第二章第二十六話『第二波』
少数の影が現れた。
「『勇者』…」
疲弊している罪人に対して現れたのは僅か四人。
『勇者』の権能を持つ権能者ユダ、それにアルスにフェリス。そして出雲幕府の三人衆、紫川和葉。
沈黙。
眼と眼ががあったが、暫く沈黙が続いた。そしてそれは和葉によって破られる
「一応名乗っておくでござる。拙者は三人衆の一人、紫川和葉でござる!!」
和葉は表面上は陽気で、されども心の奥では憎悪を宿しながら名乗りを上げた。その言葉は、静まり返った神櫻の参道に奇妙なほどはっきりと響き渡った。
憤怒の罪人は、やってきた新たな影──紫川和葉を、値踏みするような鋭い眼光で睨み据える。
大罪教の「天地開闢」を阻まんと現れたギルドの増援。しかし、その立ち姿を見た罪人の胸中を占めたのは、激しい違和感と、それを燃料にして燃え上がる憤怒だ。
(三人衆……紫川和葉……?)
思考の海に違和感が走る。
なぜだ。なぜ、これほどの強者を前にして、自分の怒りの沸点がここまで低い。
目の前の男は確かに手強い。だが、自分の魂が、肉体が、記憶の底が、まるで「もっと絶望的で、もっと冷徹で、理不尽なまでに完成された何か」を直前まで味わっていたかのように、狂おしいほどの飢餓感を訴えている
怒の罪人は大きく消耗していた。その理由は彼自身の肉体が何より雄弁に物語っている。彼が持つ、戦場を支配するための「三つの手札」──それが、戦う前からすでに致命的なまでに狂わされていたからだ。
(……耐えるしか、ない)
罪人は奥歯を噛み締めた。
どれほど理不尽な忘却が起きようとも、時間は流れる。
時間さえ稼げば、魔力は自然回復し、権能が使用できる。そうなれば無限魔力と硬質化を使って、この有象無象どもを一息に圧殺できる。
だが──魔力を極限まで節約した状態の生身で、この四人の猛攻を凌ぎ切る。至難の業だ。
しかし幸運にも相手は四人、有象無象といえど大人数で来られていたらまずかった。
(残りの勢力は城に向かっている。俺を倒すより、城に取り残されたものを救出するのを優先にしたな)
「やはりお前たちは救わないといけないものが多くて大変そうだな!!!」
想いを踏みにじるかのように叫ぶが、結局のところ憤怒の罪人は彼らの考えは共感できる。
大罪教、否、憤怒の罪人だけかもしれないが、彼は本当に新時代の『天地開闢』を目指しているし、それが可能な権能者『大罪者』を心の底から信じている。
だからこそ怒る。
同じく権能者でありながら、力を持たない『勇者』ユダに。
「憤怒の罪人、お前を倒すには俺たちで十分だ」
「はっ! そうだぜだって俺達はサイキョーなんだぜ!!」
「僕達は無敵だ!」
ユダ、アルス、フェリスは勢い良く武器を構え、若き闘気を爆発させた。
「──『無敵』、だと……?」
罪人の口から漏れたのは、地を這うような禍々しい声音だった。 彼の白い肌を這う、権能の沈黙によって色を失った波紋が、怒りの熱量に呼応してドクンと不気味に明滅する。
激昂の叫びが参道の空気を衝撃波となって震わせる。 魔力は未だ底を突いたまま。生身の肉体は悲鳴を上げている。だが、体内の魔力器官は確実に熱を取り戻しつつあった。権能が目覚めるその一瞬まで、ハッタリでも何でも使ってこの四人の猛攻を凌ぎ切る。
「『高速抜剣』!!」
開戦の合図となったのはアルスの技だった。
彼は地を蹴って加速し、その勢いを利用して剣を抜いて、速度を武器として憤怒の罪人にかかった。
「──おおおっ!」
しかし、罪人はその圧倒的な一撃を、最小限の肉体駆動だけで紙一重にかわした。
大剣の切っ先が鼻先をかすめ、巻き起こった烈風が罪人の白い肌を打つ。
アルスの陰から、今度はフェリス。赤い髪を揺らしながら、力を蓄えながら罪人に向かう。
「『蓄激』!!」
剣を頭上まで持っていき、剣を頭上まで持っていき、フェリスは溜めた渾身の力を乗せて真っ直ぐに振り下ろした。
それは無駄のない最短距離の軌道でありながら、空気を鋭く引き裂く圧倒的な圧力を伴っていた。アルスが作った一瞬の隙を確実に仕留める、冷徹かつ容赦のない追撃。
「だが!! 溜めが長かったな!!」
回避の用意は出来ている。
罪人はあらかじめフェリスの予備動作からその軌道を完全に予測していた。生身の泥臭い立ち回りを強いられているからこそ、敵のわずかな溜めの時間は、今の彼にとって最大の猶予となる。
振り下ろされる細剣が風を引き裂くその直前、罪人は地面を強く蹴り、紙一重の差で真横へと身体を滑らせた。
ドォン! と凄まじい衝撃が走り、フェリスの放った一撃が石畳を激しく爆砕する。巻き上がった破片が罪人の頬をかすめて飛び散るが、致命傷には程遠い。
「──浅いか!」
アルスが冷徹な声を漏らし、即座に次の構えへ移行しようとする。
だが、攻撃をかわした罪人の前に、待ってましたと言わんばかりの影がすでに滑り込んでいた。
「まだまだ!!」
フェリスが力任せに大剣を真横へと薙ぎ払う。回転の遠心力を乗せた広範囲の横一文字。
(小癪な連係を……!)
罪人は後方に跳躍して刃の届く範囲から逃れようとする。しかし、急激な連続回避は、魔力の補助がない剥き出しの肉体に確実な過負荷を与えていた。太ももの筋肉が悲鳴を上げ、着地の一瞬、わずかに体勢が崩れる。
その瞬間を、本能的な戦術眼で見逃さない少年がいた。
「どりゃぁぁ!!」
憤怒の罪人の頭上。
到底刀剣流とは思えない、カウンターも受け流しもない──ただ純粋に、自らの全体重と、ありったけの闘気を叩きつけるためだけの攻撃。
(これほど、単調な一撃を──!)
罪人の目が驚愕に見開かれる。
洗練された剣術の理などそこにはない。避けた先を読んだ巧妙な罠でもない。ただ、アルスとフェリスがこじ開けた絶望的な隙に、己の命ごと突っ込んでくるような野蛮な質量。
だが、体勢を崩した今の罪人にとって、その単調極まる一撃こそが何よりも回避不能な凶刃と化していた。
「おおおおおっ!!」
空っぽ同然の魔力を使い、即座に右腕を『硬質化』させた。憤怒の罪人の腕とユダの剣。
双方の衝突により、空気は割れんばかりの金属音によって震撼した。
火花が激しく散り、互いの顔を至近距離で赤々と照らし出した。
「ぐ、ううおぉぉぉぉッ!」
ユダの口から、血の滲むような咆哮が漏れる。
重力と気迫をそのまま乗せた一撃は、罪人の急造の防壁を容赦なく圧迫していた。魔力が底を突いている今の罪人にとって、その硬質化は文字通りの薄皮一枚に過ぎない。強烈な衝撃が直に骨へと伝わり、右腕の芯が不気味な悲鳴を上げる。
「調子に……乗るなと言っているおぉぉッ!!」
罪人は左足で無残に割れた石畳を強く踏み締め、強引に身体を捻った。
受け流しの理ではない。力に対して、さらに強引な肉体の駆動をぶつける暴虐の押し返し。ユダの刃を右腕の傾きだけで強引に側方へと滑らせ、その軌道を逸らす。
「うわっ!?」
体勢を前に崩したユダの身体が、罪人のすぐ横へと流れ落ちる。
最大の勝機。生身の拳でも、この少年を殴り殺すには十分なはずだった。だが──。
追撃を仕掛けようとした時、体がぐらついてそれは叶わなかった。
その隙にユダは後退し、立て直す。後方でフェリス、アルス、そして状況を俯瞰していた和葉と合流を果たしたユダ。
彼らの様子を見るに、どうやら罪人が十全たる力を出せない理由に気づいたらしい。
(たとえそうだとしても! もう遅い! あと少し、あと少しで権能は再起動できる!!)




