不動産会社社員
昔からよく貧乏くじを引く、とは感じていた。
「じゃんけんで決めよう!」なんて時はだいたい負けるし、勝ったとしても「代わってくれないか?」と直前になって言われてしまう。
ごねにごねられ「埋め合わせはするから!」と調子の良い言葉に一回のせられるともうダメだ。
そのぽっかりと空いた穴は二度と埋められないか、缶ジュースや、それよりやっすい紙コップのコーヒー(それも自分の好みなんかぜんぜん聞いてくれない砂糖、ミルクが全部外れの)一杯などという、大きさ深さに見合わない代償が突っ込まれ、残りの空間には虚しさやら後悔が詰められた上に、「アイツは強目に言えば何でもやってくれる」と書かれたレッテルが貼られてしまう。
何でも押し付けてくる人間なんてのは、いつか誰かにバレて、それまでのツケを払わされる、なんてのはよくある勧善懲悪物のストーリーではあるが、現実ではそううまくもいかない。それどころか、人に仕事を押し付けて空いた時間に目立つ成果を上げたら評価されて出世、なんてことすらある。
「彼は普段の仕事に加えうんぬんかんぬん」なんて上司の褒め言葉を聞いた時には、その口の上についているのが節穴に見えて見えてしょうがなかった。
つまり、何が言いたいのかというと。
世界が滅びそうでも、誰かがやらなければいけない仕事は自分に回ってくるという事だ。
○≡
もう、チェックする上司もいないのだから、やらなくてもいいのでは? と思うが、長年の習慣とは恐ろしい。
ガラス張りで確保した視界を自ら閉ざした謎の───単純に物件情報をペタペタと内側から貼った───壁の外を軽く箒と塵取りで掃除し、のぼり旗を立てる。
『初期費用0円』も、『新生活応援』も、こんな状況ではあまり意味を成さないが、営業中、だとは表現できる。
・・・逆に言えば、旗を引っこ抜いて店内を暗くすれば客なんてこないだろうが、それだといつもどおり、スーツに身を包みえっちらおっちら出社した意味がない。
・・・多分に後ろ髪を引かれながらも、店内に戻りメールチェック。
あれだけきていたノルマの催促はなんだったのか?
元から無料だったが、社員は使用禁止だった自販機の紙コップのコーヒーを片手にため息をついているうちに営業開始時間がすぎる。
いつもなら無意味な朝会(全員で大声で挨拶の練習をした挙げ句、パソコンの画面を見ればわかるノルマの状況を嫌みったらしく発表され、何の役にも立たないスピーチをさせられること)で一旦中断させられていた仕事が続けられるだけで、なんだか嬉しい。
二杯目のコーヒーを片手にスケジュールの確認。
こんなご時世でも予約は入る。
考えてみれば当たり前だが。
明日───、ぐらいなら野宿でもいいが、一月、一週間後に世界が滅びるとて、住むところは必要なのだ。
なんならこの際に、なんて心理が働いたのか一時期はお高めの物件への問い合わせが多々あった。それが落ち着いた今は家具付き物件が人気、というか切実に求められている。一応、ガス、水道、電気等、インフラは維持されているが、一旦故障すると修理がなかなかできない。うちも依頼するからわかるが、まず捕まらないし、つながったらつながったで今度はこちらがすまないと思えるほど謝られる。そりゃあ、当たり前だろう。部材がないと修理ができないのは。
よって解決策として家具付き物件に避難、となるわけだ。
○≡
「分かりました。まず第一の条件は大型犬可ですね?」
この際高級物件に住んでみたい、もしくは避難のお客さんも多いが、もちろん普通? のお客さんもくる。
その中で比較的多いのが、新たにペットをお迎えしたのでという方々だ。
本当は買う前に引っ越すべきなのだろうが、まあこんな時なら仕方ないだろう。
・・・なんでこのカップル? が、片方が抱っこしたワンちゃんのしっぽを、もう片方ががっちり掴むなんてつながり方をしているのかは謎だけれど。
「大型犬ですか。そうなると限られてきますね」
こうなる前はペット同伴は原則禁止。キャリーに入っていれば、まあ、だったのでわからなかった表情がよく見える。
クーンと。今にも鳴きそうな顔でこっちをクリクリッとしたつぶらな瞳で見上げているのは、自分を取り巻く住宅環境をなんとかしてくれ、と訴えてるのではなく。
・・・たぶんしっぽが気になって、もしくは振りたくてたまらないのだろう。
「こちらはいかがでしょうか」
社用車、がなぜか無いので自分の車で内見先に。・・・なぜに会社が一円も出さない物を仕事に使わねばならないのか。
それはさておき。
「こちら盲導犬対応物件となっております」
ペット可物件と普通の物件の違いは主に壁だ。ほとんどの場合張り替えとなる壁紙が厚でだったり、防水加工されたりしている。
わかりづらいところでは、やや防音がしっかりしており、鳴き声対策がなされている。
・・・それでも夜中に「うるさい」と苦情は入るし、なんというか、ぬぐい切れない前の住人の香りというか臭いがあるが。
ここが気に入らなければもうあとは郊外の一軒家の物件になる。
「ここにしようか? 気に入ったみたいだし」
「・・・」「・・・」
そりゃあ、床におろしてもらえた子犬は、ぶんぶんぶん! と。これでもか! としっぽを振っているけれど。
・・それが気に入ったからなのか、別の理由からかなのは、自分も、もう一人のお客さんも、判断に苦しむところだ。
○≡
うちの会社が取り扱っている物件は、特別な物を除いて他の不動産会社も仲介している。大家さんとしてはできるだけ契約される機会を増やしたいのだから当然ではあるが、こちらとしてはダブルブッキングの危険があるので気が抜けない。
しかも、こんなことになって、向こうのやる気がなくなればなおさら。
「○△市□区~~の物件、決まりましたよ」
パソコンで決定済みの処理をしたのち、ピーという発信音の後にメッセージを残す。
数ヶ月前なら逆にこちらに問い合わせまでしてきた建物の持ち主も、お金がギリギリその存在価値を守っているような世界ではたいした興味もないようだ。
ふぅ。
やっぱりため息をついて、外ののぼりを取り込み、時計を見る。
「・・・」
こんなときですら、残業になるのだからなにか間違っている。絶対に。
パチンと店内を暗くし、まだ意味があるのかわからない警備をセットし、鍵を閉める。
「晩飯、・・・なんか買えればいいけど。あとは電車か。・・・止まって無いよな?」
コートの前を合わせ、首をすくめる。
今日一日は終わった。
明日は、くる。
あと、しばらくは。




