スタンピード前兆
ロスの休憩所に対する反発は、次第に形を変えていった。古参冒険者たちは「俺たちは野営で十分だ」と宣言し、ロスの施設を一切使わないことを徹底した。彼らはダンジョン内でテントを張り、簡易的な食事で凌ぎ、魔物の襲撃に備えて交代で見張りを立てた。
「ふん、何が休憩所だ。昔ながらのやり方で十分だ」
「そうだ。俺たちはあんな甘えは必要ない」
彼らは誇りを持ってそう言い続けた。だが、日が経つにつれて、その疲労は確実に蓄積されていった。
一週間後──彼らの顔には明らかに疲れの色が浮かんでいた。目の下にはくまができ、動きも鈍くなっている。それでも彼らはロスの休憩所を利用しようとはしなかった。
「……大丈夫か? お前、かなり疲れてるぞ」
「気にするな。これが冒険者の道だ」
リーダー格の男はそう言って仲間を励ましたが、彼自身もまた、足取りが重かった。
その頃、ロスは20層の調査を進めていた。10層の休憩所の成功を受け、次の施設をどこに建設するか検討しているのだ。
「20層は……比較的安定してるな。魔物の種類も多いが、生態系はバランスが取れている」
彼はノートに図面を描きながら、慎重に計画を練っていた。その時──
ドゥン……!
ダンジョン全体が低く震えた。それは、先日のレッドマンティス出現時とは明らかに異なる振動だった。もっと深く、もっと重い。まるで何かが地下深くで動き出したかのような感覚。
「……何だ?」
ロスは顔を上げ、壁に耳を当てた。遠くから、大量の足音が聞こえる。それは規則正しく、そして徐々に大きくなっている。
「まさか──」
彼は反射的に地上へ向けて走り出した。10層、5層、1層──急ぎ足で階段を駆け上がり、ギルドへと飛び込む。
「リリア! 異常事態だ! スタンピードが起きるかもしれない!」
リリアは驚いて顔を上げた。
「スタンピード? 本当なの?」
「ああ。20層以深から、大量の魔物が動いている。しかも、こっちに向かってきている」
その時、ギルドの入口から慌てた冒険者が駆け込んできた。
「大変だ! 10層でオークの大群が確認された! 数は──数百、いや、数千だ!」
ギルド内が一瞬で騒然となった。冒険者たちは武器を手に取り、慌てて準備を始める。
「それだけじゃない。進路には──」
ロスは息を呑んだ。オークの進路は、まさに先週ロスの施設を拒否した古参冒険者たちの野営地を真っ直ぐに通っていた。
「……まずい」
彼はすぐにドレイクの部屋へと向かった。
「ギルドマスター! 古参冒険者たちの野営地が、スタンピードの進路にかかっています! 即座に避難指示を!」
ドレイクは険しい表情で頷いた。
「わかった。だが、彼らは頑固だ。お前の言うことを聞くかどうか──」
「聞かなくても、俺は行く。彼らを助けられるのは、俺だけだ」
ロスはそう言い残し、ギルドを飛び出した。彼の心には、怒りも憎しみもなかった。ただ、一人でも多くの命を救いたいという、純粋な思いだけがあった。




