第二章第二十七話『再起動』
「…攻撃を任せて、罪人を注視して気づいたことがあるでござる。」
「あいつの動きが鈍いことですか? 「その人」があいつを俺達でも倒せるように消耗させたのだから当然の話では? いや、何かを待っているのか…?」
「そうでござる。やつが何を待っているのかは明白。──魔力の回復。機能停止した権能の再起動でござろう。「その人」が出雲の武士か、ギルドの隊員かは分からないでござるがね」
「多分、「その人」が俺たちが忘れた第一部隊の隊長だと思います」
(忘れた第一部隊の隊長…?)
その言葉を聞いた時、憤怒の罪人の心の中で大切なピースの内の一つが確かにはまった。
その男だ。その男こそが自分をお追い詰め、魔力を削って消耗させ、挙句の果てには権能の機能低下させたのだ。
「そうか! そうなのか!!」
歓喜の声を上げる。
完全に思い出した訳では無い、だが遠くに離れてしまった真実に近づいたことで、憤怒の罪人は高揚感を覚えた。
「結局のところやるべきことは変わらないでござる。回復するよりも早く罪人を討伐する。今一度、拙者に時間が欲しいでざる、さすれば確実に罪人を殺せる」
「っつ!!」
今まで語尾につけていた「ござる」なしに、真面目に和葉は言った。たじろぐユダを置いて、フェリスは答える。
「わかったぜ和葉さん!! 俺達に任せな!! それに準備を済む前にあれを倒してしまっても構わないだろ?」
「そうでござるね、頼むでござる!!」
アルス、ユダが「おう!!」と叫びを上げて、先人を切ったフェリスに追う形で猛進を開始した。
一呼吸すると、和葉は鞘から刀を抜き、魔力を高める。ビリビリと、稲妻が刀身を伝う。
「こい! 叩き潰す!!」
罪人は構えを取った。権能の再起動に必要な魔力が溜まるまであと数分。戦いが再び始まった。
先陣を切ったフェリスの剣が、鋭い弾道を描いて罪人の視界を突き刺す。
先ほどまでの猛攻とは異なり、今度の突撃には明確な目があった。和葉がその絶対の一撃を完成させるための時間稼ぎ──すなわち、罪人に息を吐かせず、魔力の集中を徹底的に阻害するための強襲。
和葉のもつそれが一体何なのかは知らない。だが強者の彼が戦闘中に言った言葉は十分に信用できるものだ。
「そこだっ……!」
「くおぉぉッ!」
罪人は突き出される無数の刺突を、肉体の骨格と最小限のステップだけで受け流す。しかし、フェリスの刃は肉を断つことよりも、罪人の立ち位置をコントロールすることに特化していた。一歩、また一歩と、罪人の足場が削られ、退路が狭まっていく。
「逃がさないよ!」
間髪入れずに、アルスの剣が地を這うような重低音を響かせて割り込んできた。
力任せに振り抜かれる一撃。罪人は腕の『硬質化』をかろうじて維持し、大剣の側面を受け止めるが、強烈な質量に足元がミシミシと沈み込む。
(小癪な、小癪な小僧どもが……!)
体内の魔力器官は、あと一歩で完全な駆動へと至る。赤い波紋がじわじわと皮膚の表面を侵食し、圧倒的な暴威がその輪郭を取り戻そうとしていた。だが、その一歩を踏み込ませないための『勇者』の影が、正面から肉迫する。
「『転移』!! これで……止まれ!!」
ユダが剣を真っ直ぐに構え、短距離の転移を経て移人の懐へと潜り込んだ。
狙いは心臓ではない。罪人の自由を奪うため、その左肩の関節を潰さんと放たれた必死の刺突。
罪人は咄嗟に左半身を『硬質化』させ、剣の刃を肉の表面で弾き返す。だが、ユダは弾かれながらも剣を引き剥がさず、そのまま全体重をかけて罪人の身体を押し込んだ。
「アルス! フェリス!」
「応よッ!!」
「外しません!」
ユダの合図とともに、アルスの剣が罪人の背後を断ち、フェリスの細剣が右足の腱を狙って正確に突き出される。三人の戦士が文字通り己の命を秤にかけ、罪人の巨大な肉体をその場に完全に縫い止めた。
そして真打ち登場
「待たせたでござる!!」
将軍の懐刀である『三人衆』の一人の紫川和葉。
彼の持つ奥義。
それは自身の刀…否、魔剣に雷魔術を施して強化することだ。それは魔剣と雷魔術両方ともを熟知することが必要な
そして雷を得た刀を和葉は
「『雷刀』でござる!!」
彼の纏う空気は、先ほどまでの陽気なものとは完全に一線を画していた。雷刀には、出雲の自然魔力が限界まで圧縮され、パチパチと稲妻が爆散している。
「いくでござるよ!!」
和葉の目が、据わる。
彼が背負ってきた出雲幕府の誇り、そして大罪教によって蹂躙された同胞たちの無念。そのすべてが、今、一本の刀身へと集約されていた。
一瞬。
一瞬にして罪人の懐まで肉薄し、和葉は刀を振りかざす。
「『紫電一閃』」
和葉の全てをかけた一閃は、罪人の命を明確に落とすはずだった。それなのに…
「『権能再起動』、『硬質化』!!」
視界に写ったのは無数の硬質化した茨に刺され、雨のように溢れる四人の鮮血だった。
その絶叫とともに、神櫻の参道が、まるで世界そのものが悲鳴を上げるかのような漆黒の輝きに包まれた。
ほんの、一瞬だった。
和葉の『紫電一閃』が罪人の喉元を捉えるよりも、彼の体内の魔力器官が魔力を蓄え、権能解放に至る方が、ほんの髪の毛一本分だけ早かった。
ドォンッ!!! と大気が爆ぜる。
罪人の足元から、地響きと共に噴き出したのは、禍々しい赤い魔力を孕んだ漆黒の硬質化の茨だった。それは生きた蛇のようにのたうち回り、圧倒的な速度と質量で、逃げ場のない参道の空間を埋め尽くしていく。
「がはっ……!?」
「うああああっ!!」
肉薄していた四人の身体が、防ぐ間もなく容赦なく突き上げられた。
無数に交錯する黒い棘が、戦士たちの防具を、肉を、容赦なく貫き、切り裂いていく。参道に、雨のように鮮血が飛び散り、神櫻の落ち葉をまたたく間に赤く染め上げていった。
「あ……、が……」
和葉の放った渾身の『雷刀』は、罪人の首皮一枚の手前、完璧に展開された『硬質化』の防壁に阻まれ、激しい火花を散らして静止していた。和葉の口からどっと血が溢れ、彼の脇腹には、黒い茨が深く突き刺さっている。
「ハハ、ハハハハハ! 間に合った……! 間に合ったぞ小僧どもッ!!」
罪人は狂気に満ちた歓喜の声を上げ、ゆっくりと顔を持ち上げた。
その全身は、もはや生身の肌などどこにも残っていない。極限まで密度を高められた、漆黒にして絶対の『硬質化』の鎧。傷口から漏れていた光の粒子は完全に止まり、無限の魔力が彼の身体からオーラとなって噴き出している。
「お前たちが……お前たちが、あと一瞬でも早く俺を断ち切っていれば、お前たちの勝ちだった! だが、管理者は俺を選んだ! 新時代は、この俺の『憤怒』を求めているのだ!!」
罪人が腕を振るうだけで、空間を固定していたユダ、アルス、フェリスの三人が、黒い茨ごと無残に吹き飛ばされ、石畳の上を激しく転がった。
「ユダ……! アルス……フェリス……っ!」
和葉が傷口を押さえ、血を吐きながらも刀を杖代わりに、執念だけで立ち上がろうとする。しかし、全身を巡るダメージは深く、その膝はがくがくと震えていた。
転がったユダは、薄れゆく意識の中で剣を握り締め、迫り来る圧倒的な絶望の質量を見上げていた。
全盛期の力を取り戻した、大罪の化け物。
傷つき、血に濡れた四人の前に、真の絶望がその圧倒的な威容を現した。




