第二章幕間『帰還②』
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「え待って。なんで私ユダと添い寝してるの!?」
朝、窓から差し込む眩しい光の中で、リンの頭は完全にフリーズした。
目の前には、スースーと無防備に寝息を立てているユダの寝顔。手を伸ばせば触れられる距離どころか、ほぼ同じ毛布を分け合うような形で、ぴったりと横に並んでいたのだ。
(違う、違う! 昨日の夜は、ただ見守るだけのつもりで椅子に座ってたはず……!)
必死に混乱する脳内で記憶を巻き戻す。 あまりの疲労に耐えかねて、いつの間にかベッドの端に突っ伏して眠ってしまい、夜中に無意識のうちにベッドに潜り込んでしまったのだろうか。
「ひゃ、ひゃあぁ……!」
パニックのあまり変な悲鳴が口から漏れそうになり、リンは慌てて両手で口を塞いだ。ここで大きな声を出してユダを起こしてしまったら、気まずさで一生顔を合わせられなくなる。
心臓が耳元でうるさいくらいにドクドクと脈打つ。
そんなリンの動揺も知らず、ユダは「うう……」と小さく唸り、さらに寝返りを打ってリンの方へと体を向けた。
(近い近い近い!!!)
リンは限界まで体をのけ反らせ、音を立てないようにベッドからずり落ちるようにして脱出した。 床に座り込み、真っ赤になった顔を両手で覆いながら、荒くなった呼吸を整える。
「……心臓に悪すぎる。もう、本当に何やってるんだろ私……」
自問自答しながら、まだ温かいベッドの上で気持ちよさそうに眠る幼馴染を、リンは恨めしそうに見つめるのだった。
「ふにゃ……」
床に座り込んで赤くなっているリンの目の前で、ユダが小さく声を漏らしながら、ゆっくりと目を開けた。 まだ完全に覚醒していないぼんやりとした瞳が、床で頭を抱えているリンを捉える。
「……あれ、リン? なんでそんなところに……」
「あ、あははは! お、おはよーユダ! いやぁ、今日の床は一段と冷えてて気持ちいいなーって思ってさ!」
リンは立ち上がり、引きつった笑顔を浮かべながら不自然な言い訳をまくし立てた。 そんなリンの様子を、ユダは不思議そうに眺めながら、ゆっくりと上体を起こす。
「そ、そうなんだ……。っていうか、俺、本当にリンの部屋で一晩中寝てたんだな。なんか、すっごくよく眠れた気がする……」
そう言って、ユダは伸びをしながら「ふはあ」とあくびをした。 どうやら彼は、リンが夜中に同じベッドに入ってきたこと(そして今朝、隣で添い寝状態になっていたこと)に全く気づいていないらしい。
その事実を察した瞬間、リンは心の底からホッと胸をなでおろした。と同時に、全く警戒されていないことに対して、ほんの少しだけ複雑な気分にもなる。
「……そ、それはよかったね。本当にボロボロだったんだから、しっかり休めたなら何よりだよ」
リンは咳払いをひとつして、いつもの調子を取り戻そうと努めた。
「ほら、起きたなら早く顔洗ってきなさい! あとでアルスさんたちも心配して様子を見に来るかもしれないんだから、それまでに私の部屋から脱出するよ!」
「う、うん。そうだね……」
こうして、大騒ぎだった帰還の翌朝は、いつもと変わらない幼馴染の賑やかなやり取りとともに、静かに幕を開けていくのだった。
―― ―― ――
「なんだか朝から忙しかったな…」
リンに急かされ、急いで朝の身支度を終わらせると、ユダは彼女の部屋から脱出。そして現在、自分の部屋に戻っている道中。
「ふぁぁ」
たった一度の睡眠では、大きく積もった疲労を完全に元通りにできず、ユダは大きなあくびをした。
「おいユダ!!」
「フェリス!?」
廊下の向こうからドタドタと豪快な足音を響かせて走ってきたのは、赤髪の少年フェリスだった。
止まる気配なく猪突猛進し、勢い良くユダの首に腕を回して抱きついてきた。
「探してたぞユダ!」
「うおっ!? 馬鹿!!、 重い、重いってフェリス! 離せ!」
「馬鹿とはなんだユダ! 馬鹿っていうやつが馬鹿なんだからな!!」
「そっちこそ子供みたいな屁理屈言うな!」
ユダは首に巻き付いたフェリスの腕を力任せに引き剥がし、ようやく大きく息を吐き出した。
「ユダ…お前…女の匂いがする…」
「おい、冗談だろ……?」
ユダは引き剥がしたフェリスの手を掴んだまま、思わず引きつった声をあげた。心臓がドキンと跳ね上がり、背中に冷たい汗が流れる。まさか、リンの部屋で朝まで過ごしていたことが、こんな風に露見するとは思ってもみなかった。
「な、何言ってんだよフェリス! 変な言いがかりつけるな!」
「いやいや、俺を騙せると思うなよ? ほら、なんかこう……いつもと違う、甘い良い匂いがするぞ!」
フンフンと鼻を鳴らす様子に犬の姿を重ねながら、ユダは大いに焦る。ユダは必死にいつもの面を維持しようとするが、顔に血が上っていくのが自分でもよく分かった。
「だから俺はリンの部屋で寝たりしていないって! ……ぁ」
「……あ」
やってしまった、とユダは心の中で絶叫した。完全に墓穴を掘った。誰もリンの名前なんて一言も出していないのに、動揺のあまり自分から白状したようなものである。
目の前のフェリスは、一瞬きょとんとした顔をした後、見たこともないような悪ガキの笑みを浮かべた。
「へえー……? リンの部屋で寝たりしていない、か?」
「ち、違う! 今のはただの言い間違いで、その、リンがさっき廊下を通ったから名前がパッと出ただけ――!」
「よし、アルスを呼ぼう」
「待て!! 頼むから落ち着けフェリス!! 後生だから内緒にしてくれ」
ユダは下手に周り、フェリスを説得させようとする。
「内緒にしてくれって言われてもなー! こんな面白いネタ、アルスに言わないわけにいかねえだろ!」
フェリスは腕を組んで、これ以上ないほど得意げな顔をしている。完全に主導権を握られた形だ。ユダは冷や汗をだらだらと流しながら、必死に頭を回転させた。
「そういやーユダ。俺美味い肉が食べたいなー」
「……やっぱりそれか!!」
ユダは心の中で叫びつつも、フェリスのあからさまな要求に少しだけホッとしていた。アルスに言いふらされたりする最悪の未来に比べれば、胃袋を満たすだけで済むのは安いものだ。
「わかった、わかったって! 今日の昼飯は俺が奢る。街で一番デカいステーキでも、唐揚げ山盛りでも、フェリスが満足するまで好きなだけ食っていいから!」
「マジで!? よっしゃ、交渉成立!!」
さっきまでの悪ガキのような表情はどこへやら、フェリスは現金すぎるほど満面の笑みを浮かべて拳を突き上げた。その切り替えの早さは、もはや清々しいほどである。
「…話し戻すけど、どうして俺を探してたんだ?」
「おう、そうだった!」
ユダの言葉に、フェリスはポンと手を叩いて思い出したように声を上げた。
「美味い肉に頭が引っ張られて忘れるところだったぜ。俺達、出雲での戦いで剣を折れちまっただろ。だから今の休暇で鍛冶師のところで剣を新調してこいって。ちゃんと費用はギルドが出してくれるってよ」
「それは嬉しいけど、その鍛冶師ってどこにいるんだ?」
「えーっとな、確かウェストン領だったと思うぜ」
「待て。それって俺の故郷じゃないか!!」
ユダは図らずも帰郷することになったのだった。




