古参の反発
ロスの休憩所が評判を集めるにつれ、ギルド内に小さな波紋が広がり始めた。それは、喜びと感謝の声だけではなかった。一部の古参冒険者たちの間で、ロスのやり方に対する不満が燻り始めていたのだ。
「……おい、聞いたか? あのFランクの穴埋め屋が、10層に宿なんか作ったらしいぞ」
「ダンジョンに宿だと? ふざけてる。そんなものは冒険者の精神を腐らせるだけだ」
冒険者用の酒場で、数人の年配の男たちが声を潜めて話している。彼らは皆、B級からA級の実力者で、長年ダンジョンと向き合ってきた顔ぶれだ。
「俺たちの時代は、あんな甘えはなかった。野営で眠り、立ちながら飯を食い、それでも生き延びてきたんだ」
「そうだ。緊張感がなくなれば、冒険者は腐る。あんな施設は撤去すべきだ」
彼らの不満は、単なる嫉妬や既得権益の喪失だけではなかった。彼らは本心で、ロスのやり方が冒険者の質を落とすと信じていた。厳しい環境で鍛えられてこそ、真の強者が生まれる。その信念が、彼らをロスへの反対へと駆り立てていた。
さらに、別の場所では、エルフのドルイドたちも動き始めていた。彼らの長老であるエルダは、ロスの休憩所を「自然への冒涜」と断じていた。
「ダンジョンは生きている。その内部に結界を張り、壁を改造し、人間のための空間を創るなど、許されざる行為だ」
エルダはギルドに抗議文を提出し、ロスの活動を即時停止するよう要求した。彼女の言葉には、多くのドルイドたちが同調した。
「私たちは自然の声を聞く。ダンジョンは苦しんでいる。あの男の建築が、ダンジョンの心を傷つけているのだ」
数日後、ロスはギルドでエルダと対面することになった。彼女は真剣な表情で、ロスの前に立っている。
「ロス・グレイヴァー。あなたの建築は、ダンジョンにとって害でしかありません。どうか、その活動を中止してください」
ロスは彼女をじっと見つめ、そして静かに答えた。
「なぜ、害だと言えるのですか? 俺が作った休憩所で、多くの冒険者が助かっています。それが何か問題ですか?」
「問題は、人間の都合で自然を変えていることです! ダンジョンは魔物と人間が共存するための場所ではありません。人間は挑み、魔物は防ぐ。それが自然の摂理です」
「摂理、ですか」
ロスは軽く息を吐いた。
「確かに、それが何百年もの間のルールでした。しかし、そのルールは誰が決めたのですか? 神ですか? それとも、ただの習慣ですか?」
「……それは」
「もしそのルールが正しいのなら、なぜ多くの冒険者が死ななければならないのですか? なぜ、安全な場所を作ることが悪なのですか?」
エルダは言葉に詰まった。彼女は何か言いたげだったが、ロスの論理に反論できずにいる。
「……あなたは、自分が何をしているのか、本当に分かっているのですか?」
「分かっています。俺は、死ぬ確率を減らしているだけです。それだけです」
ロスはそう言うと、その場を去ろうとした。だが、エルダは最後に一言、彼に投げかけた。
「ならば、あなたは決してダンジョンに認められないでしょう。自然は、あなたのやり方を許さない」
ロスは振り返らずに答えた。
「……それでも、俺は自分のやり方を貫きます」
その後、ロスがダンジョンへ向かうと、入口で数人の古参冒険者たちに呼び止められた。彼らは皆、険しい表情をしている。
「おい、穴埋め屋。俺たちはお前のやり方に反対だ」
「あんな休憩所は必要ない。俺たちは野営で十分だ」
ロスは彼らを見渡し、静かに言った。
「使いたくなければ、使わなければいい。俺は誰にも強制していません」
「ふん! それが本音か? ならば、我々は一度もお前の施設を使わずに、深層を攻略してみせる。お前のやり方が間違いだと証明してやる!」
ロスは肩を竦めた。
「どうぞご自由に。ただし、その結果は自分たちで責任を持ってください」
古参冒険者たちは怒りをあらわにして去っていった。ロスはその背中を見送りながら、小さくため息をついた。
「……まあ、仕方ないか。人はそれぞれ考え方が違う」
彼はそう呟き、ツルハシを担いでダンジョンへと足を踏み入れた。今日も、彼の仕事は続く。




