第二章幕間『帰還⑤』
「あぁ…全員あつまったな。なら朝の定例集会を始めるぜ」
リンやノアが所属する第二部隊の会議室。
声を上げたのは第二部隊隊長アリサ。燃えるような赤髪で男勝りの性格をしている。
実はユダの友人であるフェリスの姉なのであるが、それを知る人物は少ない。
前で話すアリサの隣には副隊長でリンとノアの友人である、リリが厳かなオーラを放ちながら立っていた。
だが普段の常世を推してやまないリリの姿、「あぁ~常世隊長尊い!!」と常世を見ると発狂することを知っているため、何にも怖くなかった。
「第一部隊の遠征隊がこっちに帰ってきた。お前らの中にはそこに彼氏、彼女がいるやつがいて浮かれてるかもしれねーが、仕事はちゃんとしろよ。特にリン!!」
「なんでですか!?」
急に名指しされたリンは、バッと座っていた椅子から立ってアリサを不服そうな顔で見た。
ノアに至っては「あぁリさんやっぱり彼氏いたんだ…うぅ…うぅ…うぅ」と死にそうなぐらい、暗い顔をしてちじこまっている。
「ち、違うってばノア! 私はただ名指しされたことに抗議しただけで――って、ノア聞いてる!?」
完全に心の殻に閉じこもってしまった親友の姿に、リンは集会の最中であることも忘れて大慌てで声をかけた。隣の席で「うぅ……」とシクシク擬音が出そうなほど小さくなっているノアは、もはやアリサ隊長の威圧感ではなく、自分の中の妄想の絶望と戦っている。
「静かにしろ、リン。ノアはもう…手遅れだ…」
アリサがフッと意地の悪い笑みを浮かべて腕を組む。その隣で、厳かなオーラを放っていたはずの副隊長リリは、手元の資料で顔を半分隠しながら、
「ねぇリリ! リリまで変な妄想を膨らませないでよ! っていうか、今日の定例集会ってあたいのプライベートを突っつくための集まりなんですか!?」
リンが頬を真っ赤にしながら抗議の声を上げると、アリサは「ケッ」と面白くなさそうに鼻を鳴らし、トントンと机の上の書類を指先で叩いた。
「不真面目なリンやノアは置いといて話を戻すぜ」
おい、とリンは突っ込みたくなったが、これ以上話が逸れると大乱闘になりそうだったので、大人しく自重してちゃんと椅子に座る。
隣でちじこまっているノアを膝の上に載せ、彼女に髪をいじっていく。
「……あうぅ、リンさんの手が優しくて、あたい余計に泣けてくるよぅ……」
ノアはリンの膝の上で完全に小さくなりながら、その心地よい手の感触に身を委ねていた。気が弱くて思い込みの激しい彼女にとって、リンのこのお姉さんのような甘やかしは特効薬だ
まぁ実際のところリンがユダと同い年の16歳なのに対して、ノアは18歳とノアの方がお姉さんなのである。
ノアを愛でながらもちゃんと耳はアリサの話を聞いていた。
「そもそも今回の出雲遠征は、『大罪教が何らかの目的を持って、出雲と共和国に手を伸ばしている』って情報を大罪教の内通者から得て始まった。そして出雲があたりだったってことは、次は共和国だ。近いうちに第一部隊とあたしたち第二部隊の合同で『共和国遠征』に行くことになる」
(遠征…)
リンの頭にはその言葉が反芻していた。
「お前らピリピリしすぎだ。第一部隊のアホどもが武器を壊しまくったせいで、その調達で遠征は早くても一カ月後だ。だからまだ時間はある。…今のうちに死ぬ準備をしておけ」
冗談か、はたまた本気で言っているのか分からなかったが、脅し文句としては十分すぎて顔をひきつらせるしかなかった。
「アリサ隊長。みんなが怖がるので冗談はよしてください」
そう言って書類の束で彼女の頭を叩いたのは、我らが副隊長リリだ。
「痛ぇな! 別に冗談じゃねぇよ、現実味を持たせて覚悟を決めさせようとしたんだろうが!」
アリサは叩かれた頭を押さえながら乱暴に振り返るが、リリは至って冷静に冷ややかな視線を返した。
「言い方というものがあります。ただでさえノアは既に限界なのですから」
そう言ってリリが指さした先では、リンの膝の上でノアが「あたいの人生……ここで終わるんだ……」と完全に虚無の表情を浮かべて魂を抜けかけさせていた。
「ノアが死んだ!! アリサ隊長の人でなし!!」
リンはノアの骸を抱えながら、アリサのことを非難する。
「うるせぇ!! アタシのせいじゃないだろ!!」
「まだ死んでないわよ、リン。ノアの精神が少し遠くへ旅立っているだけだから」
リリが呆れたようにそう溜め息を吐くと、手元の資料でノアの顔をぱたぱたと扇ぎ始めた。その甲斐あってか、ノアの瞳にうっすらと光が戻ってくる。
「……あ、あたい……三途の川の向こうで、リンさんが彼氏と幸せそうにしてる幻が見えたよぅ…」
「どんな幻見てるの!? っていうか彼氏の話から離れてノア!」
思わず叫んだリンに、会議室の各所からクスツと小さな忍び笑いが漏れ聞こえた。そんな隊員たちの様子に、アリサは「あーもう、脱線しまくりだな! アホどものせいで!!」とガシガシ頭を掻きむしる。
「おいリリ、茶化してねぇでさっさと本題のまとめに入れ! このままだと集会が終わらねぇ!」
「言われなくても。……コホン、いいですか皆さん」
リリは一転してキリッとした表情に戻り、パンと一度手を叩いて全員の視線を集めた。
「アリサ隊長の言い方は非常に雑でしたが、伝えたかった意図自体は事実です。共和国での任務は、大罪教の本格的な介入が予想される以上、これまでにない危険を伴います。第一部隊との合同遠征とはいえ、相応の覚悟と実力一ヶ月で培ってください。私と隊長だけでは守れない命も多いですから」
「……うう、分かってます。リリ副隊長」
リンは膝の上のノアをしっかりと抱き直し、表情を引き締めた。ノアもまだ顔色は青いものの、リンの服の裾をぎゅっと握りしめて小さく頷く。
「よろしい。……なお、第一部隊の常世隊長も遠征に同行される予定ですので、第二部隊としては第一部隊の足を引っ張らぬよう、完璧な後方支援と戦闘バックアップを――」
「ちょっとリリ、最後私心がダダ漏れてる!!」
「私心とは失礼な。常世隊長の華麗なるお姿を間近で拝見しつつ、戦果を挙げるのは部隊の士気向上において極めて重要な要素です」
「真顔で言うことじゃないでしょ!?」
副隊長の思わぬ暴走に、今度はアリサが「お前が一番不真面目じゃねぇか!」と書類の束でリリの頭をはたき返した。
アリサは暴れるリリを片手で抑えながら――
「よし、本日の定例集会は以上! 通常業務をしながらも、訓練と遠征の準備に取りかかれ!」
アリサの号令とともに、隊員たちが一斉に立ち上がり始める。
リンもノアの手を引いて立ち上がり、光が差し込む廊下へと足を踏み出した
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