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迷宮建築士  作者: 冷やし中華はじめました


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2/15

イレギュラー発生

ロスが地上へ向けて階段を上がり始めた、その瞬間だった。


ドゥン……!


ダンジョン全体が低く唸り、壁が震えた。天井から砂塵がパラパラと落ち、松明の炎が一瞬、揺らぎ消えそうになる。それは普段のダンジョンにはない、明らかな異変の気配だった。


「……何だ?」


ロスは足を止め、振り返った。さっきまで補修していた5層の東階段方向から、何かが聞こえる。それは、人間の叫び声だった。


「うわあああっ!!」


「逃げろ! 化け物だ!」


若者の声だ。先ほどロスがすれ違った、あの新人パーティの連中に違いない。


ロスは一瞬迷った。彼は戦えない。Fランクの生産職にできることなど、たかが知れている。だが、彼の仕事は「ダンジョンを安全にすること」だ。そして今、彼が補修したばかりのエリアで誰かが悲鳴を上げている。


「……ちっ」


彼は舌打ちし、階段を駆け下りた。ツルハシが腰でカチャカチャと鳴る。測定棒を握りしめ、崩れた階段を飛び越え、さっきまでいた東側通路へと向かう。


曲がり角を曲がった瞬間、ロスはその光景を目にして、文字通り凍りついた。


通路の壁が無数にえぐられている。深い爪痕、砕けた石材、血痕——そして、その中心に立つ巨大な影。


「……冗談だろ」


それは、真紅の甲殻に包まれた、体長五メートルはあろうかという巨大な昆虫型の魔物だった。頭部には複眼がぎらつき、二本の前脚は鎌のように湾曲し、鋭い刃の縁を持っている。全身から放たれる圧倒的な威圧感は、明らかにこの層のレベルを超えていた。


『深紅の捕食者レッドマンティス』——本来なら地下20層以深に生息する、Aランク相当の危険種だ。


「な、なんでこんな浅い層に……!」


ロスは本能的に壁際に身を伏せた。魔物はまだ彼に気づいていない。その視線は、通路の奥で縮こまっている新人パーティの四人に向けられている。


「動くな! 気配を消せ!」

「お、お前が言うなよ! どうするんだ!」


若者たちはパニックに陥っていた。一人は剣を抜いたが、手が震えてうまく構えられない。別の者は魔法の詠唱を試みるが、恐怖で声が上ずっている。リーダー格の男だけが何とか正気を保ち、後退しながら指示を出そうとしているが、それも空回りだ。


レッドマンティスがゆっくりと前脚を掲げた。獲物を仕留めるための、あの鎌が。


「まずい!」


ロスは咄嗟に手を伸ばした。彼のスキルは、触れた物質を圧縮・成形するものだ。しかし今、彼が触れているのは壁の石材。それをどうにかできないか——


「——『緊急遮断壁』!」


叫びと同時に、ロスの掌から放たれた魔力が壁面を伝い、通路の入り口部分に分厚い石の壁を瞬間的にせり上がらせた。高さは天井まで届き、厚さは一メートル。表面はぎらつくほどに圧縮されている。


ガキィィィン!!


レッドマンティスの鎌がその壁を叩いた。鋭い金属音が響き、火花が散る。壁には深いひびが入ったが、貫通はしなかった。


「な、何だ!?」

「壁が!?」


若者たちが驚愕の声を上げる。ロスはその隙に、彼らに向かって叫んだ。


「こっちだ! 急げ! 脇道がある!」


彼は自分の作った壁の裏側から、横手の細い通路へと手を振った。新人たちは我に返り、転びそうになりながらも必死で駆け寄る。最後の一人が通路に飛び込んだ瞬間、レッドマンティスが再び壁を叩いた。今度はひびがさらに広がる。


「くそっ……!」


ロスはすぐさま、その脇道の入り口にも第二の壁を作った。先ほどの緊急遮断壁よりも薄いが、その分素早く形成する。二重の壁で隔てられた狭い空間は、袋小路の奥へと続いている。


「はぁ……はぁ……な、何者だよあんた……!」


リーダー格の若者が、肩で息をしながらロスを見る。彼の顔は恐怖で青ざめていた。


「ロス。Fランクの穴埋め屋だ」


ロスは簡潔に答え、自分の作った壁に耳を当てた。外側では、レッドマンティスが執拗に壁を叩き続けている。音と振動が伝わってくるが、二重構造になった壁は、単独よりもはるかに強固だ。


「とりあえず、今のところは突破されない。だが、いつまでも持つかは分からない。あの魔物は執念深い」


「じゃあ、どうすれば……!」

「落ち着け」


ロスは振り返り、袋小路の空間を観察した。幅三メートル、奥行き五メートル。天井は高く、換気は悪い。壁面は粗い石材で、ところどころにひびが入っている。


「まずはここを安全な場所にする。お前たちは大人しくしてろ」


ロスはそう言うと、壁に手を当てて魔力を流し始めた。外では魔物が暴れているというのに、彼の目はどこまでも冷静だった。


「……本当に、Fランクなのかよ」


若者の一人が、震える声で呟いた。ロスは答えず、ただ黙々と作業を続けた。


数十分後、壁を叩く音は止まなかったが、ロスは確信を持っていた。この壁は、少なくとも数時間は持つ。そしてその間に——彼はここに、完璧なシェルターを築き上げるつもりだった。

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