発電所職員
電気の発見は紀元前六百年前までさかのぼれるという。電池が作られたのが千八百年なのだから、琥珀をこすって、パチパチするのを、髪の毛を上に引っ張ったりするのを、服でこすったのち、他の人をさわる直前でパチン! となるのを、楽しんだ? ギリシャ人が、電気と電波がこれ程この星全体に満ち満ちるとは想像もつかなかったのも無理はないだろう。
琥珀を手でこすりつけていた発電方法は、化学反応を利用したものとなり、やがて大規模な電磁誘導を運用するまでに発展した。
火力、水力、そして原子力。
ありとあらゆる物でタービンを回し、隅の隅まで張り巡らした、電線で届ける。一瞬、パチン! と弾けていた火花は流され、蓄えられ、ありとあらゆる物を動かす力となった。
そんな原動力を作り出す人々は───
「あーっ! まった、スマホ見てる!」
───自らの作り出した力に溺れていた・・・。
○≡
「いいだろ? 別に。やること無いんだからさー」シーフォーム・グリーン=工場なんかの壁や機器に使われている淡い緑色に囲まれながら、そこそこここに勤めて長い男はうそぶいた。
そう、ウソである。
本来はメーターやボタンが並ぶ専用の制御装置、その実、見えない所に普通のパソコンとLANケーブルがつまった機械で稼働状況をチェックしていなければならない。
が。
「やること無いって・・・。ちゃんと見張って下さいよ! 異常が発生したらどーすんですか!」
「アラームが鳴るだろ」
スマホから顔も上げず、見回りを後輩に押し付けた職員のいう通りだった。
二つしかない人の目の限界を軽々と越えた電子の目=センサーは、この発電所のほとんどの場所に設置されている。
人の目や耳や鼻は、センサーより早く異常の兆候を見つけられるが、対応が間に合わないタイミングで鳴るアラームなんてのに意味がないのだから、それほど過剰に反応せずとも良い、とも言える。
とはいえ、故障に対応する時間には余裕があるにこしたことはないのだから、男のやっていることは、サボり以外の何物でもない。
「可愛いもんよ。オレのサボりなんてのは、さ」
「・・・それは、そうですけど・・・」
室内を見渡した後輩の声が少し震える。
空席が目立つ、どころの話ではない。
本来、座っていなければならない椅子に人がいない。
「なんかあったら呼んでね」などと言っていなくなった人々は、いざというとき、本当にくるのだろうか?
「こないだろうなぁ。いいとこ『そっちでなんとかしといて』だろうし、その前に出ないだろ、電話に」
「無責任な。・・・なんの為に働いてンすかボク達」
ガックシと、後輩職員の肩が落ちる。
こんな時でもせっせと働いて、日常生活=スマホの充電ができる環境を維持しているというのに、あんまりと言えばあんまりな話である。
「そりゃあ、無責任にもなるだろ。そもそもが、そもそもなんだし」
原子力発電。夢のエネルギー。
そう、もてはやされた? のも過去の話だ。
世の中に “絶対” なんてのは絶対ないにも関わらず、そう言われていた安全神話は津波による電源喪失で脆くも崩れさった。
なら、堤防を積み増しすればいいのでは? と考えるかもしれないが、話はそう簡単ではない。
活断層。よりにもよって地震が発生する原因の真上に建てたのが後から判明しちゃったりしている。普通の神経の持ち主なら、そんな所に建ててしまった原発は速やかに撤去だろうと思うのだが、「再稼働しよう」とか言い出す人がいるのだから、油断できない。まったく、ほんとうに、もう。何考えているんだか。
発電にかかるコストが低いなんて話も眉唾物である。一キロワットあたり、重油に比べ二分の一とか、三分の一とか言われているが、重油が燃やして終わりなのに対し、放射性燃料は使用済み核廃棄物が発生する。
それの管理コストは?
埋めて終わりでいいのか?
「埋めないことこそが無責任だ」とか言ってる、そもそも「原発は四十年使えるし、そのぐらいあれば、処分場は決まるでしょ?」で見きり発車するような組織に任せる事が正解なのか?
「それを言っちゃあですよ・・・」
さらに肩を落とした後輩の顔も曇るという物である。
○≡
せかせかと制御ルームを歩き回った後輩職員が、先輩職員の後ろで立ち止まった。
「またそれですか。飽きないですね」
「まあな」
スマホの画面の中で、飛んでいったミサイルが次々と目標に当たる。
それでいて、当たった対象が破壊されるわけでもないのは、敵? が、でかすぎる為でもあり、目的が破壊ではない為でもある。
全弾命中。的が大きすぎるほど巨大なので当たり前だが、どうやらミサイルは核弾頭らしい。核爆発が他と違うのは、誘爆しない、それが難しい、ところだろう。今回の操作でも、発射間隔が短すぎたり、目的地点が近すぎて前の爆発に巻き込まれたミサイルは爆発せず無駄になってしまっている。
「・・・」「・・・」
巨大な、それでいて目的に比べれば、なんて事のないサイズの爆発が収まり、それによって変わった進行方向が、元の経路の出発点からズレて点線で表示され、その通りに進んだ対象がこれまた大きな青い球体に衝突する。
無慈悲に。完膚なきまでに。容赦なく。
ぴーーー、という電子音とともに表示されるのは、青い球体の一番大きな破片が、元のなんパーセントか。
あまりに数値が小さい場合はただ単に “失敗” とだけ表示される。
「ほとんど変わらなかったですね」
「・・・ああ」
このゲーム? ではミサイルを目的に当てないこともできる。
その結果は正面衝突。
青い球体ど真ん中に、カウンター気味に衝突した灰色の球体は、自らも砕けながら、青い球体ごと細かい破片と化して漂う。
「・・・これ、シュミレーターってホントですかね?」
「まさか、だろ」
だとしたら無理ゲーがすぎる。
ゲーム前に表示されるハイスコア、誰が出したかわからない最善ですら半分にも満たないのだから・・・。
ぴー、ぴー、ぴー。
「ん? 操作してねーぞ。オレは」
「って! こっち! こっちのアラームですよ!」
「あっ! やべ! 場所、場所はどこだ?! 交換部品は?」
「だからもう! こうなるから見てないとダメなんですよ!」
スマホのアプリがただのゲームであっても。
万が一、億が一、スーパーコンピューターを超える結果がないか、藁をも掴む希望で作られたシュミレーターであっても。
「いま、言ってる場合かよ!」
「いまだから言ううんでしょうが!」
内線電話を引っ掴み、各部に連絡した後、どたばた、ばたっと自らも駆け出す。
とりあえず電気がなければ、何事も始まらないのであった。
・・・今の世の中は。




