驚愕の救助劇
救助隊の面々は、ロスが作ったシェルターの前に立ち、しばし言葉を失っていた。
通路の入り口には二重の壁がそびえ立ち、その間には空気層が設けられている。壁面は驚くほど滑らかに磨かれ、継ぎ目すら見当たらない。さらに内部には、ベッド、水場、照明、換気ダクト、簡易トイレ——すべてが整然と配置されていた。
「……これを、たった一夜で?」
「ええ。魔物に壁を叩かれながらですが」
ロスが平然と答えると、ガルドは深い息を吐いた。彼はAランク冒険者として十年以上のキャリアを持つが、こんな光景は初めてだった。
「お前、本当にFランクか?」
「戦闘スキルはないので、そうなります」
「戦闘スキルがなくても、これだけのことが出来れば、十分すぎる価値がある。……いや、むしろ、戦闘職より貴重かもしれない」
ガルドの言葉に、他の救助隊員たちも頷く。彼らはダンジョンの過酷さを身に染みて知っている。長期滞在の際の最大の敵は魔物ではなく、疲労と睡眠不足、そして水と食料の不足だ。ロスの作ったシェルターは、それらすべてを解決していた。
「しかし、まさかレッドマンティスが5層に出るとはな」
「何か異常が起きている可能性があります。深層の魔物が浅い層に上がってくるなんて、普通はありえません」
ロスの指摘に、ガルドは真剣な表情で頷いた。
「その通りだ。ギルドでも調査を進める必要がある。まずは地上に戻ろう。お前たちも、詳しい話を聞かせてもらうぞ」
救助隊は新人パーティの四人とロスを連れて、地上へ向かった。5層から1層までの道のりは、通常なら数十分だが、負傷者もなく、全員が健脚だったため、あっという間にダンジョンの出口へとたどり着く。
外の空気が顔を撫でる。太陽の光が眩しい。新人たちは思わず目を細めた。
「……生きて帰ってこれた」
「ロスさんのおかげだな」
カイルがロスに向かって深く頭を下げた。他の者たちも続く。
「ありがとうございました。もしあなたがいなければ、俺たちは間違いなくあの化け物にやられていました」
「礼には及ばない。俺も巻き込まれただけだ。それに、あの階段を補修したのは俺だからな。君たちが暴走しなければ、魔物も呼び寄せなかったかもしれない」
ロスの言葉に、カイルたちは顔を赤らめた。彼らは確かに、ロスの補修エリアを無視して奥へ進んだのだ。
「……すみません。俺たち、焦りすぎてました。Sランクを目指すって言っても、実力が伴ってないのに」
「いいや。焦る気持ちは分かる。だが、ダンジョンは甘くない。次からは、周囲の状況をもっとよく見たほうがいい」
ロスはそう言って、ギルドへと歩き始めた。彼の背中は、いつもと変わらず軽やかだった。
ギルドに到着すると、早速、ロスは詳細な報告書の作成を求められた。彼はカウンターでペンを走らせ、図面を描き、説明を加える。その手際は驚くほど速く、正確だった。
「……これを、たった一晩で?」
リリアが報告書を受け取り、目を通しながら、何度も同じ質問を繰り返した。
「ええ。素材はすべて現地調達です。魔力の消費も、大したものじゃありません」
リリアは溜め息をついた。彼女はこのギルドで五年働いてきたが、こんな報告書は初めてだ。そこには「緊急遮断壁」「換気ダクト」「簡易水槽」「照明」「ベッド」「トイレ」「調理設備」——すべてが図面付きで詳細に記載されている。
「……これをギルドマスターに見せます。ちょっと待ってて」
リリアは報告書を抱えて、奥の部屋へと駆け込んだ。数分後、彼女が戻ってきて、ロスをギルドマスターの部屋へと呼び寄せた。
ギルドマスターのドレイクは、厳つい顔に無精ひげを生やした、合理主義者として名高い男だ。彼はロスの報告書をじっくりと読み終えると、しばらく沈黙した。
「……ロス・グレイヴァー。お前は、Fランクの生産職だな?」
「はい」
「そのスキルで、これだけのことが出来るのか?」
「スキルは『圧縮形成』と『座標固定』だけです。あとは工夫と経験です」
ドレイクは深く息を吸い込み、そして決断した。
「ロス。お前をギルド直属の『特別技術顧問』に任命する。ランクはFのままでも構わないが、給与はAランク相当を支給する。了承するか?」
ロスは少し驚いたが、すぐに笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。でも、報酬は銅貨5枚のままでもいいですよ。俺は穴埋めが好きなんで」
ドレイクは思わず笑いを漏らした。
「……変わり者だな。だが、それがダンジョンを変えるかもしれない」
こうして、ロスの新たな道が始まった。彼はまだそのことに気づいていなかったが、この一件が、やがてダンジョンそのものを変える大きな一歩となることを、誰も予想していなかった。




