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女優 ホテリエ (1)

 自分がつとめていた頃 “女優” と呼ばれていた仕事は最近 “俳優” に統一されようとしているらしい。・・・馬鹿げた話である。などと言ったら、非難されるかもしれないが、かまうものか。そんな人にはこう問たい。なぜ男女平等にするというなら、男性の呼び名に合わせるのか? と。女優の反対語は男優ではないのか? と。男優はある特定の作品群の配役を連想させるからイメージが、と言い訳するなら、もっと頭を使え! と言いたい。

 既存の単語で済ませようと手を抜くから、違和を感じさせ、ん? となるのだ。

 そもそも俳優の俳には滑稽、ユーモラスなどという意味があり、現在の演技する人々を指す言葉に合致しているかというと・・・。


 ○≡


「はいはい! そのお話しはもう何回も聞きました! 結局、なんて呼べばいいか、結果出ないじゃないですか!」

 このホテルに就職したときにはすでに宿泊していた女性は、往年の名俳優、と呼ぶと怒る名女優さんだという。引退してからずっとこのホテルに連泊し、たぶん死ぬまで泊まるんじゃないかと言われている女性は「昔はねぇ、綺麗だったんだよ。いや、今でもね」主に上司、やっぱり年配の人々が口々に言うだけあって、歳を重ねた今も、長い髪に普段は隠れている顔が見れれば、あ、美人さんだな、と思う。

 ・・・起きている間はほぼ酔っ払っているので台無しであるが。

 

「この辺の空ビン片づけちゃっていいんですか?」

「空ならね~~」

 何がおかしいのか、ケタケタ笑いながらヒラヒラと手がベッドから振られた。

 一生ホテル住まいしても使いきれないほどの有り余る資産の、“余り” 部分が形を成したのは、酒瓶。日本酒、ビール、ワイン、ブランデー、ウィスキー、etc,etc,etc.と。

 その辺のスーパーで見かける銘柄から、一般人が一生、目にする機会が無さそうな奇怪な造形の高級酒が入った酒瓶は、このホテルの一番高い部屋のテーブルからあふれ、床まで侵食していた。


「空ならって・・・」

 ちゃぽちゃぽ。どの瓶も入っている。・・・ビールやシャンパン等、炭酸系の物を除いて。ぴったり、一口、または一杯分。


「ぜんぜん、片付けられないじゃないですか!」

 遠慮なく叫べるのは、長年の付き合いからくる気楽さと。

 この部屋が一番防音性能が高いからである。


 ○≡


「んで、結局今日も片付かなかったんですよ・・・」

 社員食堂のテーブルにペッタリと突っ伏して先輩に愚痴る。


「まあ、そんなもんだろうな」

 モグモグと噛んだモノを飲み込み終わった前担当者が、あんまり気の入っていない相づちを打つ。


「あれ、捨てちゃったらダメなんスかね?」

「検索してみ? ほら最近はスマホのカメラでできっだろ?」

 プライベートスペー(関係者以外立入禁止区)()の安心感から砕けた口調で会話していても、一線は越えない。


「それはさすがに、じゃないですか」

 たぶん部屋のヌシは気にも止めないだろうが、ホテリエとして客室で自分のスマホを取り出すなんてのは完全にNGだ。


「じゃ、ルイ十三世で検索してみ」

「・・・なんか甲冑着たおっさんが出ましたけど?」

「いや、酒をつけろよ! その流れだろ!」

 ぶっ! あまりに素直な入力結果にみそ汁を吹きかけて、辛うじて飲み込んで付け足す。


「あ! この瓶あった・・・って ?! ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー。ろ、六桁万円・・・」

「捨てちゃダメってわかるだろ」

「いや、いや! あの残りの一杯一口でもン万って! ほ、ほら、色が違ってましたよ瓶の色が!」

「ブラックパール追加で」

「桁が増えましたよ !?」

 再びテーブルにペッタリと突っ伏す担当ホテリエ。

 日々これ勉強である。


 ○≡


「てな、ことがあったンすよ」

「・・・言葉づかい」

「てな、ことがあったのでございます、よ?」

「なぁに、それ」

 三交代、二十四時間体制のホテルだが、さすがに深夜は静まり返っている。

 コンシェルジュのお姉さんもベルの聞こえる控え室に引っ込み、なんなら見回りと称してチョロチョロしている新人とおしゃべりしたり、コロコロと口に手を当てて笑ったりもする。


「ま、それはさておき。こんなご時世でも変わらない生活ができるのはうらやましいわね」

 化粧で隠しているが、頼れるお姉さんコンシェルジュの目元にうっすらと(くま)が見える。

「そうっス、いえ、そうですね」

 アレ(・・)が発表されてからは、ホテル業界にも影響あった。

 キャンセルの嵐でフロントが真っ青になったのもつかの間、「あれ? 泊まっていれば衣食住、いや、衣は無理だけど食住は任せられるんじゃね?」と今度は殺到する予約で真っ赤なったという逸話から始まり。


「『隕石をなんとかしてくれ!』って言われても。・・・困っちゃうのよねぇ」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」

 ホテルのコンシェルジュは宿泊客の様々な要望に答える仕事であるが、限界はある。

 宿泊費に含まれているとはいえ、基本、無料サービスに過度な期待をしてはいけない。


「・・・予算が青天井ならどうにかできるかも、かしらね?」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」


「実は私、某シェルターの予約とれるのよ」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」


「あなた、実は目を開けたまま寝てるわね?」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」

 カックンカックン、していた新人の頭がグラングラン揺れたかと思うと、ガクン! と前のめりにとまった。

 それでも、返事だけはできるのだからたいしたものだろう。


「・・・ほら、こんな状況だからディナーショウもキャンセル続きじゃない?」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」


「私、一人出てくれそうな人に心当たりあるんだけどなー、あなたは?」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」


「よかった! じゃ頼んでくれるわね?」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」


「お願いね」

「まあ、そうっス、いや、そうですね」


 教訓。人の前で無防備に寝てはいけない。

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