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お笑い芸人

「・・・」

 お笑い芸人の朝は辛い。

 特に売れていないと。


「・・・知っている天井だ」

 これは超有名な、巨大人造人間に乗り込んで戦うアニメのセリフの、良く言えばアレンジ、悪く言えばできの悪いパクり。


「・・・」

 こんな事しか言えないのか。

 つーっ、と。

 涙がこぼれ落ちたのは悔しいから、ではなく。

 ただ単にあくびをしたせいである。



 四畳半一間、キッチン、というよりかは、台所と便所付き。風呂無し。

 家賃が安ければ、どちらも共同でよかったのだが、十数年前ならいざ知らず、今時そんな物件はかえって珍しい。

 不動産屋さんに苦労して探してもらった築数十年、下手したら百年経ってるんじゃないか、とさえ思える我が家であるが、安さを求めるあまり、最初に条件を伝えてしまって「シェアハウスのほうが、よくね? 風呂もついてるし」と言われて「いや、何事も経験だよ、アハハハハハ!」と強がってはみたものの、内心、愕然としたのはいつか話のネタにするつもりだ。


 台所のシンクで顔を洗って、着ている服をクンクンと嗅ぐ。

 ・・・自分じゃまだいける、と思っていても、他人にスッっと遠巻きにされたりするから油断はできない。


「・・・」

 嫌で嫌で仕方ないが、鏡を見ながら髭を剃る。

 いつからだろう? そこに映る人間が笑わなくなったのは?

 いつになるだろう? そこに映る人間が自分だと再認識できるようになるのは?


「あーっ」

 (うな)る。いつも思う。髭を剃ってから洗顔すれば、と。


 ○≡


「・・・」

 インバウンドだかリバウンドだか訪日外国人旅行者だか知らないが、地域住民の利便性を考えず、見た目だけ気にするのは、本当にやめてほしい。

 貧乏人の味方、自転車を取り巻く環境、特に置き場は年々悪くなる一方だ。見映えが悪いから地下に駐輪場を作るのはいい。問題はそれができたからという理由で元々の(無料)駐輪場を、「えっ? そんなところまで?」という範囲で廃止されるのと、料金が公共交通機関を使うのと変わらない値段に設定されていることだ。

 路駐、特に元駐輪場だった場所には、まさに今目の前にあるようにデカデカと『駐輪禁止』と『放置自転車は撤去します、受け取りには○△□円かかります』と警告に見せかけた脅し文句の看板がこれ見よがしに林立し、こっちの方がよっぽど見映えが悪いとおもうのだがどうだろうか?

 しかも、さらにさらに青切符まで導入して、罰金まで取ろうというのだから、もう、開いた口が塞がらない。



「遅かったな! なにやってたんだ!」

「止めるとこなくて・・・」

 バイトの出勤時刻には十分間に合ったが、店に入るなり、怒鳴られた。

 こいつはなんでこんなに偉そうなんだろう? 自分もバイトのクセに。

 いつも思うが口に出したりはしない。

 ・・・顔に出ているかも知れないが。


「まあ、いい。着替えてこい」

 そして、なぜこいつはタイムカードの機械を見張っているのか?

 着替えの時間が勤務に含まれるのは、ちょっと検索すればわかるし、そこを突かれて困るのは会社なのだが。

 証拠を集めていつかまとめて請求してやろう。



「すいません。材料が」

「すいません。入荷が」

「すいません。そういわれましても」

「すいません」「すいません」「すいません」「すい・・・」「すい・・・」「すい」「すい」「すい」「すい」


 ・・・俺、飲食店でバイトしてたよな?


 アレ(・・)以来、とりわけセントラルキッチンから送られてくる半製品が減ってからは、客対応がそうなのか、頭を下げるのがそうなのか、仕事がどっちだったか、わからなくなってきている。日に日に増える「すいません」がある一定の値を超えた時。それがここ(・・)の終わりなのだろう。


「お疲れっしたー」

「・・・」

 帰りは着替えてからタイムカード。やっぱりバイトリーダーは見張っているが、どうしてだかなにもいってこない。最初は不気味だったが、理由を聞いてやぶ蛇になっても何なので、いまは考えないようにしている。


「・・・まじかよ」

 家に一番近い銭湯は閉まっていた。

 燃料の供給が不安定なので不定期休業するらしい。昔ながらの(駐輪場のある)施設はお気に入りだったが、そういう事情なら仕方がない。


 クンクンクンと服を嗅ぐ。


「ネカフェコースだな」

 いっそ服ごとコインランドリーで体も洗えればいいのに。グルグルと服を着たまま縦型ドラムで回る自分を想像しつつ、俺はシャワーにむかってペダルをこいだ。


「やっぱりワンピは最高だな。さて」


 お笑い芸人の夕飯は遅い。

 なぜならスーパーの半額シール、なんならそれ以下のお値下げシールを待つからだ。

 こちらも駐輪場同様、年々環境は悪くなる一方だ。どうやらAIを活用し、廃棄が出ない分量で作っているらしいが、世界がこんなことになっている現在、お店の人も気づいているだろう。

 そんなことせんでも、普通に量減らせば良かったんじゃネ? と。


 弁当はなかった。

 おにぎりもなかった。

 いや、正確にはあったのだが、半額でも一昨年の二十パーセント引きよりも高い上、ふんわりと銘打って、米の量が、たぶん具の両も減った代物を買うのはなんか嫌だった。

 それよりも、買わなきゃ捨てられてしまう惣菜パンを救ってやりたかった。


 人の体は三ヶ月で九十パーセントが入れ替わるらしいが、それが本当なら自分がずいぶんと安っぽい人間になった気がする。


 ガチャり。


 こちらも安っぽい扉を開け、安っぽい部屋に入り、節電のため本来は二本取り付けるところ一本しかつけてない蛍光灯の、豆球(・・)の安っぽい暗い光の中、安っぽい割にはパーセンテージの高い酒を喉に流し込む。


 そうしてようやくお笑い芸人の一日は終わったのだった。


 彼はフリーターではない。


 三十五歳以上なので。

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