新たな依頼
ロスが特別技術顧問に就任してから一週間が経った。ギルド内での彼の扱いは、以前とは明らかに変わっていた。受付で名前を呼べば、リリアがすぐに書類を用意する。冒険者たちも、彼が通る際には道を譲るようになった。ただし、その目にはまだ戸惑いと興味が混ざっている。
「ロス、新しい依頼だよ」
リリアがカウンターの上に一枚の書類を置いた。ロスが手に取って読むと、そこには「10層における休憩所の建設」と書かれている。
「10層? 中ボスの手前か?」
「そう。今、攻略組が最も苦労しているのが10層の中ボス『岩砕きの巨像』だ。あいつが強すぎて、多くのパーティが撤退を余儀なくされてる。そこで、中ボス手前に安全な休憩所を作ってほしいという要請だ」
ロスは書類をじっくりと読み込んだ。要件は「冒険者が安全に休息できる拠点」「魔物の侵入を防ぐ結界」「水と食料の備蓄」「負傷者の応急処置スペース」──どれも彼にとっては造作もないことだった。
「わかった。引き受ける」
「本当? よかった。じゃあ、資材はギルドが用意するから、明日からでも——」
「いや、資材は現地調達でいい」
リリアは目を丸くした。
「現地調達? 10層の石材は脆いって聞いてるよ? それで建物なんて作れるの?」
「圧縮形成で硬化させる。問題ない。それに、資材を運ぶ手間が省ける方が早い」
ロスはそう言うと、依頼書をポケットにしまい、ツルハシを担いで立ち上がった。
「今から行ってくる」
「え? 今日?」
「明日やるより今日やった方が早い。夕方までには戻る」
ロスはそう言い残し、ギルドの裏口へと歩いていった。リリアは呆れたようにその背中を見送ったが、同時にどこか安心もしていた。彼がそう言うのなら、きっとやってのけるだろう。
10層に到着すると、空気が一気に重くなった。1層から5層までは比較的明るく、湿度も低いが、10層になると暗く、じめじめとした空気が漂う。壁面には苔が生え、ところどころに地下水が染み出している。
「……ここか」
ロスは中ボスの手前にある広めの洞窟を見つけた。天井は高く、床面積は約五十平方メートル。十分な広さだ。ただし、壁は脆く、ところどころにひびが入っている。
「まずは壁の補強からだ」
ロスは壁に手を当て、魔力を流した。圧縮形成で、脆い石材を密度の高い岩盤へと変えていく。壁面はみるみるうちに滑らかになり、ひびは消えた。
「次に結界石を埋める」
彼は腰から取り出した小さな袋から、四つの魔石を取り出した。ギルドから支給された高級品だ。これに魔力を込め、洞窟の四隅に埋め込む。さらに天井と床にもそれぞれ埋め込み、計六つの結界石で空間を覆った。
「──『座標固定』」
ロスがスキルを発動すると、結界石が淡い光を放ち、洞窟全体が包まれた。魔物の気配が一瞬で遠のく。これで、ここは完全な安全地帯になった。
「さて、次は建物だ」
ロスは床面に手を当て、石材を切り出しながら、壁を積み上げていく。彼の手は休むことなく動き、石が積まれ、削られ、磨かれていく。窓の位置、ドアの高さ、天井のアーチ構造──すべてが彼の頭の中で設計されている。
数時間後、洞窟の中に一軒の石造りの建物が完成していた。外壁は厚く、内壁は滑らか。中には簡易ベッドが六台、清浄な水が出る魔道具、調理用の炉、そして薬品を保管する棚まで設けられている。
「よし、これで完成だ」
ロスは汗を拭い、完成した建物を見渡した。彼の中では満足のいく出来だったが、外見はかなり質素だ。装飾もなく、ただの石の箱にしか見えないかもしれない。
「まあいいか。機能が大事だ」
彼はそう呟き、地上へ戻るため歩き出した。
ロスが地上に戻ると、ギルドは騒然としていた。早速、休憩所の噂が広まり、冒険者たちが次々と利用を希望しているという。
「もう使えるのか?」
「たった一日で? 本当か?」
リリアは慌ててロスに問いかけた。
「ああ、使える。結界も完璧だ。水も出る。ベッドもある」
「……本当に、信じられない。普通、あれだけの建築には一週間はかかるのに」
「俺は普通じゃないからな」
ロスは軽く笑った。彼の目には、次の計画がすでに浮かんでいる。20層にも同じような施設を作ろうか、それとも30層に宿泊施設を——。
彼の頭の中は、次の建築でいっぱいだった。




