家賃徴収の日々
会員制ラウンジが軌道に乗り始めてから、ロスの生活は一変した。彼はもはや「穴埋め屋」ではなく、「ダンジョン不動産王」と呼ばれるようになっていた。毎日のように新しい施設の建設依頼が舞い込み、彼のスケジュールは建築と設計で埋め尽くされている。
「ロスさん、20層のラウンジの拡張工事、今月中に終わりますか?」
「ああ、問題ない。ただし、資材の追加発注が必要だ。ギルドに頼めるか?」
「わかりました。すぐに手配します」
リリアは慌ただしく書類を整理しながら、ロスの指示をメモしていく。彼女もまた、かつてはロスを「穴埋め屋」とからかっていた一人だが、今では彼の右腕として働いていた。
「……そういえば、今日も新しい会員が三人来たよ。Sランクのパーティだ」
「Sランクか。また増えたな」
ロスは軽く驚いた。会員制ラウンジの評判は、既に王都全体に広まっている。特にSランクの冒険者たちは、長時間のダンジョン探索で疲弊する体を癒すために、積極的にロスの施設を利用していた。
「それだけ、需要があるってことだよ。あなたの作る施設は、どこも評判がいい」
リリアが微笑む。ロスは少し照れくさそうに頭をかいた。
「……そうか。それはよかった」
彼はそう言って、カウンターに置かれた今日の収支報告書を手に取った。そこには、会員からの利用料として集まった魔石や金貨がリストアップされている。その額は、彼が以前銅貨5枚で穴埋めをしていた頃とは比べ物にならないほど大きかった。
「これだけあれば、次のプロジェクトにも十分投資できるな」
ロスはノートに新たな計画を書き込んだ。30層に宿泊施設、40層に温泉リゾート、そして50層以深には大規模な採掘基地──彼の頭の中には、次々とアイデアが湧き出てくる。
その日の午後、ロスは10層のラウンジへ向かっていた。定期的なメンテナンスのためだ。施設に到着すると、数人の冒険者がくつろいでいる。彼らはロスを見ると、軽く手を挙げて挨拶をした。
「お、ロスさん。今日もメンテナンスですか?」
「ああ。何か不具合はあったか?」
「いや、全く。快適そのものだよ。ここに来るまでは、ダンジョンでこんなに休めるなんて想像もしてなかった」
冒険者はそう言って、コーヒーカップを掲げた。ロスはそれに軽く会釈し、施設の点検を始める。壁のひび割れ、結界の強度、水の出方──どれも問題はなかった。
「……順調だな」
彼が満足げに頷いていると、一人の老齢の冒険者が近づいてきた。彼は白髪の髭を蓄えた、貫禄のある男だ。ロスは彼の顔に見覚えがあった。先週、会員になったばかりのSランク冒険者だ。
「ロス・グレイヴァー殿。お会いできて光栄です」
「ありがとうございます。何かお困りですか?」
「いや、そうではない。ただ、あなたの施設を使って、長年の疑問が解けた気がしたのだ」
老冒険者は語り始めた。彼は若い頃からダンジョンに挑み続け、多くの仲間を失ってきた。そのたびに、「なぜ死ななければならないのか」と自問していたという。
「しかし、あなたの施設を見て、ようやく分かった。死は避けられるものだ。そして、避けるために知恵を使うことは、決して恥ではない」
ロスは彼の言葉を静かに聞いていた。そして、微笑んだ。
「……俺はただ、穴を埋めているだけです。それ以上でも以下でもない」
「その穴埋めが、どれだけの命を救っているか、あなたはご存じないでしょうね」
老冒険者はそう言って、深々と頭を下げた。
「これからも、どうかその道を続けてください」
ロスはその背中を見送りながら、改めて自分の仕事の意味を考えた。彼は決して英雄ではない。ただ、自分の好きなことを続けているだけだ。しかし、その好きなことが、誰かの役に立っている。それだけで十分だった。




