第二章第二十三話『戦いへ』
「……正気か、常世?」
レオンハルト大臣が、信じられないものを見るような目で常世を凝視した。
会議室の空気が、驚愕で凍りつく。
「単独で戻るだと? 相手は『憤怒の罪人』に二人の『咎人』、さらには魔龍までいるんだぞ。いくらお前が剣王の域にあるとはいえ、それはもはや作戦ではなく、ただの自殺志願ではないのか?」
「……自殺ではありませんよ。勝算があるから言っているのです」
常世は表情一つ変えず、冷徹に言い放った。
その瞳には、自分の命を天秤にかけた上での、研ぎ澄まされた計算だけが宿っている。
「奴らの狙いは神櫻の完全な掌握。そしてノインという男が魂の接続を行っている間、他の戦力……憤怒の罪人たちは、その接続を邪魔されないよう守りに徹するはずだ。そこに俺が単独で、かつ正面から最大火力で叩き込む。奴らは神櫻を守るため、総力を挙げて俺を排除しに来るでしょう」
「……つまり、あんた自身が最大級の囮になるってことか」
琴音が、いつになく真剣な表情で常世を睨む。
「大罪教の全戦力が常世さん一人に釘付けになれば、その隙にうちらが城を奪還する準備ができる。……理屈はわかる。けど、それじゃあんたが持たない。あいつらは化け物や」
「だから、兵士たちが合流するまでの時間稼です。その点、俺の刀剣流は向いている。なによりも、ここで命を賭して戦わなければ、貴方方先祖が守り継いできた『神櫻』は巨悪の手に落ちる、違いますか?」
常世の言葉には、退路を断った者の凄絶な覚悟が宿っていた。
ユダは、隣に立つフェリスの拳が震えているのに気づいた。憤りか、あるいは己の無力さへの悔しさか。
「常世殿……」
桜花将軍が、静かに名を呼んだ。
彼女は常世の瞳の奥にある何かを読み取ろうとするかのように、じっと彼を見つめる。
「……あなたのその覚悟、無下にはできません。ですが、単独で行かせるわけにはいかない。我ら三人衆も共に向かうべきでしょう。」
「……足手まといです。これの威力は絶大で、どうなるか俺にも分からない。…それに三人衆には俺の後を継いもらわないといけない、故に待機してもらうべきです。」
そう言って常世は自身の魔剣に目を向けた。
(常世隊長は魔剣を使おうとしている。けどそれは!!)
「常世隊長!! それだけはだめです!!」
ユダの叫びが、会議室の空気を切り裂いた。 思わず椅子を蹴って立ち上がったユダの顔は、先ほどまでの疲労を忘れたかのように青ざめている。
ユダは知っている。
常世はその魔剣に認められず呪われていること。そしてその結果、『世界から拒絶』されて徐々に人間性を消失していること。最後には世界から完全に拒絶されて存在が忘れられる。
その呪いは魔剣の力を使うとより進行する。つまり常世がこの戦いで、呪いが進行して最後が近づいてしまう。
それだけは絶対に駄目だと、ユダは叫ぶ。
「ユダ君…その気持ちは嬉しい。だが他に何か策を思いつくか? どれだけの人が今戦うことができる体なのか、君も分かるはずだ」
「……っ、それは!」
ユダは言葉に詰まった。
強者達は回復を見せているが、他のギルドや出雲の武士が同様に回復しているかと言われたら違う。
治療のための時間が必要なのが現状だ。
そのための時間と、敵の戦力を削って後続が戦いやすくしようと常世はしているのだ。
「常世殿、知恵を求めた身でおこがましいですが、それだけは避けていただきたい。あなたは既にしんがりを務めたのですよ。これ以上負担背負わせるわけにはいけません」
「……桜花殿、あなたは優しい。だが、その優しさがこの国を滅ぼすことになる」
常世は低く、地を這うような声で言った。
彼はゆっくりと立ち上がり、机の上に置かれた魔剣『常世』を引き寄せる。その指先が鞘に触れた瞬間、室内の魔力が不気味にうねり、常世の周囲だけが夜の底のように暗く沈んだ。
「ユダ」
常世はユダを振り返らず、窓の外にそびえ立つ出雲城を見据えた。
「魔剣に呪われた臆病にものに大義のために戦う場所をくれ。」
「常世隊長……っ!!」
ユダが声を荒らげて駆け寄ろうとした瞬間、凄まじい威圧感が彼を押し止めた。
それは殺気ではない。ただ、一振りの極まった剣が放つ、人を寄せ付けぬ絶対的な波動だった。
「常世殿、待たれよ!」
「うちらも行くって言いよるんや!」
「僕も!!」
和葉と琴音、恵が叫ぶが、常世は止まらない。彼は背中で語るように言葉を紡ぐ。
「……三人衆、あなたたちは残るべきです。あなたたちがここで傷つけば、俺の後を導くものがいなくなる。そして神櫻を取り戻した後、桜花殿を守り、民を導く……それがあなたたちの覚悟のはずだ」
常世は入口の戸に手をかけ、最後に一度だけ、ユダの方を否、全員をわずかに見た。その瞳は既に感情を削ぎ落とした剣のそれであったが、微かな温もりが混じっていた。
「ギルド第一部隊の隊長として命じる。――武器を取れ、俺が切り拓いた道を、一歩も止まらずに駆け抜けろ」
「常世隊長……!! 俺船の上で交わした約束を忘れてませんから!!」
「ありがとうユダ君。…君の師となって剣を教えられて良かった」
そうやって優しく微笑んだ常世。けどその微笑むはやはり機械的なもので、彼の人間性が薄れていることを示していた。
まるで死にに行くような彼を本当の意味で止めることはできなかった。
常世はそのまま、止める者の間を縫うように会議室を後にした。
煤に汚れ、呪いに蝕まれながらも、その背中は誰よりも高く、鋭い。
ユダは、遠ざかる常世の背中を脳裏に焼き付け、自分の剣を強く握り直した。
彼が世界から忘れ去られようとしているのなら、自分だけは、彼が戦った証を、その魂を、決して忘れないと誓いながら。
時間は暫く昔に戻る。
──神櫻にて
「これより『神櫻』との接続を開始する。いいな?」
咎人ノインの言葉に『憤怒の罪人』は静かに頷いた。
神櫻のもとにいる『憤怒の罪人』が立つ場所には、接続を行うための魔法陣があり、巨大なる魔力が円環している。
「では開始する」というノインの言葉と共に、円環していた魔力は発光した。接続の開始だ。
ノインは『魂』に関して右に出るものがいないほどに、知識や技術がある。そのため『憤怒の罪人』と『神櫻』の魂を接続するために『傲慢の罪人』によって派遣された。
なぜ神櫻の記憶を欲するのか。それは出雲やギルドが考えていたものとは違った。言わばただの探し物だ。
「っつ!!」
(覚悟はしていたがここまでとは…!!)
『記憶』が流れてくる。
押しつぶされ、狂いそうになるのを耐え、ようやく慣れてきた頃、記憶の奔流が突如として止まった。
魔法陣の発光は収まり、
「なぜ止めた?」
そう問いただすが、ノインは答えず、彼はある一点を見つけたままだった。憤怒の罪人は自然とそちらを見て戦慄した。
「っつ!! 常世…」
刀剣流の最強剣士。第一部隊の隊長。そして魔剣に呪われた臆病者。
血に濡れた常世がそこに立っていた。
「俺の配下の咎人が二人いたはずだが? そいつらはどうした?」
「──殺した」
常世は冷徹にそう答えた。
常世は『憤怒の罪人』が神櫻との接続をしていた僅か数分の間に、二人の咎人(ザイン常世ではなくユダが殺したが)にそれ以外の大罪教の人間を殺し、戦力の八割を灰燼と化した。
「殺したのは咎人だけだ。それ以外は無力化しただけだ」
(そうかよ!!)
「無駄と承知しながら一つ頼む。投降してくれないか?」
「……投降か。笑わせるな、臆病者の剣士が!」
憤怒の罪人が地を蹴ると、その巨体からは想像もつかぬ速さで常世の懐へと肉薄した。怒りに燃える拳が空気を爆ぜさせ、常世の頭部を狙う。
常世はそれを、紙一重の回避でやり過ごした。背後の石畳が拳の風圧だけで粉砕され、土煙が舞い上がる。
「……やはり、言葉は無意味か」
常世の声は、低く、どこまでも平坦だった。
そんな常世を業火が焼く。
魔龍だ。
壊れかけの出雲城をバックに、ブレスは放たれた。
「っつ!!」
自分もブレスに焼かれる覚悟で罪人は再度常世に襲い掛かる。
「『乱脚』!!」
風を切り裂き、音速を超える速度で放たれた『憤怒の罪人』の蹴撃。
それは、魔龍の放つ業火の一部を纏っていた。
蹴撃かブレスどちらを甘んじて受け入れるか、二択を強制的に憤怒の罪人は常世に押し付けた。
そんな中常世はブレスを剣を一振りして、無為にした。
この場を支配していたはずの熱気はいったいどこに。
「ぐぉ!!」
だが常世は思考を許さない。
蒸気の中から現れた常世は袈裟斬り。しかし、常世の刀は鞘に納まったまま、殺傷能力なんてものは到底ない。
「舐めているな!!」
崩れた姿勢を持ち直し、魔竜のブレスを纏った回し蹴りをおみまい。蹴りの軌跡は炎の円環となる。
「……舐めてなどいない。これは敬意だ」
常世の静かな呟きは、爆炎の轟音の中でもはっきりと憤怒の罪人の耳に届いた。
炎を纏った回し蹴りが常世の脇腹を捉えようとしたその瞬間、常世の左手が鞘を掴み、右手が柄に添えられる。
「『桜流し』」
桜が舞った。
常世がそう呟いた瞬間、荒れ狂う炎の円環は霧消した。
否、消えたのではない。憤怒の罪人が放った凄まじい熱量と蹴撃の慣性、そのすべてが常世の振るった**「鞘」**の軌跡に吸い込まれ、そのまま背後の魔龍へと受け流されたのだ。
「な……っ!?」
自分の全力の蹴りが、まるで暖簾を叩いたかのように手応えなく空を切る。
慣性を制御できず前傾した罪人の眼前に、常世の冷徹な双眸が迫る。
「ぐ、ぉぁぁぁ!!」
憤怒の罪人はすぐさま反対の拳を叩きつけようとしたが、常世の動きの方が一瞬早かった。
抜刀はしない。
常世は鞘に納まったままの刀を、罪人の喉元へ電光石火の速さで突き立てた。
「投降は?」
「するわけないだろ!!」
「──だろうな。ならば、せめて痛みは残さぬよう努めよう」
常世は吐き捨てるように言うと、突き立てた鞘を支点に、独楽のように鋭く回転した。
鞘が罪人の喉元を離れた刹那、常世の右足が罪人の側頭部を捉える。神速の回し蹴り。
「がっ……あ……!?」
憤怒の罪
人の巨体が、木の葉のように吹き飛び、背後の瓦礫に深々と埋まった。
常世が放ったのは、ただの蹴りではなかった。
刀剣流の心得——相手の力を利用し、己の魔力と練り合わせて一点に流し込む。
瓦礫に埋まった『憤怒の罪人』は、内臓を直接震わす衝撃に、膝を突き、どす黒い鮮血を吐き出した。
されど罪人は笑った。
「気が変わったようだな。さっきより攻撃が鋭い!!」
「そうかもしれない。俺の信じる仲間のため、そして家族のため。道を切り開かないといけないからな」
「何事にも虚無だったお前がそうまで言って、大罪教に立ち向かうか!! ならばこちらは全力でいこう!! 手加減無しだぞ!」
罪人がローブをはいた。
現れるのは本当に血が通っているのか、疑いたくなるほど白い肌。だが憤怒の罪人が魔力を集中させると、それは変化した。
赤い波紋だ。
赤い波紋がその白い肌を這い、血管が浮き上がるように脈動する。それは『憤怒の罪人』が自身の生命力を過剰なまでに燃焼させているようであった。
(権能…)
常世は即座にその事実を権能と位置づけた。
常世は罪人との交戦経験はない。されども、その手のプロのアルデバランから知識は授かっていた。
権能。大罪者の権能をコピーしされに7つに分割した代物。七つの大罪の名を冠している。
そして目の前の憤怒の罪人が持つのは
(怒りの感情を魔力に変化。実質的な無限魔力!)
しかし単純な無限魔力なら脅威ではない。そんなあまい考えは次の瞬間には否定された。
(硬い? なんだこれは。肉体が変化しているのか…)
常世は剣と拳の応酬を続けながら、冷静に分析を開始していく。
(能力。そして能力は『硬質化』か)
「っつ。それが君の本気か」
「あぁそうだ! 常世、お前の本気も見せてみろ!!」
己と同じ土俵に立つことを望む罪人の言葉には耳もくれず、常世はただ、静かにその「異質」を見極めていた。
(硬い。いや、これは単なる表面の硬質化ではない。自身の魔力を肉体の構造そのものに上書きし、衝撃を散らしているのか……)
「…………」
常世は一歩、後ろへ下がる。
それは臆病ゆえの逃走ではない。次の一撃で、この「不沈の肉体」をどう穿つかを決めるための間合い。
「逃げるか! 常世!!」
憤怒の罪人が吠える。
赤い波紋が皮膚を焦がさんばかりに輝き、彼の周囲の地面が、漏れ出る魔力の圧力だけで飴細工のように歪んでいく。
その瞬間、罪人の姿が消えた。
否、爆発的な踏み込みによって視認を置き去りにしたのだ。
「おおおおおおおっ!!」
拳が、常世の喉元へ一直線に突き出される。
常世はそれを、首をわずかに傾けるだけで回避した。耳元を通り過ぎる風圧だけで、背後の巨大な岩が粉々に砕け散る。
だが、罪人は止まらない。
空振った腕の遠心力を利用し、そのまま肘を叩きつける。さらに逆の手で常世の胴を狙う。
一撃一撃が地脈を揺らす破壊の権化。
常世はそれを、すべて鞘一本で捌き、逸らし、受け流す。
桜の花弁が舞うような、静かで残酷な防御。
だが罪人には奇妙な笑みを浮かべた。
「『硬質化』!!」
次の瞬間、常世の体を茨が貫いていた。
痛覚のない常世はその事実を知ることがわずかに遅れた。
間髪入れず、罪人は硬質化を得て強度火力ともに増した拳をぶつける。常世の体が、まるで紙屑のように吹き飛ばされた。
「ぁ……」
常世は立った。されどかれの状況は決して良いとは言えない。内臓は損傷し、 肉体が「機能不全」を起こし始めていることは、彼自身の冷徹な分析が告げていた。視界が急速に狭まり、世界が明滅する。
だが、常世は立っていた。
鞘に収まったままの刀を握る力を強くして、構えを取った。
「刀剣流奥義」
『刀剣流剣王』と『憤怒の罪人』の戦いはまだ続いていた。




