女優 ホテリエ (3)
なんでもそうだが “重大発表” とだけ聞かされて喜ぶ人はあまりいない。
ほとんどの場合、注目を集めるためのあおりでしかなく、聞かされた人の感想は「もったいぶらずに早く言え!」以上にはならないからだ。
それゆえ正しい使い方は、間髪入れず、いや髪の毛数本ぐらいの『ため』を挟んだぐらいで発表内容を公表することだろう。
「このたび、ディナーショウを開催することにあいなりました!」
ちなみに、正しい、と思われている使い方をしても、思った通りの反応が返ってくるとは限らない。
「よかった。閉鎖じゃないんだ・・・」
最悪の事態が予想されていたり。
「なんだよ! 新しい調達先ができたんじゃないのか」
勝手に自分の利益を求めていたり。
「ディナーショウかぁ・・・」
これが一番多いのだが、負担が増す割に自分に対するリターンがあまりなかったり。
「あ、あれ?」
そんな時にはスベる。もう、上滑る。もうもう、徹底的に・・・。
○≡
「俺はねぇ。食いっぱぐれない仕事を、と。この食を選んだんですよ」
「ぱぐれてないじゃないか」
三分、または五分の待ち時間に談笑するのは厨房スタッフだ。
世界がこんなことになる前は、実力をはかるためもあって、まかないを作っていた彼らの食も、今では必要最低限のインスタントと化していた。
「いや、ホテルの厨房で即席麺って、まあ、文句は言いませんけどね」
「いや、いや」
言ってるだろ、とは突っ込まず、若手に苦笑しながら相づちを打ったベテランは、振っていた鍋を皿の上で傾けた。
「野菜の皮も美味いもんですね」
「うちは特に厚く剥くからな」
料理とは言えそうで言えない代物だが、味付けの参考ぐらいにはなるだろう。
「その焼きそばの湯切りで作るスープ、全部入れたらダメって知ってたか?」
「うわっ! ホントだ入れる量書いてある! 俺ずっと全部入れてましたよ! 道理で。みんなマグカップで作るとか言ってたけど、あふれてたんだよなぁ」
どんぶりで作った大量のスープにぱぱぱぱっと適当な調味料をぶちこむ若手。
「お、いいんじゃないか」
味見せずとも、見た分量で想像ができるのがベテランがベテランと呼ばれる理由である。
「・・・んで。ディナーショウ、いけると思います?」
「それなー」
シェフがこの場にいないのは、「インスタントなんぞ食ってたら舌が鈍る!」なんて理由ではなく。どこぞの美食家兼芸術家が目撃したらクビ宣言するであろう(彼のモデルともくされる人物と同じように)煙をふかしながら懸命にメニューを組み立てているからだ。
「いまや、朝食のビッフェも三種類ですもんね」
「それも、目玉焼きとタマゴ焼きとを入れてな。畑に作物があって、海に魚がいて、牛も豚も、鳥も元気で、道路も無事なのに食材がこないなんてなぁ」
ルームサービスもとまってしばらく。不意の注文が入らなくなったキッチンはとても静かだ。磨きに磨き抜かれた銅製品は新品同様のかがやきを放ち、出番をいまかいまかと待っている。
「あー! やめだやめだ!」
髪をくしゃぐしゃっとみずから乱し、ばん! と椅子を後ろに倒しながら立ち上がるシェフ。
「何が手に入るかわかりませんもんね」
「確実手に入るのがタマゴとウインナーだけではさすがに・・・」
お手上げポーズの若手とベテラン。
「お前ら、わかってたんなら・・・」
「「言いましたよ !!」それでもできる! って豪語したのはあなたでしょう?」
若手は突っ込みまで。意見できるのがベテランだ。
「支配人やら上の連中がいま東奔西走して食材をかき集めているんですから、あなたは黙って待てばいいんです。あと調理前までに風呂に入って着替えてタバコ臭さを断つ! いつも通りに! いいですね?!」
「わーってるよ」
どっちがシェフかわからんなーと静観する若手であった。
○≡
「支配人からして、上役全員で畑とか港とか行ってるらしいですよ」
「流通が止まっているなら自分達で、か・・・愛だな」
「愛ですか・・・」
ホテルというのは、普段からお客様の要望に答え続けるのが使命という、やや特別な職場だ。その状況にさらされ続けた上の人達ともなれば、世界が終わりそうでも、そういった行動にでるらしい。それを愛と呼ぶかは置いといて。
いま新人ホテリエとその先輩がいるのはいつもの社員食堂、ではなく一番大きな宴会場だ。
この希望になるとセッティングするだけでも一苦労である。
「コンシェルジュのお姉さんが大変らしいですよ。特に席の件で」
「ああ、金銭的抑制がまったく効かないからか・・・」
通常、S席いくら、A席いくらと財布に相談して決める選択も、世界が終わるとなれば、良い席一択だろう。なんなら全財産を使いきる、までいきそうだ。当然、値段設定による金銭的しぼり込みはまったく効かず、バカみたいに高額になるのが予想されるオークションを開くわけにもいかない。
「抽選か、早いもんがちか?」
「あ、あとなんか宿泊のお客様以外の応募もすごいらしいです。」
「となると、宿泊客かそうでないかも組み込んで、か」
うん。無理だな。全員が納得する方法を考えるのは。
・・・しばらくコンシェルジュコーナーには近づかんでおこう。
「なんでですかねー?」
「いや、なんでも、なにも。人気があるからだろう?」
「あの人にぃ?」
「あの人に、だ。そりゃ酔っ払ってる姿しか知らないお前にとってはそうだろうけど」
「まあ、でも。言うてディナーショウですもんね。お料理が美味しければ」
「・・・お前まさか、ディナーショウを食べながらショウをみる催しとか思って無いだろうな?」
「えっ? 違うんですか?」
「違うよ! ディナーはディナー、ショウはショウだ。家でテレビ見ながら食ってるんじゃないんだぞ!」
「はー。そうなんだ」
言葉づかいが良くなってもこれだよ。
まだまだいろんなことを教えなきゃな、と思う先輩であった。
○≡
「無理を言ったわね」
「いえいえ、それを言うなのはこちらです」
バン! 音を立てて、真夜中のバンケットホールにまばゆいばかりの照明が灯る。
「当日はもっと暗めの照明です」
「・・・でしょうね」
クマが。白色光に照らされて隠れきれていない隈さんが、コンシェルジュのお姉さんの目元でくつろいでいる。
・・・ショウが終わったら何か差し入れましょう。
そう誓った女優の目が、鋭く会場をチェックする。
看板はよし。女優、俳優にこだわったのが馬鹿らしくなる看板には、芸名だけがかかれており。
何より会場は、このホテルで一番大きな場所である。
見なさい、これを。
こんなご時世というブーストはあるだろうが、最初小ホールで、という話があれよあれよと膨れ上がった理由に出演者がまったく関与していない、なんてことはないだろう。
「明後日、ベストを尽くすわ」
「はい」
ごしごしと目をこすりたいのをこらえつつ、コンシェルジュのお姉さんが答えた。
チェックを終え会場を後にするその背中は。
入ったときより明らかに一回り大きく。
会場のライトとは関係なく輝いていた。
○≡
「すごい人ですねぇ」
「そりゃどっち意味だ?」
不意の出来事に備え壁際に立つホテリエ二人のそばにまで、立ち見でもいいというお客さんが迫っている。
ディナーショウにも関わらず、料理などいらぬと食事とショウの間目指して集合するのだから、大したものだろう。両方の意味で。
「でも、なんかなんだよな」
「なんか、ですか?」
すごい人を集められるんだから大した人なんだろう。そうストレートに考える新人ホテリエには感じ取れないワクワクが、ある種の期待がそこにはあった。
「皆さま、本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。では聞いてください『星の降る街で』」
・・・往年の名曲を期待するワクワク感が。
「Oh!」
「ああっ」
完全に、かんっぜんにアウトである。このご時世では。
と、思われていたショウだが。
口コミが話題を呼び。
一回限りのはずが連日連夜。
ランチショウまで開かれるようになったのだから。
世の中わからないものである・・・。




