第三章第三話『ロンギヌス』
「常世隊長、休日なのにすみません。模擬戦をお願いしてもいいですか?」
ギルドの休日。
ユダは朝食を食べると、第一部隊隊長の常世の執務室にやって来てそうお願いした。
常世はユダの願いを優しく受け入れてくれて、早速訓練場で模擬戦を行うことになった。
「…魔剣を試してみたいのか?」
「はい、そうです。帰郷して得たこの魔剣の真価、試させてください!!」
訓練場の土を踏み締めながら、ユダは腰の魔剣を軽く叩いた。
自身の故郷であるウェストン領に帰り、名匠に作ってもらったユダだけの魔剣『ロンギヌス』。
それを今、刀剣流の剣王である常世に試そうとしているのだ。
「なら、少しばかり本気でいかしてもらおう」
そう言って常世は腰にかけた魔剣『常世』を手に取った。鞘に収まったままであったが、明らかに異質な空気を出していた。
常世が静かに柄へ手をかけると、訓練場全体の空気が一瞬で重く張り詰めた。
鞘に収まったままの魔剣『常世』から放たれるのは、圧倒的な密度の魔力と剣気。五感を取り戻し、以前にも増して隙のなくなった常世の佇まいは、まるで目の前にそびえ立つ巨大な壁のようだった。
「……っ!」
ユダはゴクリと唾を飲み込んだ。
肌を刺すようなプレッシャー。だが、以前のようにその威圧感に怯えて竦むようなことはもうない。
(俺はもう、ただ守られるだけの存在じゃない。この剣と一緒に、前へ進むって決めたんだ)
ユダは腰の魔剣『ロンギヌス』の柄に手を伸ばす。
ウェストン領で頑固な鍛冶師と向き合い、父親との確執を乗り越え、自分の覚悟を叩き込んで打ち上げてもらった一振り。手に馴染む独特の重みと、まるで意思を持っているかのように静かに脈動する魔力が、ユダの右手にしっかりと伝わってくる。
「ふぅ……」
息を深く吐き出し、ユダは一気に魔剣『ロンギヌス』を抜き放った。
金属音ともつかない、透き通った重厚な刃鳴りが響き渡る。研ぎ澄まされた刃は美しい蒼光を帯び、ユダの魔力に応じるようにその輝きを増していった。
「良い魔剣だ」
常世が、感心したように目を細める。
「君の魔力と実によく馴染んでいる。その剣はユダ君という主を得て、真に生かされているようだ」
「常世隊長……行きます!」
ユダは足裏でしっかりと土を捉え、勢いよく地を蹴った。
剣士として叩き込まれた基本の足さばき。そこに魔剣から溢れ出す威力が乗る。ただの突進ではない。直線的な加速でありながら、一切の無駄を削ぎ落とした鋭い一撃。
(踏み込み、一閃――!)
「――ハァッ!」
ユダの放った鋭利な一線が、蒼い光の軌跡を描いて常世へと迫る。
対する常世は動じない。鞘に収まったままの魔剣『常世』を最小限の動きで持ち上げ、ユダの刃の軌道へ正確に置くようにして受け止めた。
強烈な衝撃波が巻き起こり、訓練場の砂塵がぶわっと周囲に舞い上がる。
「くっ……!」
常世の腕はピクリとも動かない。だが、ユダの足元は揺らがなかった。以前の自分なら、常世の受けの一撃だけで体勢を崩され、吹き飛ばされていたはずだ。
いまのユダは、魔剣『ロンギヌス』を通じて全身に滑らかに循環する魔力と、自らの体幹をがっちりと連動させ、常世の重圧を受け止めていた。
「ほう……見事な踏み込みだ。剣に振り回されることなく、しっかり己の脚で立っている」
「まだまだ……ここからです!」
ユダは押し合いの体勢から瞬時に刃を滑らせ、一歩踏み込んで追撃の横薙ぎを放つ。
魔剣『ロンギヌス』が空間を割くたび、蒼い光刃の残光が幾重にも重なって常世を包み込んでいく。
「いいぞ、ユダ君!」
常世の目が鋭さを増す。
鞘のままの魔剣でユダの連撃を正確に弾き、時に受け流しながら、その攻撃の重さと冴えを一つひとつ確かめるように受け止めていく。
甲高い打撃音がテンポよく響き渡り、二人の動きは訓練場の中を縦横無尽に駆け巡る。
(軽い……! いや、剣が軽いんじゃない。俺の魔力と完全に同調してるんだ!)
ユダは自らの手の中に収まる『ロンギヌス』の感覚に戦慄し、そして歓喜していた。
常世から貰った前の剣が折れた時、心の中にぽっかりと空いた穴。それが今、この新しい相棒によって、より強固な覚悟となって埋まっていくのを感じる。
「俺は……『勇者』なんて大層な役割のために戦うんじゃない! リンを守るために、仲間と共に生き残るために……俺自身の意思で、この剣を振るうんだ!!」
魂の叫びとともに、ユダは渾身の力を込めて魔剣を振り下ろした。
蒼い魔力が爆発的に膨れ上がり、一筋の巨大な光の刃となって常世へと襲いかかる。
「素晴らしい」
常世は低く呟くと、ついにその手で魔剣『常世』の柄を僅かに押し上げ、鞘を数センチだけ滑らせた。
溢れ出る圧倒的な魔剣の威圧。
常世は鞘に収まったままの剣身で、ユダの渾身の一撃を正面から真っ向受け止めた。
ズドォォォンッ!!
訓練場全体が大きく揺れ、激しい風が二人を中心に吹き荒れる。
「だがまだだ」
常世が踏み込んだ。
「なっ……!?」
速い。五感を取り戻した常世の踏み込みは、影すら残さないほどの速度だった。
一瞬前まで目の前にいたはずの常世が、次の瞬間にはユダの懐へと潜り込んでいる。
(視界から……消えた!?)
視神経が追いつかず、ユダの身体も動かなかった。
だが魔剣だけは違う。
ユダの魔剣『ロンギヌス』。多くの魔剣が能力を持っているように、『ロンギヌス』も能力を持っている。
そしてその能力は『一度斬った軌跡を世界に刻み込み、十二秒後、その同じ場所へより強大な斬撃を再び発生させる』というものだ。
そして今、きっかり十二秒が経過した。
ユダの体は常世の接近に反応できない、だが魔剣『ロンギヌス』による二度目の斬撃はユダの意思とは関係なく発動する。
「っつ!!」
より強化された斬撃が常世を襲った。
――ガキィィィンッ!!!!
訓練場を揺るがすほどの重厚な衝撃音が爆ぜた。
無の空間から突如として現れた蒼い光の断層。十二秒前にユダが放った一撃の軌跡が、世界に刻まれた記憶から呼び覚まされ、倍以上の密度を持った斬撃となって常世の首元へ跳ね上がったのだ。
「……ッ、これは……!」
常世も思わず瞠目し、斬撃の対処で動きが一瞬止まる。
だがそれも一瞬。
ユダの『ロンギヌス』と常世の『常世』が相対しぶつかる。
凄まじい衝撃波(主に常世の力によって)が起きて、砂塵が舞った。
静寂が戻ってきた時、二人は距離を詰めたまま静止していた。
ユダの『ロンギヌス』は、常世の掲げた鞘によってピタリと止められている。
「ハァ……ハァ……っ」
肩を大きく上下させながら、ユダは息を整える。全身の筋肉が熱く脈打ち、魔力を使い果たしかけていたが、その瞳には澄み渡った達成感が宿っていた。
常世はゆっくりと魔剣『常世』を腰に戻すと、優しく口元を緩めた。
「見事だ、ユダ君。その魔剣『ロンギヌス』は、間違いなく君の最高の相棒だ。そして今の君は、もう『魔剣に呑まれるのではないか』などと案ずる必要もないくらい、力強い剣士になっている。魔剣に呪われていた俺からしたら、羨ましいくらいだ」
「常世隊長……」
「これなら……これから向かう共和国遠征でも、君は仲間たちを守る盾となり、道を切り拓く剣となれるだろう。自信を持て」
常世の手が、ユダの肩をトントンと優しく叩く。
「はい……! ありがとうございました、常世隊長!」
ユダは魔剣『ロンギヌス』を丁寧に鞘へと収め、深々と頭を下げた。
遠く王都の街からは、休日を楽しむ人々の賑やかな声が風に乗って届いてくる。
カフェでリンとイチカが交わしているような、穏やかで温かな日常。
(守ってみせる。俺のこの剣で、絶対に)
腰に伝わる魔剣の心地よい重みを感じながら、ユダは間近に迫る決戦の地、共和国への遠征に向けて、力強く頷いたのだった。




