第二章第二十二話『作戦』
館の奥にある中央作戦会議室。そこには、煤に汚れながらも鋭い眼光を保つ桜花将軍を筆頭に、出雲やギルドの兵士たち、そしてアアル王国のレオンハルト大臣が顔を揃えていた。
常世はマナの回復魔術によって完全に調子を取り戻したようで、椅子に腰を下ろすと、机上に広げられた地図をじっと見つめた。
「……現状を共有します。出雲城は現在、大罪教の手に落ちました」
常世の冷徹な声が、部屋の空気をいっそう引き締める。
不思議と、皆の口から悲痛の叫びはでなかった。
それは恐らく、両国のトップである出雲桜花、レオンハルト・セレジアたちは落ち着いた様子を見せているからだ。
「出雲城にいる大罪教の戦力は『憤怒の罪人』、そして憤怒の罪人の『咎人』二人、そのうちの一人はユダ殿の手によって死亡し現状は一人。『傲慢の罪人』の咎人が一人。そして『魔竜』に無数の屍兵達です」
「魔境、ですね…」
「ええ、正真正銘の地獄ですよ。あそこは」
常世が忌々しげに吐き捨てる。
『憤怒の罪人』という化け物に加え、各罪人の直属たる『咎人』が二名。さらに蹂躙の象徴たる『魔龍』。この場にいる者たちが一度敗走を余儀なくされた事実は、その戦力の異常さを物語っていた。
「それだけでござる! 揃えば無敵の『三人衆』が揃い! それどころか『刀剣流』の剣王である常世殿! そしてギルドの戦力がいる! 再び戦に望めば負けなしでござる!!」
「和葉、それはちょいと楽観視しすぎやろ」
堂々とした態度を崩さない和葉に、同じく三人衆の琴音は頬杖ながらツッコミを入れる。
ついさっきまで重体だった和葉は、回復魔術と数時間の睡眠によってもう完全な回復を見せていた。
あまりにの回復の速さに、ユダは彼に尊敬の眼差しを向ける。
ユダは未だに魔力の消費による倦怠感といった疲労に悩まされている。
「……和葉さん、さっきまで倒れていたとは思えませんよ」
ユダは呆れ半分、感銘半分といった吐息を漏らした。
自分はまだ指先一つ動かすのにも鉛のような重さを感じているというのに、隣に立つ和葉からは、既に凛とした魔力の波動が立ち昇っている。これが「三人衆」として国を背負う者の覚悟と生命力なのだろうか。
「ユダ殿、案ずるな。拙者は腐っても刀剣流の『剣豪』いづれ『剣王』に至る身でござる。それに回復が早いのは拙者だけではないでござるよ。琴音に恵ともに、完全に調子は取り戻しているでござる」
「ちょっとそれは話盛り過ぎだよ和葉。僕の魔力は精々七割ってところだ。まだ本調子って言えないよ」
「恵、あんた七割もあったら充分やからね。あんたはいっつも城のほうにおるから分かんないかもやけど、うちみたいにずっとお密作戦するやつは魔力を回復する機会も与えられんのやから」
琴音の冷静な言い回しに恵は、反論を奪われて押し黙ってしまう。そんな恵を和葉は見逃さない。
「ほれ見ろ、琴音もそう言っておる。恵、お主は少し慎重すぎるのでござるよ! 拙者のように肩の力を抜くほうがいいでござる!」
和葉はそう言って、恵の背中をバシバシと景気よく叩いた。
「和葉は肩の力を抜きすぎなんだよ!」
恵は思わずそう叫ぶ。
「なぁユダ。なんというか緊張感がなくないか…」
この様子には馬鹿なフェリスも思わず、ユダにそう耳打ちする始末だ。
「……だな。正直、今の俺たちの方がよっぽど重病人に見えるぜ」
ユダは苦笑しながらフェリスに応じた。
自分やアルス、フェリスの三人は、先ほどまでの死闘と撤退の傷跡が隠せず、肩で息をしている有様だ。対して「三人衆」の面々は、まるで作戦会議がいつもの酒席か稽古場の延長であるかのように、軽口を叩き合っている。
「……フェリス。あれ、緊張感がないんじゃなくて、覚悟がガンギマリすぎて、もう緊張する段階を超えてるんだよ」
ユダの言葉に、フェリスは少しだけ戦慄したように黙り込んだ。
「……さて。話は戻しましょうか」
桜花の一言で三人衆はさっきまでの態度を一瞬にして改めた。
頬づいていた琴音はそれをやめ。
椅子の上で胡座をかいていた和葉はちゃんと、椅子に座る。
恵は…そのまま。
桜花の言葉はそれだけ強いものだったのだ。
「常世殿、敵の戦力は分かりました。ですがあなたの物言いから、何か策があるように見受けられます。聞いても?」
「流石桜花殿。ですが俺が今考えているものは、作戦とは言い難いですよ。それに…俺には、いえ俺達ギルドは共に大罪教と戦うにあたって貴方に聞かないといけないことがある」
常世の鋭い視線が桜花を穿つ。
会議室の温度が、一気に数度下がったような錯覚に陥る。
和葉たち三人衆の軽口が止まり、アアル王国のレオンハルト大臣もまた、静かに常世の次の言葉を待った。
常世は地図から視線を外し、真っ向から桜花将軍を見据える。
「……大罪教の目的についてです。わざわざ城を制圧して、俺達をこうして撤退させた。奴らの目的はただ城を壊すだけではないはず。一体この出雲に何があるのですか?」
(やっぱりアルスの言っていた神櫻が関係してくるのか)
桜花将軍は、常世の問いを予期していたかのように、静かに、しかし深い覚悟を宿した瞳で視線を返す。
「──そうですね。話さなければならないでしょう。この出雲の存在理由にして、『呪い』である『神櫻』について」
「っつ!!」
ユダは瞠目した。そしてそれは伝播して、皆が驚く。
皆の脳裏に浮かぶのは、出雲城に取り囲まれるように鎮座していた巨木。約千年前から櫻を絶やさない『神櫻』だ。
美しく咲き誇る神櫻は記憶にも新しい。
桜花の覚悟を前にして、琴音は桜花に視線を移した。それに桜花は間髪を容れずに対応する。
「あなたの杞憂は分かります。ですがここで──」
「ウチが気にしてるのはそこやないんです『将軍』。常世さん、あんたの物言いといい、何で『神櫻』の秘密を知っているんや。出雲には消えた将軍家のものがいた。あんたもしかして…」
「俺の出自なんてどうでもいい」
常世はそんなことはキッパリと切り捨てた。そして続けて──
「きつい言い方をしますが、現在、最優先するべきことは俺なんかのことを探るより、大罪教から出雲城を奪還するための術を探ることでは?」
「……その通りやな。すまん、無粋なこと聞いたわ」
琴音はふいっと視線を逸らし、短く謝罪した。常世の纏う空気にはただならぬものがあったからだ。
桜花将軍は一つ深く息を吐き、重い口を開いた。
「……よろしい。神櫻についてお話ししましょう」
桜花将軍は、机上の地図にある城の中央部を指差した。
「神櫻は単なる木ではありません。あれは、魂の道の中間点です。あなた方も分かっているように、死んだ生物は肉体を離れて魂だけになり、次の肉体に宿るために付着した汚れ、意識に記憶を洗浄するために『魂の道』を通る。魂の道の中間点である『神櫻』は、汚れのうちの『記憶』を洗浄する場所です。そして『神櫻』は洗浄した魂を記録する。魂の道を通る魂、その全ての『記憶』を神櫻は覚えているのです」
大勢が瞠目する中、フェリスが豪快に手を挙げて「質問いいですか?」と言う。
「俺バカだから良くわかんねぇけど、大罪教がその『神櫻』を狙う理由があるのかよ。たかが記憶じゃないんですか?」
「フェリス殿、使者の想いを踏みにじることはともかく、確かに貴方が言う通り『記憶』単体では、大きな意味はないかもしれません。しかし使い方が問題なのです」
「使い方…?」
「ええ、そうです。例えば剣帝の記憶を見れば、その剣技を記憶として継承できます、他にも他者に伝えられなかった技術を見て、兵器の開発に利用することも。ともかく単なる情報の漏洩に留まらないということです」
桜花の言葉によって『神櫻』が大罪教の手に渡る危険性は、皆に充分伝わった。
「だからうちらの先祖は『神櫻』を守るために出雲城を作った。ようは出雲は『神櫻』のために生まれた国なんや」
(あぁ、そういうことなのか)
ユダは『神櫻』と出雲城を見て、まるで出雲城は神櫻を守るためにあるように思えた。しかしそれは事実であり、ユダは最初から真実に気付きそうになっていたのだ。
「そもそも、大罪教が神櫻の中の『記憶』は見ることは可能なのでしょうか?ただ接触するだけでそんなことができるとは思えませんし」
そうやって疑問を投げたのは、ギルドの隊員にしてユダ達の先輩。首元に十字架を掲げているマリア教の信者だ。
「それに関してだが、断言しよう奴らなら可能だ」
重く、そして確信に満ちた声を返したのは常世だった
「俺が戦った『咎人』の一人に、『傲慢の罪人』の咎人ノインというのがいた。『屍兵』に『魔龍』も彼が作ったもので、彼は『魂』に関することに秀でている。そんな技術者がこの地に赴いているのだ。ノインなら大罪教の人間の魂を『神櫻』に接続し、『神櫻』のその手に納めることができるはずだ。……そして自らの魂を接続するのは、『憤怒の罪人』のはずだ」
「なら、俺たちが撤退した時点でもう神櫻は奴らの手に?」
「憶測の域を出ないが、恐らくは」
「危機の共有ができたところで話は戻ります。私は迅速に大罪教を倒し、膨大な記憶が渡るのを阻止しなければなりません。そのための作戦を常世殿、何かおありのようですね」
桜花が再び常世に目線を向けた。
「ええ、ですが『作戦』とは言い難いものですよ?」
「それでも充分です。知恵を貸していただきたい」
「では遠慮なく。俺が単独で出雲城に戻り大罪教と戦います。恐らくそれで戦力の八割を持っていけます。その後に治療を終えた兵士達え完全に大罪教を倒すのです」




