密室(シェルター)建築
外では、レッドマンティスが壁を叩き続けている。鈍い衝撃音が規則的に響き、ときおり鋭い爪が石材を削る耳障りな音が混じる。だが、ロスの作った二重の壁はびくともしない。むしろ、彼が壁に魔力を送り込むたびに、その硬度はさらに増している。
「……なあ、本当に大丈夫なのか? あの化け物、まだ居るぞ」
若者の一人が、声を潜めて尋ねた。彼の名はカイル。赤い髪が特徴の剣士で、このパーティのリーダー格だ。まだ十代後半といった風貌だが、目には焦りと不安が浮かんでいる。
ロスは振り返らずに答えた。
「大丈夫だ。あの壁は、圧縮率を90%以上に上げてある。鋼鉄よりも硬い。魔物の爪ごときじゃ、簡単には壊せない」
「……本当かよ」
「本当だ。ただし、ずっと叩かれ続ければ、いずれは疲労でひびが入る。だからその前に、ここを長期間滞在できる空間に変える」
ロスはそう言うと、作業を始めた。まず、彼は袋小路の入り口にあった二重の壁の間に、空気層を追加した。外側の壁と内側の壁の間に、さらに薄い壁を二枚作り、それぞれの間に数センチの隙間を設ける。これで衝撃が内部に伝わりにくくなるだけでなく、音も大幅に遮断される。
「……すげえ。石を自由に動かしてる」
「お前、本当にFランクか?」
新人たちが驚きの声を上げる。ロスはそれには答えず、次に天井を見上げた。
「問題は換気だ。ここは袋小路だから、新鮮な空気が入ってこない。長時間いると息苦しくなる」
彼は天井に手を当て、スキルを発動した。石材を溶かすようにして、細い穴を上に向かって開けていく。直径はわずか十センチ。人間が通れるサイズではないが、空気は通る。さらに、その穴の内部に蛇行した構造を作り、魔物が侵入できないようにした。
「換気ダクトの完成だ。これで空気は確保できる」
続いて、ロスは地面に掌を当てた。彼の指先から魔力が流れ込み、石材が柔らかくなり、まるで粘土のように変形する。彼はその床面を掘り下げ、四角い水槽を作り出した。深さは三十センチ、幅は一メートルほど。
「水は……魔石の応用で浄化できる。このダンジョンには水分が十分にある」
彼は壁面に埋め込まれていた小さな魔石をいくつか取り出し、水槽の底に配置した。魔石に魔力を流すと、周囲の空気中の水分が凝縮し、水滴となって水槽に溜まり始める。さらに、その水は魔石の作用で不純物が除去され、透明度の高い清水へと変わった。
「飲めるのか?」
「ああ。俺は何度もこれで飲んでる。問題ない」
ロスは続けて、壁面に照明用の魔石を埋め込んだ。微弱ながらも、空間全体を照らすには十分な光が広がる。暗がりに怯えていた新人たちの表情が、少しだけ和らいだ。
「次にトイレだ。お前たち、緊急時に備えて、隅っこに仕切りを作る」
ロスは袋小路の最も奥まった場所に、薄い石の壁を作り、簡易的な個室を設けた。中には深さ五十センチほどの穴を掘り、周囲を圧縮して防水処理を施す。
「用を足したら、上から砂をかぶせておけ。衛生的には問題ない」
「……ここ、本当にダンジョンの中なのかよ」
「宿屋より設備が整ってるぞ……」
新人たちは次第に驚きを通り越して、感嘆の声を漏らし始めていた。
ロスはさらに、壁に棚を彫り、携帯食料と水筒を並べる。そして、腰に下げていた小さな袋から、金属製の携帯コンロを取り出した。彼はそのコンロを床に置き、魔石の熱でお湯を沸かし始める。
「コーヒーでも飲むか? さっきの騒ぎで疲れただろ」
ロスが差し出したのは、陶器のカップに入った香り高いコーヒーだった。新人たちは呆気に取られてそれを受け取る。一口すすると、その温かさと香りに、緊張がほぐれるのが分かった。
「……美味い」
「だろう? 俺のブレンドは自慢なんだ」
ロスは自分もカップを手に取り、壁に寄りかかって座った。外では相変わらず魔物が壁を叩いているが、その音は遠く、まるで別の世界の出来事のように感じられた。
「なあ、ロスさん。あんた、本当にFランクなのか?」
「ああ。戦闘スキルは一切ないからな」
「でも、こんなにすごいのに……」
「すごいかどうかは分からない。ただ、俺はこれが好きなんだ。穴を埋めて、壁を直して、建物を作る。それで人が助かるなら、それでいい」
ロスはそう言って、コーヒーを一口すすると、目を閉じた。外の騒音はやがて遠くなり、彼の意識は静かな眠りへと落ちていった。




