航海士 機関士 船長
ある日いきなり突きつけられた世界の滅亡は、それを知った地上の人々に様々な選択を迫った。
が。
まったく関係の無い人々もいた。
なぜなら彼らがいるのは “地上” ではないからだ。
海、うみ、ウミ、Umi。Sora、ソラ、そら、空、青、あお、Blue。
そこはAoや、ないんかーいと自身にツッコミを入れるタンカーの航海士がいるのは海上、それも陸から離れた大海のただ中だ。
船体があるため三百六十度、とまではいかないが、ほぼ全てに水平線がみえる。
どこぞのモデルさんが「白は二百色、黒は三百色ある」と言ったとか言わなかったと言われているが、いまここに彼女がいたら、聞いてみたい「青は何色ありますか」と。それほど雲ひとつ無い海上には “青” しかなかった。
オイルロードと呼ばれる中東から日本への航路は片道一万二千キロ、片道約二十日、何もなければどこの港にもよらない予定である。
つまりは、途中で「世界が終わるらしいんで有給使いたいんですけど」もしくは「仕事やーめた」とか言っても、船からおりられるはずもなく。抜けたことでシフトをめちゃくちゃにしやがって、と、白い目で見られる未来しかないのだ。
普通の人間ならそんな状況の選択は、現状維持一択である。
「まーた、海見てんのか」
空と海と船体しかないような甲板に、もうひとつ何があるかと聞かれれば “風” だろう。
一般人なら首をかしげる十一から十五ノットというスピードは、時速に直せば二十から二十八キロ。ちょっといい自転車なら出せる速度の風は船が走っている限り止むことはない。・・・偶然進路と同じ方向に同じ速度で吹かない限りは。
そんな偶然は滅多になく、今回も機関士の立てた足音は紛れ、船員の耳に届いたのは、彼が話しかけたのとほぼ同時だった。
「ええ、まあ。やっぱり見ちゃいますよね」
「・・・」
老機関士が過去を振り返った。
今は、今こそ、衛星通信? とやらでインターネットどころかその気になれば、日本との通話さえできる。・・・発信元の番号にプラスがつくので、かけてもかけても詐欺電話扱いで出てくれない、なんてことはあるが、昔はそうではなかった。航海中は完全に情報から切り離され、ビデオデッキが普及するまでは、船内の娯楽と言えばおしゃべり、「船員にむいているかどうかは、何回同じ話をされても、『それ前に聞きましたよ』と言わないこと」とか言われてた時代もあった。・・・らしい。さすがにその頃の人はもう引退しているが、それこそ若い頃は話しに聞いていた。
・・・何の話しだったっけな?
そうそうニュースだ、ニュース。
「こうして見てると、信じられねぇよな」
「ええ、まったく」
具体的な内容に触れず、極力現実から離して。
いつの間にか水平線に近づいた太陽は青を赤に染め上げ。
濃紺から深紅にグラデーションした空と海は。
数え切れないほどの。
この星にある全ての色を映していた。
○≡
「見えるかね?」
三直制=四時間働いて八時間休憩を繰り返す働き方では、当たり前に休憩時間が夜になることがある。船長はそうではないが、二十四時間何かしらの仕事をしている彼もまた、夜間に見回りしたりする。
「いえ。はい、見えてはいるんでしょうけど・・・」
昼間の船からの眺めが “青と青” なら、夜間の眺めは “闇と光” だろう。船下何千メートルの水底と続く海面は深く暗く、対照的に雲ひとつ無い空にはこれでもか! というほどの星が。星雲が、なんかもうよくわからないモノまで見えているんじゃないか、とまで思えるほどに浮かんでおり、下手をすると見上げている自分がどこにいるかさえわからなくなるぐらいだ。
都会では街明かりに邪魔されて見えない六等星が見えるのはもちろん、もしかしたらその下の七等星まで見えているんじゃないかという夜空の中には、当然、“かの天体” も含まれているはずなのだが、今度は対象が多すぎて判別できない。
「まあ、これだけあるとな・・・」
一応、船長も双眼鏡を首から下げていたが、覗くのはもうやめたようだ。
インターネットが船上でも使えるようになった現在、どこを見ればいいのかはすぐ検索できるが、見えた星が正解かどうかはさすがにまだ実装されていない。
「双眼鏡にもネットが繋がればいいんですけどね」
「違いない。・・・あんまり気にするなよ。アメリカの大統領も言ってただろう、なんとかするって」
「・・・なんとかなるんですかね?」
CGで。
最近流行りのAIで作成されたという予想図はそれほど衝撃的な物だった。
一度見たら忘れられず、船長に肩を叩かれても払拭できないほどに。
杞憂、という言葉がある。
中国古代の杞の国の住人が、空が崩れて落ちてこないか心配したという、意味の熟語は今、現実のものとなろうとしていた。
サイズとしては月よりも小さいはずなのに大きく見えるのは、距離が近いからだ。圧倒的に。
空を埋め尽くす、海とは違う漆黒。
なまじCGの星空が船上から見えるのに近いせいで、容易に重ねられる風景。
それはまさに。
“空が落ちてくる” としか言い様のないモノだった。
「どうだかな。軌道をそらすのに成功すれば、いままでどおり仕事をするだけだし・・・」
「・・・失敗したなら仕事することもなくなりますね」
「そうだな。結局やることは変わらないってことだ。・・・やめてくれよ? いきなり明日から『やーめた』とか」
「シフトがえらいことになりますもんね」
「ああ」
バン! と。
今回は強めに叩かれた背中の勢いのまま並んで歩き出した航海士を乗せ。
船は行く。
何事もなかったように。




