知識がいる。その点、自転車は楽だ。買った時についてる鍵は単純だし、なんなら力ずくでもいける。
「借りるだけ~、借りるだけ」
って。店がしまってる=自転車で移動するヤツも少ないってことかよ!
「チャリパクすら難しいって、どーなってんのよ」
実家は歩きじゃキビシー距離だ。
まあ、とりあえず歩く。見つけたら借りる。
「なんでこうなったかなー」
自慢じゃないが、昔、の昔の、そのまた昔はよく誉められた子供だった。
特に勉強しなくてもテストで点が取れていた神童は、いざ学習が必要になった時は、というやつだ。
あんとき。ついていけなくなったときに───。
気づいた時はいつも・・・。
○≡
「・・・」
病院といえば、医者。そして看護師がまず浮かぶだろうが、他にも働いている人間はいる。前の二人の次が掃除の人だったりするかもだけれど、遭遇する、印象に残る大きさからすればおかしくないし、例えばレントゲン技師なんてのはカテゴリー的には、医者に入ったりするから、まあ、そんなもんだろう。
本当は薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、医療事務、管理栄養士等々、様々な人が働いているし、その中には、俺みたいなぺーぺー、下っ端もいる。
いつまでたっても、みたいな。
「なんだかなー」
こんな世の中になって、まず病院が試みたのは、買い占め、だったらしい。
働く人が様々なら、使用される道具もまた、だ。
もう、とにかく何でもいいかかき集めろ! という指示だったが、その野望? はあっさりと打ち砕かれた。問屋に。
少し考えれば当たり前の話で、物があふれてるならともかく、少ない時にそんなことをしたらどうなるか、なんて少し想像すれば誰にだってわかる。
金に価値が残っているうちに少しでも、と相手が考えなかったのはありがたいが、配達の手が足りないから取りにきて、はありがたくない。
・・・そういう仕事は下っ端に回ってくるのだから。
「ほんと、めんどい」
病院で指示されて先方で確認して積みこんで各部署に配って、配る・・・。
もうン十年も使ってなかった紫外線消毒器なんて物まで持ち出して、使い捨ての物を再利用してさえ、必要とされるものはまだ多い。
「とか、言っちゃダメだよな・・・」
いっそ、ギリギリのギリで維持されてるのがダメになれば休めるのに・・・とかも、だ。
医者、看護師、資格持ちはさすがにそう人数は減っていないが、請求部門が閉まったのはいつだったか。
直接命に関わらない、と思える部署の出勤者は少しずつ減り、それによってさらに、という悪循環はクルクルとまわり続けるばかりだ。
「倒れても、そこが病院だっていう、ね」
寝不足でハンドルなんか握りたくないが、これが一番早いから仕方がない。
こうなる前に比べれば、交通量は減っているが、走っている車がこれだけ、でもない。
信号が青になったのを確認し───
───ただけでは足りなかった。
そう気づくのはいつも・・・。




