同時通訳者 詐欺師 補佐官
降って沸いた仕事、本来なら臨時収入を約束されるような事柄も当日、いや日付こそかわって明日だが、深夜に飛び込みでは普通の人なら迷惑と感じるだろう。
「視聴率どれぐらい、いくんですかね? 楽しみです」
それをそう言いつつ、うっきうきで準備できるんだから、お前この仕事むいてるよと内心誉めつつ、最近プロデューサーに昇格したのに、仕事内容はちっとも変わらない村藤は新人ディレクターのアダッチーに水をさした。
「あんまり期待はできないぞ。なんてったって『ゆく○くる年』状態なんだからな」
「んんっ? 何でここでN○Kなんですか?」
「そりゃお前・・・」
年が代わる前と後を伝える、民法各局が合同で制作していた番組が終わったのは、はるか遠い昔、昭和と平成が切り替わる頃。
あったりまえだが、誕生日欄の前のアルファベットで “H” にマルをつけるアダッチーが知っているわけがない。
チャンネルを変えても変えても、同じ番組をやっている例として上げた村藤は、自分の重ねた歳の重さに耐え兼ね、思わず膝を、両膝をつき、ついでに両手も床へとついた。
「ど、どうしたんです? 村藤さん!」
「なんでもない。ちょっと膝にきただけだ」
そういや、同じ画面が出るのを面白がっていたテレビは、ブラウン管で、お土産の木彫りのクマが。 弟と取り合ったリモコン、食べ終わっても香りが残っていた年越し蕎麦・・・。
不意に訪れた思い出に今度は涙腺をやられた村藤である。
「うっわ! 泣いてるじゃないですか! ほんとどうしたんですか村藤さん。オレなんかしました?」
「なんでもない! なんでもないから!」
「あー! アダッチーが村藤さん泣かしてるー」
「いっけないんだー」
「え? オレなんもしてませんよ? ねぇ村藤さん」
そう問い掛けられても、村藤はなんもいえねぇ状態である。鼻をかむまでは。
「おいおい! 何があったんだ?!」
村藤が自爆しただけである。
「あのプロデューサーを泣かすってよっぽど・・・」
白い目で見られるアダッチーだが完全に冤罪である。
「村藤さーん!」
今回、いきなり飛び込んできたアメリカ大統領の発表中継が、あのテレ東含め同時放送なのを説明しようとしただけでこの騒ぎである。
それだけ、重要な発表であった。
○≡
「それでは中継入りまーす」
緊張をほぐすためか、わざと平静をよそおった声に含まれる震えが、かえって細かくしきられた小部屋の空気にピリッとした風味を加えた。
いつもとなりにいる仕事相手と視線を合わせ、同時にひとつうなずく。
まだマイクはONではないはずだが、念のため声は出さない。
防音室独特の空気感と言うのだろうか?
外部の音が省かれているのに、なぜか内部の気圧がましたような雰囲気の中、モニターにアメリカ合衆国の大統領が写し出される。
均整の取れた身体を包むすらりとしたスーツに、視覚効果を考えて合わせられたであろうネクタイ。隙なく整えられた金髪の下にある、たぶんナチュラルメイクが施されているのに、そうとはわからない端正な顔は大統領になれるだけの歳を重ねているはずなのに、そうと感じさせない若々しさを保っている。
最近はルッキズム=外見至上主義は排除しようとする風潮が主流だが、ここまでされるとそれもどうか、となってしまう有り様だ。
そんな大統領が登壇し、鷲のマークがついた演台についた。
同時通訳者、一世一代の勝負が始まる。
「世界の皆さん、おはようございます」「あるいはこんにちは、またはこんばんわ」笑いが収まるまで小休止。「私はいま、あなた方に伝えねばなりません」「不都合な真実を」「いくつかの国では、周知の事実です。それは」「どこの国でも起こるわけではありませんからね。暴動は」笑いが収まるまで小休止。「とはいえほとんどの国民の皆さんは御存知でしょう。ネットで」「そう。いま、この」「私達が住むこの星には危機が迫っています」「人類史上最大の危機です」「詳しい数値は今は省略しますが」「隕石、とは呼べない規模の天体が衝突します」「必ず。絶対、確実に」「それは恐竜の絶滅したインパクト」「衝撃の比ではない災害をもたらすでしょう」ここで間。演説会場は静まり返っている。「何もしなければ」
「そう。『何もしなければ』です!」「告白しましょう我々」「各国、主要な国のリーダーはこのことを知っていました!」沸き上がりそうなブーイングを遮るように「なぜ沈黙していたか?」「準備を整える必要があったからです」間。困惑したような沈黙「すでにネットでは話題です」「ミサイルが」「数えきれないほどのミサイルが発射されました」「不明ですそれは」「どこにも着弾していません」「行方不明です」「不安ですか? いつ頭上に落ちてくるか」「決定的な破滅をもたらす弾頭ではないか」「発表します」「あれは核ミサイルです」「ですが不安なることはありません」「なぜならあれらの目標は宇宙なのです」ここで天を指さして間「いまこの地上に核ミサイルは存在しません」「すべて」「矛をかまえいがみ合っていたすべての国が同意しました」「この危機に全員で立ち向かうと」「ミサイルを持たない国も無力ではありません」「様々な計算を」「新規で作成されるミサイルの部品を」「主義主張」「その国の持つ意見を曲げてまで協力しました」「今は」
「我々は勝利します!」「絶対、必ずです」「いままでそうだったように!」「この星を!」「地球を!」「必ず救います!」間大歓声「いくつかの現象は目撃されるでしょう」「安心して下さい」「それは人類の抵抗です!」「勝利の証です!」「きたる最後の日は」「書き換えられます、こう」「史上最高の勝利の日へと!!」USA!、USA !! の大合唱。
「なんでUSA?」
「・・・それがアメリカよ」
中継が終わり、ON AIRランプの消えたブースの緊張感がやっと収まり、かわりに少しの汗臭さが香った。
やりとげた、大仕事を。
額に浮いた汗をハンカチで拭った二人の顔は輝いていた。
○≡
「少し一人してくれ」
うってかわって顔を曇らせていたのは、さっきまで史上最高に輝いていた男だった。
「大統領」
かける言葉を必死で探す大統領補佐官。
目の前の男が落ち込むのも無理はない。
嘘こそついていないが、真実をすべて話してもいない。
そしてその真実は、絶望の色をしていた。
「何が『勝利します』だ! 『救います』だ!」
大統領が振り回した腕が当たり、机の上の書類や電子パッドを床に落とす。
「・・・とんだ詐欺師じゃないか・・・。史上最低の・・・」
ついには膝をついて、両手で顔を覆う。
地上最高クラスの権力者をしてなお、その真実は重く背負いきれないものだった。
地上の全戦力をかけても救えるのは地球という星だけ、それも大部分だけ、だという事実は。
天体の軌道を最大限ずらしても地球にかする、その前に準備する時間があまりに足りない作戦は失敗するだろう。その場合かろうじて塊で残って半分だ。
そうなれば当然、うまくいってかすっただけでも自転公転、環境に大きな、なんて表現では追い付かないほどの影響がでる。
人類は、いや、いま地上にいる生物は助からない。確実に。
深海や地下深くにいる微生物が残るからなんだというのだ?
わかっている。ああ言うのが最善だったことは。でもこれから起こることが、作戦終了後から、その時まで、の時間が───
「誰がなんと言っても、私は君を許すよ」
───怖くなくなった。
「フォックス」
床の物を机の上に戻して出て行こうとしている補佐官を大統領は呼び止めた。
「なんだい? しばらく独りになりたいんじゃ・・・」
「ハッハッハ! どこにそんな暇があるんだ? やることは山積みだぞ? おいおい誰だよ、パッドの画面を割ったのは!」
「お前だよ!」というツッコミをこらえて、フォックス補佐官はデスクの電話の受話器を上げた。
なんでいきなり立ち直ったかは不明だが、落ち込まれるよりかは、張り切って仕事してくれる方がいい。
「ああ、フォックスだ。もう戻ってくれていい。あと電子パッドの新しいやつを持ってきてくれ」「色はピンクで頼む。そういう気分なんだ」
いや、ほんと。こいつどうしたんだ?
上機嫌にも程がある。
「ん? どした? 熱なんかないぞ?」
確かに。形のいい額に当てた手に異常は伝わってこない。・・・いっそ熱ければこの状態に説明がつくのだが・・・。
「タイガー。お前どうしたんだ?」
直に聞く。こうなれば。
「んー。教えなーい!」
よし。もういい。
考えるのをやめた補佐官は自分の仕事をする事にした。
次々と入る仕事を大統領の机にどれだけ積み上げられるかというチャレンジを。




