鉄道職員
ファン、と。アコーディオンの鍵盤を同時に何鍵が押し込んで、空気を送り込んだような短い警笛を鳴らして駅を後にした最終列車のテールランプが小さくなっていく。
ホームを最終確認。
ぱっと見、自分以外誰もいないように思えるが、油断はできない。酔っぱらいの特性に、“どこにでも寝る” があるからだ。
ホテルのベッドの下を掃除しなくてもよくするため、そもそも隙間をつくらなくしたのは有名な話しであるが、ここのベンチの下もそうして欲しい、なんてのは贅沢な希望だろうか?
・・・心臓に悪いのだ。
まさか! と思うところに人がいるのは。
ぐうぐうと寝ているならまだいい。問題なのは、ぐったりとしているのにカッ! と目を見開いているタイプだ。
まず発見時にドキン! と心臓が跳ねる上、中途半端に意識があるので声をかけると大声で迎え撃たりする。一人で移動させられないケースだと、応援を呼びに行くのだけれど、その間線路に落ちないか不安で仕方ないし、事実、勝手気ままにいなくなり、すわっ! 幽霊だったか? と同僚と震え上がった瞬間、今度は自販機の影からいびきが聞こえたりもする。誠に迷惑な話である。
まあ、彼らの気持ちがわからないか、と聞かれればそうでもない。こんなことになったのだから、日付すら変わったのちに走り始める電車の需要なんか無くなるか、乗ってもぼちぼちだろう、なんて予想は外れたのだから。
むしろ、増えてる、まである。
たぶん自分と同じく、不本意なんだろうな、と想像すれば、ぐてんぐでんに酔っ払って他人に迷惑をかけるのも容認───、はできないが。
・・・色々あるよね、いや、本当に。
などと考えながらひとけのないホームの照明を一つ一つ落としていく。
最低限の明かりが照らすコンクリート。
ぶーんと唸る自販機のモーター。
思えば遠くまできた、のかもしれない・・・。
○≡
「なっ! な! 頼むよ! このとおり!」
パン!、とばかりに目の前で手を合わせられたのは何年前だったろうか?
高校を卒業した年だから、指折り数えればすぐわかるのだが、そこは重要ではない。
大事なのは、「一人じゃ緊張するんだよ! だからさ、お願い!」と、頼み込んできた友人があっさり採用から漏れ、たいして鉄道に興味がない自分が採用されてしまった事実だ。
・・・後日聞いた話だと、どうやら鉄オタの友人は、面接にて開口一番、会社側の人の付けていたバッチについて誉めたらしい。それも滔々と、大河が流れるが如く、緊張なぞどこ吹く風で。
鉄道会社は鉄ヲタを採用しない、そのために、見分けるために、彼らが食い付きそうなグッズをあえて携えるとはよくある都市? 鉄道? 伝説だと思っていたのだが、本当に使われている手段だったようだ。
・・・入社した今ならわかるが、鉄ヲタという存在は非常にたちが悪い、人もいる。
たまに、まれに、ごく少数。・・・たぶん。
ほとんどの人は迷惑をかけないよう趣味を楽しむのだが、分母が多ければ多いほど、積み上げられるピラミッドの先端は高くなるもので。
写真を撮るために私有地に入り込む、車体の穴をマスキングテープでふさぐ、写り混む人を大声で恫喝する、禁止されてる三脚をホームの、しかも黄色い線の外側に立てた上、今度は鉄ヲタ同士で「オレが先だ!」「いや、オレだ!」「いやいや、オレでしょ!」と喧嘩をおっ始めるのはお辞め下さい。全員アウトです、まったく。
・・・ちなみに、入社試験におちたくだんの友人には “元” が付いた。最初は「いやさー、落ちて良かったよ。だってさ、運転したらさ、見えないわけでしょ? 外見が、さ。いやー落ちて良かったわー。むしろわざと? まである」と強がって? いた彼であったが、すぐに「社員割引であれ買えね?」とか、「あのイベントに社員権限でねじ込んでくれ!」とか、「なあ、あれ持ち出せね?」とか言い出したのでブロックした。
・・・全員が全員ダメとは言わないが、彼については不採用で正解だったと言えよう。
そんなこんなで入社した鉄道会社であったがぼちぼち努めてン十年。色々な部署を経験した。
・・・ちなみにここもヲタを雇わない一因らしい。やめちゃうのだ彼らは。自分の希望した部署に行けないと。
配属については自分も思うところはあるが、組織としては使いづらいのは容易に想像できる・・・。
○≡
「電気がとまるまで! そこまででいいから!」
・・・目の前でパン!、とばかりに手を合わせる人間とは、とことん相性が悪いらしい。
隕石? 小天体? だかが地球にぶつかるらしい、となって、ちらほらと有休を取る同僚が増え始めた頃、これ以上休む人を増やさぬよう、上司が言いはなったのが前のセリフだった。折しも、だんだんとスーパーの棚から品物が消え、「石油が・・・」「社会インフラの維持が・・・」なんて話題がテレビでやってた時期で。
「それなら・・・」「まあ・・・」と。
「優柔不断組に入ったのが間違いだったんだよなぁ・・・」
電気はとまらなかった。今のいままで。
・・・発電用の重油が無くなる、石炭が届かないっていう話はなんだったのか?
あれ以来増えた大地震対策なのか、なぜか修理用の部品が足りなくなることもなく。
ファン! と。
やっぱり和音を奏でながら、ヘッドライトを点けた列車が、照明の必要のなくなった、朝のホームへと滑り込むようになめらかに入線してくる。
こんなことになったのだから、夜の闇が残した冷えきった空気を切り裂いて走る、始発電車の需要なんか無くなるか、乗ってもぼちぼちだろう、なんて予想は外れ・・・。
今日も列車は走る。
たぶん電気が無くなるまでは・・・。




