第三章第四話『会議』
「で、今回の招集の案件はなんだ? っていうか赤髪はまだこないのか?」
常世がユダと模擬戦をした午後、常世を含めたギルドの各部隊の隊長一同が一斉に会していた。
普段、部隊内で仕事は完結しているため部隊同士での繋がりはかなり薄く、それは隊長達にとっても同じだ。
そんな中でも全員が集まったのは珍しいことだった。
「アリサ殿、ギルドマスター殿も忙しいはずです。あまり急かすのは良くないのでは?」
机の上で組んだ足を豪快に置いて威圧的な態度を示す第二部隊隊長、本名アリサ・スカーレット。
苛立ちを隠せない彼女を優しく宥めるたのは、ユダ達が所属する第一部隊の隊長である常世、本名出雲要だ。
そしてその光景を一歩離れたところで見て、「若い奴らは元気じゃの」と茶々を入れるのが第三部隊の隊長である
「はっ、だまれよジジイ。アタシ達を呼んでおいて茶も出さずに、待たせる赤髪が全面的にわりぃだろ。部隊のやつらがこんな仕打ちをしてきたら、容赦なく殴るね」
「まぁまぁ、そんなにカリカリするんじゃない小娘。ワシとは違って時間は沢山あるんじゃし」
そう言って長い白髭を蓄えた好々爺のような笑みを浮かべるのは、第三部隊隊長の老人である。
その時、重厚な会議室の扉が勢いよく開け放たれた。
「おうおう! 待たせたな、お前ら!!」
部屋に入ってきたのは、トレードマークの赤髪を少し乱暴にかき上げながら、不敵な笑みを浮かべるギルドマスター、アルデバランだ。その手には何枚もの複雑な魔力紋様が描かれた報告書が握られている。
「遅いぞ、赤髪! アタシ達の時間を何だと思ってやがる!」
アリサは溜めにためた怒りを発散するため、アルデバランに蹴りかかった。しかし彼はアリサを一瞥することなく、書類に目を落としながら軽く小指で彼女の猛攻を止める。
「相変わらず威勢がいいな、アリサ。だがな、今日はその威勢を向けるべき相手が他にいるんだよ」
アルデバランはアリサの脚を小指で軽々とはじき返すと、ドカリと上座の椅子に深く腰掛けた。
「ギルドマスター直々の招集だけあってちゃんと集まってくれたな、感謝する」
アルデバランが謝辞を述べて頭を下げる。
頭を上げた次の瞬間、アルデバランの表層は鋭い物へと変わっていた。
「今回の招集の理由は来るべき共和国遠征についてだ」
「…待ってください。特務部隊隊長のサミュエル殿がまだ来ていません」
「……ああ、サミュエルか。あいつなら忙しいから無理だってよ。まぁあいつは特別だからしょうがねぇ」
「そうか……あいつらしいな。自由すぎるだろ、特務部隊ってのは」
アリサは呆れたように大きな溜息をつき、椅子の背もたれに深く体重を預けた。
「まあいい。サミュエルのことだ、どうせもう現地に潜り込んで単独で情報収集でも始めてるんだろ。あいつの行動力だけは認めざるを得ねぇからな」
「左様ですね。サミュエル殿が先行して動いてくれているのであれば、これほど心強いことはありません」
常世も静かに頷き、納得した様子で表情を引き締める。
「……よし、じゃあ本題に入るぞ」
アルデバランは手元の複雑な魔力紋様が描かれた報告書を、ポンと会議卓の中央に投げ置いた。紙面から青白い魔力がゆらりと立ち上り、共和国の立体的な地図が浮かび上がる。
「凄い魔道具ですね」
思わず常世は感嘆の声を上げた。
「まぁな」
アルデバランはどこか含みのある返事をした。あまりこの魔道具については聞かないほうがいいらしい。
「ま、出自はどうあれ便利に使えりゃ文句はねえよ」
アリサはそれ以上追求せず、脚を組み直して浮かび上がった立体地図に鋭い視線を向けた。
「で、その大層な魔道具を使って見せたい『本題』ってのは何だ? 共和国の情勢ならアタシの部隊でもある程度は掴んでる。大罪教の蠢きが活発化してるんだろ」
「ああ、察しが良いな」
アルデバランの顔から先ほどまでの軽い笑みが消え、会議室の空気が一瞬で張り詰めた。彼は立体地図の特定エリア——共和国の首都のさらに向こう側を示した。
「「「『聖域』」」」
三者が一気に声を漏らした。
アルデバランが示した五大国を守護する絶対的な魔獣。聖獣が住まう場所である『聖域』だった。
「おい待て赤髪!! 大罪教は聖域を、聖獣を狙っているていうことか!?」
「そういうことだ」
アルデバランは深く頷き、腕を組みながら凶暴な光を瞳に宿らせた。
「そもそも大罪教が出雲で何を狙っていたか覚えているか?」
「神櫻、及びそこにある『記憶』です」
実際に出雲遠征に赴き、大罪教の野望を打ち砕いた常世が答える。するとアルデバランは続けて常世に質問した。
「なら大罪教は何の『記憶』を求めていると思う?」
「剣帝や魔帝といった超越者達の技術的な記憶でしょうか?」
それがもっとも兵器的な運用で効率的と考えた常世はそう答えたが、アルデバランは首を横に振って「いや、違う」と一言。
ならば大罪教はいったい何を
「大罪教が求めていたのは、死んだ『大罪者』の転生先だ」
「おいおい赤髪、てめぇーの話はおかしいぜ。神櫻に記録されているのは死んだ過去の人間の記憶だ。なんでそこに未来の情報である、大罪者の転生先があるんだよ」
アリサの反論は至極当然のものであったが、この世界には未来を知ることができる存在がいるのだ。
「先代『観測者』だ。権能者の一人である観測者は必ず、各権能者の転生先を観測したはずだ。だから先代観測者の記憶を得ることができれば、大罪者の転生先を知ることも可能だ」
「ほう…」
「こっちに先代勇者の転生体である勇者が渡ったんだ。ならば大罪教も先代大罪者の転生体を見つけるために、その転生先についての情報を知ろうとするのが当然のはずだろう?」
「だけどなんで聖獣なんだ?」
「共和国の成獣には神櫻に似た能力を持っている。だから成獣を支配してそこから情報を知ろうとしているのだろう」
「だから俺達はそれを阻止して、逆に俺達が転生先の情報を得る。そして転生先の身柄を確保する」
「…身柄を確保してどうするのですか?」
常世は冷たくアルデバランを見た。
「お前なら分かっているはずだ。ユダは権能者を全員倒して全部の権能を集めて、管理者になる運命にあるってこと。だから無害な形で大罪者の身柄を確保できたらーー」
つまり大罪者が無害な少年だったりただの少女でも、ユダは心を鉄にして殺さないといけない。全ては権能者が背負っている、権能を全て集めて管理者にならないといけないという残酷な運命のせいだ。
「もういいです。彼に酷いことをさせないといけないことは分かっていますから…」
「辛気臭い雰囲気を出すんじゃねぇ!! 要はアタシたち第一、二、三部隊の合同遠征で大罪教の野望を打ち砕けばいんだろ!!」
アリサが豪快に言い放った。
「いや第三部隊には王都の警備のために残ってもらう。だから第一と第二部隊の合同だ。頼めるか常世にアリサ」
「当たり前だ!!」
「承知しました」
アリサは腕まくりをしてやる気をしめしながら言い放ち、常世は対照的に静かに頷いた。
まるで真反対な二人だが、常世ならこの暴れ馬のようなアリサも上手く使えるだろうと、信頼を向けた目線を思わず彼に送る。
「肝心なことですが、俺達はどんな理由で共和国に入国すれば?」
ギルドは一応、アアル王国から直属に王都の警備を任された民間組織だ。その行動はアアル王国の総意だと思われる可能性がある。
そんな中共和国に何の名目も無しに入国するのは、下手をすれば戦争に発展しかねない。故に常世は理由を求める
「ない!!」
アルデバランがはっきりと言い放つと常世は頭を抱え、アリサは「分かりやすくていいじゃねか!!」と満足そうな顔をした。
「悪いが出雲遠征の『同盟を結ぶ使者の護衛』みたいな大義名分は今回ない。だからまぁ堂々と入国する」
「そんなことは共和国騎士団との戦闘は免れませんし、アアル王国におけるギルドの信頼は地に落ちますよ? それでもギルドマスター殿は強引な選択を取ると?」
常世は冷たく知性的な目でアルデバランを見た。
アルデバランに目に宿るのは、彼の道化のような言動から考えられない熱意で、彼が只人ではないことを認識させる。
「あぁ隊員達を危険な目に合わせても俺達は大罪教の目論見を阻止しないといけない。悪いが理由を作ってる時間はないんだ、分かってくれ」
「ふん、腹はくくったぜ。要するに、国の顔色窺ってモタモタしてる間に大罪教に先を越されるよりは、後で王様どもに怒られる方がマシってことだろ。アタシは嫌いじゃねぇよ、そういう破れかぶれの強行突破はな」
アリサが不敵な笑みを浮かべ、拳を固く握りしめた。
常世は深々と溜め息をつき、静かに首を振る。だが、その瞳から迷いの色は完全に消えていた。
「……了解いたしました。ギルドマスターがそこまでの覚悟をお持ちであれば、第一部隊隊長としてそれに従いましょう。ただし、隊員たちの命とギルドの意志を守るため、現場での判断は私とアリサ殿に一任していただきます」
「おう、当たり前だ! 現場の指揮は現場の隊長が一番分かってるからな。頼んだぞ、常世、アリサ」
アルデバランは二人の顔を力強い眼差しで見つめ、深く頷いた。
「出発は三日後だ。結構時間がないが、事前にある程度の準備はさせておいたから無理ではないはずだ。……ユダを『勇者』のことをちゃんと頼むぞ。俺達はあいつのために命を賭けるんだからよ」
「理解しています。ユダ君の覚悟は本物ですが、無駄な迷いを背負わせる必要はありませんからね」
常世は穏やかな笑みを浮かべつつも、背負うものの重さに密かに胸を痛めた。
王都のカフェで、リンと他愛もない笑い声を交わしていたイチカ。
訓練場で、己の存在証明をかけて『ロンギヌス』を振るっていたユダ。
彼らが守ろうとしている日常のすぐ裏側で、残酷な運命を賭けた大遠征の歯車が、激しく回り出そうとしていた。
「よし! 作戦会議は終わりだ! 野郎ども、死ぬ気で準備しな!!」
アリサの威勢の良い声が会議室に響き渡り、ギルドの最高幹部たちはそれぞれの使命を果たすべく、決意を新たに立ち上がったのだった。




