お笑い芸人 (2)
暗い会場の中、そこだけ照らされた舞台上、真ん中にマイクを置いた二人が、大袈裟な身振り手振りを交えて、一生懸命喋っている。
たぶん、そこがオチなのだろう。二人のうちの片方がずっこける。
間。
沈黙。恐ろしいほどの静けさ。
二階席まで満員の会場とは思えない静寂。
「なんでだー、なんでだーって。よく見ると・・・」
「見るとぉ?」
「お客さん全員マネキンでした」
「ひゃ~、怖! って、ホラーやないかーい!」ツッコミ
「「ありがとうございました~」」
「・・・」
「・・・」
ネタ合わせ。一応最後までやりきった二人を待っていたのも静寂だったが、これはいい。いまこの場にはお客さんはいないのだから。
問題は・・・。
「これおもろいか?」
「どうだかな」
反応がないので、ネタのできがいいのか悪いのか、さっぱりわからないことであった・・・。
○≡
小学校のナントカ会でウケた。
中学校の学校祭でウケた。
高校の学園祭でウケた。
大学の学祭でウケた。
“のが” を接着剤にし、忘れられなくて、をくっつけた志望動機を持つお笑い芸人は数多い。それこそ、ちょっとした大会の会場で石を投げればあたるぐらいに。
「石って。危ないやろ。使って丸めたティッシュにしとき」
「そっちのほうが、嫌やわ!」
そういう人間がウケる、いや、受ける洗礼がある。ナントカ会でも、学校祭でも、学園祭でも、学祭でもいいが、ドッカンドッカン笑いを取ったであろうその場は、所詮小学校、中学校、高校、大学レベルだという冷や水だ。
“にれ” と “をせ” の間には近く、それでいて簡単に飛び越せない距離の、深く暗い亀裂が右にも左にも、見渡せる限りに走っている。
人に笑われる
人を笑わせる。
似ているようで違う、この二つの間に走るそのクレバスを、道具を用意して越えるのか、果てがあるのを信じて回り込むべく、左右どちらへ歩み出すのか。
どちらにせよ、向こう側へと。
たどり着いたものだけが。
真のお笑い芸人である。
○≡
「って、もう。ぜんぜんわからんけどな」
そういって自分の部屋の畳の部屋にひっくり返ったのは相方である。
お笑い芸人には変わった連中も多いが、なにもせずとも食っていける資産があるのに、「これじゃだめだ!」とストイックさを追求するとか言い出し、風呂無し四畳半に住んだ上、バイト暮しを始めるほどの変人だ。
「んで。ネタぜんぜんできんかったって。昨日一日、何してたん?」
「バイト。へとへとになったうえ、銭湯行ったら閉まってて」
「そら、大変やったな」
「そうだろ? 仕方ないからネットカフェでシャワーしてワンピ一巻から読み返した。いやー、ホント大変だった」
「そりゃ、あれ、百十三巻あるからなって。違うやろ!」
「そう! 違う! 百十四巻だ!」
「そうそう、一巻まちがっとった! って。・・・これ、おもろいか?」
「語呂、というか、単語が長すぎてリズムがとりにくいな」
「百冊超えの超大作だからな。かといって他の作品だと巻数がパッとわからんだろうし」
「こち亀はどうだろう? あれ、二百巻で分かりやすいんじゃないか?」
「せつ子、長くなっとる。その上いまは一巻増えて、二百一巻や」
「・・・そうか」
「って。本気で言ってたんかーい! まぢボケやんけ!」
「うん」
「そこは、こう。ナンカウケること言わんと」
「難しいな」
「・・・そうやね」
相方にならって畳に倒れこむ。
古びて木目だけすら見辛くなった茶色い天井は。
うっすい安普請なのに。
とてもとても突き破るのが難しく見える。
○≡
「はー。しっかし」
「ん?」
「笑いをとるのも難しい世の中になったもんやな」
「それな」
「「・・・」」
とあるテレビ番組、正確にはチューバーの暴露から始まった世界の終わりという話は。
いつものように一笑に付されて消えるかと思いきゃ、いつまでもしぶといどころか日に日にその存在感を増し、いまではアメリカ大統領が乗り出す事態へと発展している。
半信半疑から始まった世界の混乱は、八信二疑、いや、九信一疑まできており、全世界の核兵器を使った起動変更作戦計画がある、という一縷の望みによってどうにか押さえつけられている状況であり。
「呑気に笑える状況じゃないんだよなぁ」
「少しの間だけでも忘れたいちゅーてお客さんはくるんやけどな」
「思考と気分は別なんだろうな」
「「・・・」」
こんな時だからこそ、おもいっきり笑おうと劇場に足を運びつつも、目下の悩みがチラチラと視界に入って笑えない。
誰か一人でも口火を切れば違うのだろうが、全員の悩みが同じ上、重い。
「隕石ネタは・・・あかんやろうな」
「さすがにな」
「あちらさんは結構ウケとるよーやけど」
「あれは・・・、実績と経験に裏打ちされたから許されてんだろ」
とあるホテルのディナーショウで歌われている歌が、と話題になったのは少し前だ。
「タイトルが不謹慎だ!」などという意見、というか、ほぼいちゃもんを黙らせたのは、昔に歌っていたという事実と、今回の件とまったく関係の無い歌詞だった。
「いまさら炎上商法、てのもなー」
「そやな」
お笑いに限らず、世間からの評価を求める者に対して一番冷ややかなのは批判ではなく沈黙である。例え、あら探しの為にきたり、視聴されていたとしても、それは一人の客であり、カウンターを押し上げる数字である。
「適当に作ってもウケる時はウケるし」
「時間かけても、ウケん時がある。ホンマ難しい世界やで」
「「・・・」」
それでも。
やらなければいけない。
プロの芸人として。
例え出演料が五百円でも。
・・・一人頭、税込二百二十円でも。




