食品配達員 (2)
どっちつかず。
あれからこっち、今のオレの行動を一言で表現するなら、そんな単語がふさわしいのかもしれない。
すっぱり、と。
一線を引ける者はこの職場から去った。
もしくは「タダ働きでもいいからやらせてくれ」と、妙に気合いのこもった目で訴えかけてきた。
あたり前に、そんな人物が大量にいるわけもなく。オレのようにずるずると昨日がそうだったから今日も、と、変化を嫌うか、もしくは、以前に比べれば、ほんの少ししかもらえない、リターンらしきものを欲しがって働く奴らを合わせても、動ける人間は減り続けた。
なのに増え続け、つづけ、ツヅケ、tudukeru、発注、注文、オーダーズ。
・・・どうしろってんだ?
これっぽっちも望みを持たず、機械的に求人のチラシを店前に貼ったのは、下からの突き上げに対するせめてもの抵抗だった。
ようはあれである。一回一回一人一人に「人を増やして下さいよ!」と言われるのがイヤで、「やってるよ!」と言い返すのすら面倒になっただけだ。
こうなる以前の成功報酬に、手書きで “0” をいくつか割り込ませた、バカみたいな条件の紙切れ。
世界がまともなら、よだれを垂らすか、逆に眉毛を寄せるような、いい? 話が載ったそれは。社内からですら「おれらも同じ条件にしてくれよ!」とさえ言われず。
いつしか風に剥がされ、飛ばされていくはず、の。ぺらっぺらな代物だった。
誰にも見られず。人知れず。いつの間にか消えていく。
そのはず、だった。
○≡
「面識希望者がおとずれております」
顔を見るたび「どこで買ったの? そのメガネ」と聞きそうになる、逆三角のペアレンズ越しに、事務員兼受注センターの主任が耳を疑うようなことを言ってくる。
「聞いていらっしゃいますか?」
「ああ、はい。・・・本当に?」
聞こえてはいる。あまりに意外過ぎて、両耳の間の器官が働くのを放棄していただけだ。
「それで? いつくるんだ? その。働きたいっていうやつは?」
“やつ”、の前に “変な” を付けるのをかろうじてこらえる。
「もうきてらっしゃいます」
「早く言えよ!」
「『訪れて』と私は・・・」
いや、まったくその通り。間抜けだったとわかっていながら、あやまりもせずオレは会議室という名の、半分、いや三分の二は倉庫な部屋へと飛び込んだ。
ノックはしなかったが、かまわないだろう。こちらが面接する側だ。
・・・だよな?
そんな考えは入って二秒で吹っ飛んだ。
三回、いや四回するんだった、なんて後悔と入れ替わるように。
「・・・」
履歴書なんて久しぶりに見た。いや、見たというか、自分で書いて以来、他のを目にしたのは初ではないだろうか?
職務経歴書なんて代物も初見だった。いつもは免許証かStateID=免許が無い人むけの身分証明書、それか学生証で済ませている。名前、運転できる車種、検索して無視できない犯罪歴がなければ採用。簡単なチェックだ。
「・・・この大統領補佐官、というのは?」
時間が余ったり、どうにも人間性が疑わしい場合には前職を聞いたりもする。たいてい「ありません」あるいは「ねえよ」と、かわされる質問ではあるが、たまに「大統領! ぎゃはは!」なんて感じでボロを出すバカもいる。もち、そんなのは不採用だ。
「はい。話せば長くなりますが、彼との出会いは・・・」
やっべえ、マヂだ。
つっかえもせずに、長くなりそうな、それでいて要点を抑えまとめられた内容からは、本物の気配がビンビンと伝わってくる。
・・・もしくは。これがもし作り話なら、相当やベーヤツだというオーラが。
どっちだ? おい! いや、本当に !!
目の前の初老の男からは、特別おかしなことは感じられない。
・・・のがおかしい。
自慢じゃあないが、うちの会社に、いや、上の上のそのまた上の、オレにしてみれば雲上の幹部社員ならともかく、こんな末端の事務所に「雇ってくれ」とくるような人物ではないところが。
「・・・っ、・・・?」
時間稼ぎ、もうなんの為に増やしているかもわからない時間の中、少しずつこちらの認識がずれていく。
まるでこちらが面接を受けているように感じに。
ジーパンとTシャツ姿の男の。綿のシャツを、インディゴのズボンを押し上げる筋肉は鍛え上げられ、ちょっとやそっと訓練、もとい筋トレをサボったところで別段衰える様子が感じられない。
びしぃっ!
量産品のパイプ椅子に座っていても保たれる威厳は、姿勢の良さからくるものなのかか? それともオレの知らない他の理由があるのだろうか?
幻が見える。軍服の。Tシャツの胸にカラフルなリボンの固まりがついていないのがおかしく思える。・・・いや、ついている方がおかしいはずなのだが。
もはや、主導権は彼に握られ。
「何か質問は?」と聞いたが最後、オレはこの事務所が抱える問題を全て白状していた・・・。
「それで、結果は」
「はいっ! 採用であります!」
自然と立ち上がっていた。敬礼をしなかったのは、彼を満足させるにたる行動をオレがれないのが、わかりきっていたからだ。
「それでいつから働いてもいいのかな?」
それは普通、こちらがする質問だった。
「よろしければ、今からでも! 職務内容の説明と、共に働く仲間の紹介をしたくと思い、ござそうろう?!」
にわかに湧き上がった緊張により、オレ自身も言っていることがおかしいとわかっている。
そして彼がこんな時にどう言ってくれるのかも。
「そんなに緊張する必要はないよ。共に働く仲間じゃあないか」
・・・一生、ついて行こう。
いや、彼は、こんなところにいるような人じゃないから・・・。
せめて、学ばせてもらおう。
オレは心に誓った。




