迷宮
ソレはよく見慣れた形をしていた。
丸くて、少し潰れている。
中にはあんこが詰まっている。
………ぼた餅だった。
何でこんな所にぼた餅があるんだ?
そもそも砂糖はこの世界に来てから一度も見ていない。
え、醤油はあっただろうって? 醤油はこっちだと木の汁なんだよ。ソースは怖くて聞いてない。
で、ましてやこんな迷宮の中にぼた餅。
意味が分からん。
上を見ても特に変わった所は無い。
穴とかあった方が安心できたのに。
空中に突如現れたぼた餅。
何か怖い。
食べる気はしないが持っていったらわらしべ長者とかになれるかもしれない。
持って行こう。
数十分後。
「また分かれ道かよ」
左、右。
今まで通り、右だ。
と思ったのだが左から変な音が聞こえた気がした。
魔物とかじゃなくて、人の声みたいな音。
……左に行ってみるか。
そこは例によって円い部屋だった。
真ん中あたりに金属製ゴーレムが5体ほど集っている。誰かを襲っているのか?
だったら何とかしなければ。
「“影爪”」
ラドルフとの訓練で使い慣れた魔法。
手頃なゴーレムをぶっ飛ばす。
急に仲間が消えて驚いたゴーレムはこちらを振り向…く前に爪に引っ掛けてさっき投げたやつの上に放る。
「“竜吐息”」
モリオンより威力は落ちるがゴーレム二体位ならドロドロに溶かせる。
核も壊せただろう。
そして残ったゴーレムもこちらに向かってきたが連携プレーが命の奴らは数がいなければただの雑魚、まとめて溶かして終わりだった。
俺はこんなのに苦戦するほど弱かったのかと思いつつ、真ん中あたりにいた誰かを見る。
じっくり観察する。
ガン見する。
……何だこいつ。
茶色の短い髪の毛、なめらかそうな白い肌の女の子。中学生ぐらいか。どこか(地球なら南米辺り)の民族衣装を着ている。
そこまではいい。
そいつの顔には目が無かった。
鼻と口はあるのに目がない。
一種のホラーだ。
「…地上の方、ありがと」
こちらを向いて笑った。
目が無いとここまで笑顔は怖いものなのか。
「私、クラリス、地上の方、私たち、地底人、呼ぶ。あなた、強い、私、助けてくれた、だから…」
何となく理解出来た。
魔族がいるなら地底人もいるだろう。
そして地底に住むなら目は要らない。
モグラみたいな奴らだ。
「お礼、村、来て?」
満面の笑み、目はない、ホラーだ。
「あ、うん」
でも脱出の手伝いをしてくれるかも知れない。何を使ってでも脱出しろと言われているのだ、地底人の少女くらい、いいだろう。
「嬉しい、でも、その前、薬、探す、私、落とした、丸い…」
薬だったのか、あのぼた餅は。
江戸時代に砂糖は薬だった的な?
何にせよ、拾っといて良かった。
「これのこと?」
「それ!」
ぱぁっと笑顔になる。
目が無いから怖いとは言えず、俺もにこにこ応じる。
「本当、ありがと、こっち、来て?」
クラリスは俺の手を引いて歩き出した。
***
地底人の村は何というか、歴史の教科書に載ってそうな、縄文時代を思わせるところだった。
クラリスと俺が村に近づくと竪穴住居みたいな家から数人の地底人が出てきた。
いずれも目は無い。
「誰?」
「恩人!」
何だろう、この会話。
これで成立しているところが凄い。
「入れ、幼き魔王」
初めての称号を貰った。
あんまり嬉しくない。
***
クラリスの家族の地底人たちとは簡単に打ち解けられた。クラリスと薬を無事に返してくれたからだと言っていたが。
「そうか、カトレヤ、苦労人」
話をしてみたら意外に気のいい奴らだった。
向こうも同じように思っていたらしく俺の配下になるのも面白そうだと言ってくれた。
「迷宮、難解、地底人でも、迷う」
そこでふと思い出したのだが洞窟の奥に“神器”があるなら地底人は何か知っているかもしれない。
「迷宮に底ってあるの?」
会話の流れ的におかしくないように言った。
漫画とかで“我らの秘宝が目的だったのか~”なんていう展開になるのは大抵ここでミスをするからだ。
秘宝なんて取らないよ~なアピールをした方が…逆に怪しいか。
「ある、でも、村長しか、知らない、呼んでくる?」
なんて身構えていたら意外とあっさりした返事で拍子抜けだ。
ああ、でも村長か。
ありがちなパターンでよそ者は出てけ、とかいいそうな響きだ。
「うん」
でも、村長には会っておくべきだろう。
……地底人、配下にしてみたいし。
クラリスが分かったと言って家を出た。
まさかのぼた餅でした。
ぼた餅は天井を移動している(逆さテケテケみたいなイメージで)ときに落としました。
魚が降ってきた事件と同じです。多分。
何で天井を移動してたかは次回判明します。
………きっと←こらぁ!
次回予告
村長が出てくる