詐欺師
某市、某町、某丁目にある老舗ホテルの最上階の喫茶店は、知る人ぞ知る花見の穴場だった。宿泊者だけが利用できると勘違いされているそこは、実はフロントに声をかけさえすれば誰でも入れ、カウンターを除いたボックス席はすべて窓際で、ピンク色の固まりにしか見えないほど高くもなく、宴会の喧騒が届くほど低くもなく。
席を選べば、ガラス越しにてが届きそうな距離で花を観賞でき、また別の席では音声抜きの花見の様子を見て孤独を癒せる。
「・・・おかしな世の中になったもんだ」
そんな場所に一人座った男が、店内に流れるおとなしめのクラッシックにまぎれるように、自分の心情を吐露した。
○≡
男は世間一般で言うところの、詐欺師、だった。もちろん自分でもわかっている。それが仕事ではないことは。職業欄に堂々と書けるわけでもないし。それでいて今までの収入がなにによってもたらされたかと言えば、自分の容姿と口舌以外の何ものでもなく、むこうには嫌がられるだろうが、心理カウンセラーとか、経営コンサルタント、には近いんでは無いんだろうか? なんて、たまに思ったりしている。
「・・・」
去年はメニューに手書きで追加されるほど種類があった珈琲も、今はブレンドしかない。くる途中にすれ違った宴会も、今一つ盛り上がっていないか、逆に無理やり感が見てとれるほど大袈裟にバカ騒ぎしているか。
「世界の終わりか・・・」
なるほど、桜も見納めと分かれば、納得できる有り様だった。
「お代わりお願いします」
もとより高級、の部類に含まれていたホテル価格の一杯は、アレから徐々に値段を吊り上げ、いまでは津田さんか、樋口さんが必要だ。お釣は出るが、数枚の百円玉でしかなく、砂糖こそ使いたい放題だけれど、以前は可愛いポットに入っていたミルクは使い捨ての容器の長期保存できる植物油脂に代わり、ついてきていた小分けの豆菓子はいつの間にかはぐれている。
世界の終わり、世界の終わり・・・
それでも香り高さだけは変わらない一杯を口元に運び、男は人には聞かせられない思考の沼へと足を踏み入れる。
地球脱出ロケット、は・・・。
男の脳裏に最近はとんと見なくなったSFドラマの宇宙船があれこれと思い浮かぶ、が。
うん。無理だな。
すぐさま、考えを切り捨てる。
今は亡きスペースシャトルが七人乗り。
最近超注目されているアルテミス2が四人乗り。
地球上の人類は八十億だからパーセントにすると小数点以下に零が九つ並んでしまう。
某アニメのオーナインシステムと言えば、ほぼ不可能の代名詞。十往復でも百往復でも小数点の位置が一桁二桁しか動かないのでは、笑って、もしくは真顔でガチャ切りされる未来しか見えない。
なら。
シェルター。日本語で言うところの壕。それは、危険から身を守る避難場所。
「これは秘密なんですがね。実は某山脈の地下に太平洋戦争末期に造られた・・・」
いや、おかしいか。
M資金ネタが使いづらくなったのは、手口が広まったせいもあるが、件の戦争から時が経ちすぎたから、もある。
M資金と言われてピンと来ない世の中では、敗戦から八十年、少々気を早くすれば、ほぼ一世紀前の戦時に造られた施設が使えるなんて信じる方がどうかしている。
・・・経験上、それでも一定数、飛び付いてくる人間がいるのは知っているが。
「上級国民が密かに造っていたシェルターで、自分達の世話をさせる人を秘密裏に募集しているのです」
「ぱんぱかぱ~ん! あなたは政府の『日本人保存計画』に当選致しました!」
うん。こっちだな。
まあ、二つとも平時なら鼻息で吹き飛ばされそうな突拍子もない話しであるが、いまなら行けそう、ではある。
「なんて、な」
集団、ではなく個人事業主? の男ではどだい無理なお話であった。
時に何億、何十億と稼ぐ? 騙す地面師と呼ばれるグループでは、様々な役割を完璧にこなし、相手企業を手玉に取るそうだが。
ケチなロマンス詐欺、それも、最後は必ず相手にフラれて終わるような俺じゃあな。
「あ、もう一杯お願いします」
近頃珍しい喫煙席である。
しゅぴん、じっ。
格好だけには人一倍気を使っている男のライターは当然、使い捨てではない。
久しぶりに加えた一本は舌にほろ苦さを残し、吐き出した煙はため息を目に見せたのだった。
○≡
「あっ!」
からんからん! とドアベルが鳴り、入店してきた女性が男を見つけると嬉しそうに同じ席についた。
「待った?」
「いいや」
灰皿は代えてもらったし、さんざんお代わりしたコーヒーはトイレに立つついでに一回精算してもらっている。
「何か飲む? それとも食べるかい?」
喫茶店である以上、死守されている珈琲の他に、いまだナポリタンと玉子サンドとショートケーキもまた守られていた。
「いえ、・・・高いし」
「気にしなくていいよ。コーヒーとショートケーキを」
精算後、一杯目の伝票に記入させる=おごりは、一見気前が良さそうに見えるが、女性に借金している状態では支払いは彼女がしているようなものだ。
「お母さんの具合はどう?」
「それなんだけどね」
もちろん母の病気なんてのは金を借りる口実である。縁を切られてもう何年になるかもわからない母は、ピンピンしている、たぶん。
「実は・・・」
詳しくは教えてもらえなかったんだけど。曖昧に状況伝え、むこうからさらなる金額を口にさせる。
何度も使って、決まって最後は騙していたことをさりげなくばらし、「最低 !!」と罵られ、コップの水をかけられ、それでいて「お金なんてどうでもいい! 二度と顔見せんな!」を引き出してきた手口。男を一流の詐欺師と自負させている必勝法だ。
「退院したんだ」
「えーっ?! そうなんだ!」
「これ借りてたお金。保険がおりたから」
分厚い封筒中身は、表と裏の一枚づつが本物であとは、なんてことはなく。
最近は特集されることもめっきり少なくなった渋沢さんと、福沢さんが大集合している。
「今までありがとう」
「え。そんな・・・」
ふと。
心配の種のではあったが、男とのつながりがひとつ切れたことに思い当たった女性の顔が曇る。
「それで、ね」
「いやよ! 別れない!」
気まずい。相当に。
女性の前にコーヒーとケーキを置いたウエイトレスさんが、そそくさと足早に立ち去る。
店内にまばらに散ったお客が耳をそばだて、マスターは何事もなかったように、カップを磨いていた。
「これを受け取って欲しいんだ」
男が席を立ち、通路にしゃがみこむ。
「えっ?」
驚いているようで、今後の展開はすべて読めている。
それを意識せず女性が震える手で受け取ったビロードの小箱を開けた。
入っていたものは・・・。
○≡
騙すよ。キミを。一生。これから。
男は詐欺師であった。
自称、一流の。




