評価の逆転
ロスが特別技術顧問に任命されてから、ギルド内の空気は微妙に変わっていた。彼がカウンターに立つたびに、冒険者たちの視線が一斉に集まる。かつては「掃除屋」「地味」と嘲笑の対象だった男が、今やギルドマスター直々の顧問だ。その変わりようは、一部の者には面白くなく、また一部の者には新鮮に映った。
「おい、あのFランクが特別顧問だって?」
「噂の穴埋め屋か。レッドマンティスを壁で防いだとか」
「本当か? ただの生産職だろ?」
ロスはそんな噂に一切構わず、今日もツルハシと測定棒を手に、ダンジョンへと向かおうとしていた。だが、受付のリリアが彼を呼び止めた。
「ロス、ちょっと待って。ギルドマスターが呼んでるよ」
「またか。何かあったのか?」
「……どうやら、王都から使者が来てるみたい」
ロスは眉をひそめた。王都からの使者となれば、ただ事ではない。彼はツルハシを置き、ギルドマスターの部屋へと向かった。
部屋の中には、ドレイクと、見慣れない二人の男がいた。一人は真っ白な礼服を着た壮年の男性。もう一人は、顔の半分を覆うフードを被った細身の人物だ。白服の男が口を開いた。
「あなたがロス・グレイヴァー殿ですか?」
「そうです。何か用ですか?」
「私は王都ギルド本部の監査官、アルバートと申します。こちらの方は……」
アルバートが隣のフードの人物を指す。その人物がフードを外すと、現れたのは銀髪の長い耳を持つエルフの女性だった。彼女の瞳は深い緑色で、どこか威厳を感じさせる。
「……私は、深緑の森のドルイド長老、エルダと申します」
エルダはそう言って、ロスをじっと見つめた。その視線には、評価と警戒が混ざっていた。
「ドルイドがなぜ……?」
「あなたの行いについて、報告を受けました。ダンジョンに結界を張り、壁を改造し、魔物の生態系に干渉した——と」
エルダの声は冷たかった。ドルイドたちは自然の秩序を重んじる。ダンジョンもまた、彼らにとっては自然の一部だ。その構造を変えることは、冒涜に等しい行為と見なされることもある。
「……あなたは、ダンジョンを破壊している、と言いたいのですか?」
ロスが静かに尋ねると、エルダは一瞬言葉に詰まった。彼女はすぐに答えを返した。
「破壊というよりは……歪めている、というべきでしょう。あなたは魔物の侵入を防ぐ壁を作り、人間が安全に滞在できる空間を創り出した。それは確かに便利でしょう。しかし、それはダンジョン本来の在り方を変えてしまっているのです」
「在り方、ですか」
ロスは軽く肩を竦めた。
「では聞きますが、ダンジョン本来の在り方とは何ですか? 魔物が人間を殺し、人間が魔物を殺す。それだけですか?」
「……それは」
「確かに、それが何百年もの間のルールでした。しかし、それが正しいとは限らないでしょう。俺はただ、死ぬ確率を減らしただけです。それのどこが悪いのですか?」
ロスの問いに、エルダは沈黙した。彼女は何か言いたげだったが、言葉が出てこない。
その時、アルバートが口を挟んだ。
「ロス殿。あなたの活動は、確かに革新的です。しかし、反対派もいるということをお忘れなく。これからの行動は慎重に——」
「慎重に、ですか。それは結構ですが、俺は自分のやり方でやります。誰かに止められる筋合いはない」
ロスはそう言い放つと、踵を返して部屋を出て行った。ドレイクは苦い顔でそれを見送り、エルダは複雑な表情を浮かべていた。
その後、ロスがダンジョンへ向かうと、入口で新人パーティのカイルが待っていた。彼は何かを決意したような顔で、ロスに頭を下げた。
「ロスさん! 俺たち、あなたに謝りたいんです。あの日、あなたの忠告を無視して奥へ進んだこと。本当にすみませんでした」
「もういいよ。気にしないで」
「いえ、それだけじゃありません。……俺たち、あなたのやり方を見て、自分の間違いに気づきました。戦闘だけが全てじゃない。守ること、整えることにも価値がある。そう思えたんです」
カイルは顔を上げ、まっすぐにロスを見た。
「だから、俺たちも改めてやり直そうと思います。Sランクを目指すのは変わらないけど、その前に、基礎を見直します」
ロスはしばらく彼を見つめ、そして微笑んだ。
「……それはいい決断だ。頑張れよ」
カイルたちが去った後、ロスは一人でダンジョンへと足を踏み入れた。彼の前には、無限の可能性が広がっている。これから何を作ろうか。どこを直そうか。彼の頭の中には、すでにたくさんのアイデアが溢れていた。




